54 / 56
第8章 悪いけど先に行くね
8-2
しおりを挟む
胸がドキドキしていた。あの日使ったプロジェクターを見つけ、電源を入れる。春輝がやっていたのを思い出しながら、操作する。
襖を閉めて、部屋を暗くした。畳に仰向けになって、天井を見つめる。
やがて天井に映像が映った。最初に映ったのは海の風景。鳥居と祠のある、わたしたちの思い出の場所だ。
「これ……春輝が撮った動画を編集したんだ」
映像に音はなかった。わざとつけていないのかもしれない。
やがて天井に人物が映る。黒くて長い髪をなびかせて、怒った顔をしたわたしだ。
途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、目を覆いたくなる。
でもこれは、春輝の目に映るわたしなんだ。春輝が見てくれたわたしなんだ。
映像の中のわたしはいつも不機嫌だった。つまらなそうだったり、怒っていたり、なにか文句を言っていたり……。
それを見ていたら、なんだかおかしくなってきた。
「そうだよね。わたしいつも、春輝に怒っていたよね」
だって最初はストーカーかと思ったんだもん。たった一度会っただけなのに、受験する高校まで調べて、同じ学校を受けて、入学してくるなんてバカみたい。
『いまのところは、おれの片思いで』
本当に春輝はバカだよ。
やがて画面が変わった。雨が降っている。
ああ、これは、洞穴の中から見た風景だ。
雨降りの海岸。ひっそりと建つ鳥居。その向こうに見える少し荒れた海。
空も海もどんよりと暗くて、白いもやがかかっていて、見慣れた風景がなんだかちょっと寂しく見える。
きっとこれは春輝がひとりで、わたしを待っていたときの映像だ。
春輝はこうやって、なんとなく寂しい風景を眺めながら、じっとわたしのことを待っていてくれたんだ。
目の奥がじんと熱くなったとき、笑顔のわたしが映し出された。
わたしが春輝の前で笑っている。きっと春輝も笑っている。
はじめてキスをしたあと、春輝に家まで送ってもらったときだ。
でもこのあと春輝が事故に遭って……心配で心配で、わたしはどうなってもいいから、春輝の命を終わらせないでくださいって、神様に祈った。
そうしたら春輝が目を覚まして……あのときは本当に嬉しかったんだけど、同時に春輝から離れなくちゃって思った。
でも春輝は絶対あきらめようとしなくて……。
映し出されたのは、青い空と凪いだ海。春輝がわたしを叔母さんから引き離してくれた日。
このときわたしは、余命一か月。それでも春輝は楽しそうにわたしを撮っていて。
『おれは好きです、奈央のこと』
その声が嬉しくて、幸せで。
振り向いたわたしが、深呼吸をして、声を出す。
その声は聞こえないけど、わたしはちゃんと覚えてる。
『わたしも好きです。春輝のこと』
カメラの向こうの春輝に向かって、そう言ったんだ。
画面が変わる。夏休みのわたしだ。
春輝と一緒にいろんなところに行った。
映画館、ショッピングモール、水族館……笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったり、わたしの表情がくるくる変わる。
それはどこにでもいる普通の高校生で。春輝と出会えてたおかげで、わたしは普通に青春できたんだ。
やがて夏休みが残り二日になり、絶望を抱えていたわたしの前に春輝がやってきた。
そしてわたしは最後の二日間を、春輝とふたりで過ごしたんだ。
映像には、いろんなわたしが映っている。
スーパーに出かけるわたし。
文句を言いながら、料理をしているわたし。
すいかを食べているわたし。
『これからはもっと自信を持って。夢がないなら、探していけばいいんだから』
春輝はわたしにそう言ってくれた。
画面が切り替わり、夜空に大きな花火が打ち上がる。
赤、黄色、緑、金色……ふたりで見た美しい花火。
画面にわたしの横顔が映る。わたしが花火と一緒に春輝を見ていたように、春輝もわたしを見ていたんだ。
花火を見つめるわたしは、静かに涙をこぼしていた。
そして夏休み最後の日の、海辺が映る。
歩いたり、走ったり、振り向いたり、春輝を呼んだり、この日のわたしはずっと笑っている。
だってわたしが笑えば、春輝も笑ってくれるから。わたしはずっと、春輝の笑顔が見たかったから。
海に夕陽が沈んでいく。オレンジ色に頬を染めたわたしが、カメラに向かって笑いかける。
『奈央の笑顔、いっぱい見れてよかった』
春輝はそう言ってくれたよね。だからわたしは、最後まで笑顔でいたかったんだけど……。
最後に映ったわたしは、笑いながら泣いていた。
下手くそな笑顔を作って、涙をこぼして、そしてカメラの向こうの春輝に言ったんだ。
『バイバイ、春輝』って。
襖を閉めて、部屋を暗くした。畳に仰向けになって、天井を見つめる。
やがて天井に映像が映った。最初に映ったのは海の風景。鳥居と祠のある、わたしたちの思い出の場所だ。
「これ……春輝が撮った動画を編集したんだ」
映像に音はなかった。わざとつけていないのかもしれない。
やがて天井に人物が映る。黒くて長い髪をなびかせて、怒った顔をしたわたしだ。
途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、目を覆いたくなる。
でもこれは、春輝の目に映るわたしなんだ。春輝が見てくれたわたしなんだ。
映像の中のわたしはいつも不機嫌だった。つまらなそうだったり、怒っていたり、なにか文句を言っていたり……。
それを見ていたら、なんだかおかしくなってきた。
「そうだよね。わたしいつも、春輝に怒っていたよね」
だって最初はストーカーかと思ったんだもん。たった一度会っただけなのに、受験する高校まで調べて、同じ学校を受けて、入学してくるなんてバカみたい。
『いまのところは、おれの片思いで』
本当に春輝はバカだよ。
やがて画面が変わった。雨が降っている。
ああ、これは、洞穴の中から見た風景だ。
雨降りの海岸。ひっそりと建つ鳥居。その向こうに見える少し荒れた海。
空も海もどんよりと暗くて、白いもやがかかっていて、見慣れた風景がなんだかちょっと寂しく見える。
きっとこれは春輝がひとりで、わたしを待っていたときの映像だ。
春輝はこうやって、なんとなく寂しい風景を眺めながら、じっとわたしのことを待っていてくれたんだ。
目の奥がじんと熱くなったとき、笑顔のわたしが映し出された。
わたしが春輝の前で笑っている。きっと春輝も笑っている。
はじめてキスをしたあと、春輝に家まで送ってもらったときだ。
でもこのあと春輝が事故に遭って……心配で心配で、わたしはどうなってもいいから、春輝の命を終わらせないでくださいって、神様に祈った。
そうしたら春輝が目を覚まして……あのときは本当に嬉しかったんだけど、同時に春輝から離れなくちゃって思った。
でも春輝は絶対あきらめようとしなくて……。
映し出されたのは、青い空と凪いだ海。春輝がわたしを叔母さんから引き離してくれた日。
このときわたしは、余命一か月。それでも春輝は楽しそうにわたしを撮っていて。
『おれは好きです、奈央のこと』
その声が嬉しくて、幸せで。
振り向いたわたしが、深呼吸をして、声を出す。
その声は聞こえないけど、わたしはちゃんと覚えてる。
『わたしも好きです。春輝のこと』
カメラの向こうの春輝に向かって、そう言ったんだ。
画面が変わる。夏休みのわたしだ。
春輝と一緒にいろんなところに行った。
映画館、ショッピングモール、水族館……笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったり、わたしの表情がくるくる変わる。
それはどこにでもいる普通の高校生で。春輝と出会えてたおかげで、わたしは普通に青春できたんだ。
やがて夏休みが残り二日になり、絶望を抱えていたわたしの前に春輝がやってきた。
そしてわたしは最後の二日間を、春輝とふたりで過ごしたんだ。
映像には、いろんなわたしが映っている。
スーパーに出かけるわたし。
文句を言いながら、料理をしているわたし。
すいかを食べているわたし。
『これからはもっと自信を持って。夢がないなら、探していけばいいんだから』
春輝はわたしにそう言ってくれた。
画面が切り替わり、夜空に大きな花火が打ち上がる。
赤、黄色、緑、金色……ふたりで見た美しい花火。
画面にわたしの横顔が映る。わたしが花火と一緒に春輝を見ていたように、春輝もわたしを見ていたんだ。
花火を見つめるわたしは、静かに涙をこぼしていた。
そして夏休み最後の日の、海辺が映る。
歩いたり、走ったり、振り向いたり、春輝を呼んだり、この日のわたしはずっと笑っている。
だってわたしが笑えば、春輝も笑ってくれるから。わたしはずっと、春輝の笑顔が見たかったから。
海に夕陽が沈んでいく。オレンジ色に頬を染めたわたしが、カメラに向かって笑いかける。
『奈央の笑顔、いっぱい見れてよかった』
春輝はそう言ってくれたよね。だからわたしは、最後まで笑顔でいたかったんだけど……。
最後に映ったわたしは、笑いながら泣いていた。
下手くそな笑顔を作って、涙をこぼして、そしてカメラの向こうの春輝に言ったんだ。
『バイバイ、春輝』って。
21
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事
六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました!
京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。
己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。
「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
カフェノートで二十二年前の君と出会えた奇跡(早乙女のことを思い出して
なかじまあゆこ
青春
カフェの二階でカフェノートを見つけた早乙女。そのノートに書かれている内容が楽しくて読み続けているとそれは二十二年前のカフェノートだった。 そして、何気なくそのノートに書き込みをしてみると返事がきた。 これってどういうこと? 二十二年前の君と早乙女は古いカフェノートで出会った。 ちょっと不思議で切なく笑える青春コメディです。それと父との物語。内容は違いますがわたしの父への思いも込めて書きました。
どうぞよろしくお願いします(^-^)/
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる