この命が消えたとしても、きみの笑顔は忘れない

水瀬さら

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第8章 悪いけど先に行くね

8-2

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 胸がドキドキしていた。あの日使ったプロジェクターを見つけ、電源を入れる。春輝がやっていたのを思い出しながら、操作する。
 襖を閉めて、部屋を暗くした。畳に仰向けになって、天井を見つめる。
 やがて天井に映像が映った。最初に映ったのは海の風景。鳥居と祠のある、わたしたちの思い出の場所だ。

「これ……春輝が撮った動画を編集したんだ」

 映像に音はなかった。わざとつけていないのかもしれない。
 やがて天井に人物が映る。黒くて長い髪をなびかせて、怒った顔をしたわたしだ。
 途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、目を覆いたくなる。
 でもこれは、春輝の目に映るわたしなんだ。春輝が見てくれたわたしなんだ。

 映像の中のわたしはいつも不機嫌だった。つまらなそうだったり、怒っていたり、なにか文句を言っていたり……。
 それを見ていたら、なんだかおかしくなってきた。

「そうだよね。わたしいつも、春輝に怒っていたよね」

 だって最初はストーカーかと思ったんだもん。たった一度会っただけなのに、受験する高校まで調べて、同じ学校を受けて、入学してくるなんてバカみたい。

『いまのところは、おれの片思いで』

 本当に春輝はバカだよ。

 やがて画面が変わった。雨が降っている。
 ああ、これは、洞穴の中から見た風景だ。
 雨降りの海岸。ひっそりと建つ鳥居。その向こうに見える少し荒れた海。
 空も海もどんよりと暗くて、白いもやがかかっていて、見慣れた風景がなんだかちょっと寂しく見える。
 きっとこれは春輝がひとりで、わたしを待っていたときの映像だ。
 春輝はこうやって、なんとなく寂しい風景を眺めながら、じっとわたしのことを待っていてくれたんだ。

 目の奥がじんと熱くなったとき、笑顔のわたしが映し出された。
 わたしが春輝の前で笑っている。きっと春輝も笑っている。
 はじめてキスをしたあと、春輝に家まで送ってもらったときだ。

 でもこのあと春輝が事故に遭って……心配で心配で、わたしはどうなってもいいから、春輝の命を終わらせないでくださいって、神様に祈った。
 そうしたら春輝が目を覚まして……あのときは本当に嬉しかったんだけど、同時に春輝から離れなくちゃって思った。
 でも春輝は絶対あきらめようとしなくて……。

 映し出されたのは、青い空と凪いだ海。春輝がわたしを叔母さんから引き離してくれた日。
 このときわたしは、余命一か月。それでも春輝は楽しそうにわたしを撮っていて。

『おれは好きです、奈央のこと』

 その声が嬉しくて、幸せで。
 振り向いたわたしが、深呼吸をして、声を出す。
 その声は聞こえないけど、わたしはちゃんと覚えてる。

『わたしも好きです。春輝のこと』

 カメラの向こうの春輝に向かって、そう言ったんだ。

 画面が変わる。夏休みのわたしだ。
 春輝と一緒にいろんなところに行った。
 映画館、ショッピングモール、水族館……笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったり、わたしの表情がくるくる変わる。
 それはどこにでもいる普通の高校生で。春輝と出会えてたおかげで、わたしは普通に青春できたんだ。

 やがて夏休みが残り二日になり、絶望を抱えていたわたしの前に春輝がやってきた。
 そしてわたしは最後の二日間を、春輝とふたりで過ごしたんだ。
 映像には、いろんなわたしが映っている。
 スーパーに出かけるわたし。
 文句を言いながら、料理をしているわたし。
 すいかを食べているわたし。

『これからはもっと自信を持って。夢がないなら、探していけばいいんだから』

 春輝はわたしにそう言ってくれた。

 画面が切り替わり、夜空に大きな花火が打ち上がる。
 赤、黄色、緑、金色……ふたりで見た美しい花火。
 画面にわたしの横顔が映る。わたしが花火と一緒に春輝を見ていたように、春輝もわたしを見ていたんだ。
 花火を見つめるわたしは、静かに涙をこぼしていた。

 そして夏休み最後の日の、海辺が映る。
 歩いたり、走ったり、振り向いたり、春輝を呼んだり、この日のわたしはずっと笑っている。
 だってわたしが笑えば、春輝も笑ってくれるから。わたしはずっと、春輝の笑顔が見たかったから。

 海に夕陽が沈んでいく。オレンジ色に頬を染めたわたしが、カメラに向かって笑いかける。

『奈央の笑顔、いっぱい見れてよかった』

 春輝はそう言ってくれたよね。だからわたしは、最後まで笑顔でいたかったんだけど……。
 最後に映ったわたしは、笑いながら泣いていた。
 下手くそな笑顔を作って、涙をこぼして、そしてカメラの向こうの春輝に言ったんだ。

『バイバイ、春輝』って。
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