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第8章 悪いけど先に行くね
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少しだけ秋めいてきた空の下、わたしは自転車を走らせた。
T字路を右に曲がり、海風を受けながら進む。やがて春輝のおばあさんの家が見えてくる。
わたしは家の前に自転車を止めると、「こんにちは」と声をかける。
「あら、来てくれたのね、奈央ちゃん」
おばあさんの顔を見たら泣きそうになったけど、ぎゅっと唇を引き結び頭を下げた。
おばあさんの家の仏壇の前で、手を合わせた。目を開けると、三人の写真が見える。
若くて綺麗な女の人と、髭を生やした男の人。それから高校の制服を着た男の子。
「春輝、きっと喜んでるよ。奈央ちゃんが来てくれて」
おばあさんの声に、ほんの少し口元をゆるめる。おばあさんはまた少し、痩せてしまったみたいだ。
一か月前、春輝はこの家で亡くなった。新学期の朝、なぜか胸騒ぎがしたというおばあさんが旅行先から急いで帰ってきたら、春輝が布団の中で寝ていて、どんなに起こしても起きなかったのだという。
警察が来ていろいろ調べたそうだけど、外傷はなく、なにかを服用した形跡もなく、突然死と言われた。
死亡推定時刻は午前零時。日付が変わったころに、亡くなったのだという。
おばあさんは「自分が出かけたせいでこんなことになった」と泣き、美鈴と慎吾くんも言葉を失っていた。
わたしはすぐに神様のところへ行った。絶対こんなのおかしいと思ったから。でもそこは立ち入り禁止になっていて、入ろうとしたら作業員に止められた。
崖崩れした箇所を整備して、祠を別の場所へ移すのだという。どこへ移すのか聞いても、わからないと言われてしまった。
でもわたしは思っている。あの神様が、春輝の死に関わっているんだと。だっておかしすぎる。死ぬはずだったわたしが死なず、どこも悪くなかった春輝が突然死ぬなんて。
「実はね、奈央ちゃん」
考え込んでいたわたしに、おばあさんが言った。
「昨日、台所で、これを見つけたのよ」
おばあさんがそう言って、二通の封筒をわたしに見せた。
「え……」
一通には「ばあちゃんへ」そしてもう一通には「奈央へ」と書いてある。懐かしい、春輝の字で。
「わたしがいつもいる台所の引き出しに入ってたの。きっと春輝、ここならわたしに見つけてもらえると思っていたようだけど、一か月ほぼ台所になんて立ってなかったから」
おばあさんが困ったように笑う。
「ごめんね、見つけるのが遅くなっちゃって」
おばあさんがわたしの手に、手紙を渡した。
「最初はね、遺書だと思ったの。あの子が死にたがってたこと、薄々気づいていたから」
わたしは手紙を握りしめる。
「でもなんだかそうじゃない気がするの。だって前向きなことばかり書いてあるんだもの。あとね、もし自分の命が消えていても、それは絶対ばあちゃんのせいじゃないからって。それと、ばあちゃんを悲しませてごめんねって……」
おばあさんが涙をぬぐった。わたしはぽつりとつぶやく。
「これ……開けてみていいですか?」
「もちろん。奈央ちゃん宛てなんだから」
そっと封を切る。中にはメモ用紙のようなものが一枚だけ。
【父さんの部屋のプロジェクターをつけてみて】
プロジェクターって、あの天井に映画を映したやつ?
「おばあさん! 春輝の部屋に入ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
わたしは頭を下げると、昔お父さんの部屋だったという、春輝の部屋に入った。
T字路を右に曲がり、海風を受けながら進む。やがて春輝のおばあさんの家が見えてくる。
わたしは家の前に自転車を止めると、「こんにちは」と声をかける。
「あら、来てくれたのね、奈央ちゃん」
おばあさんの顔を見たら泣きそうになったけど、ぎゅっと唇を引き結び頭を下げた。
おばあさんの家の仏壇の前で、手を合わせた。目を開けると、三人の写真が見える。
若くて綺麗な女の人と、髭を生やした男の人。それから高校の制服を着た男の子。
「春輝、きっと喜んでるよ。奈央ちゃんが来てくれて」
おばあさんの声に、ほんの少し口元をゆるめる。おばあさんはまた少し、痩せてしまったみたいだ。
一か月前、春輝はこの家で亡くなった。新学期の朝、なぜか胸騒ぎがしたというおばあさんが旅行先から急いで帰ってきたら、春輝が布団の中で寝ていて、どんなに起こしても起きなかったのだという。
警察が来ていろいろ調べたそうだけど、外傷はなく、なにかを服用した形跡もなく、突然死と言われた。
死亡推定時刻は午前零時。日付が変わったころに、亡くなったのだという。
おばあさんは「自分が出かけたせいでこんなことになった」と泣き、美鈴と慎吾くんも言葉を失っていた。
わたしはすぐに神様のところへ行った。絶対こんなのおかしいと思ったから。でもそこは立ち入り禁止になっていて、入ろうとしたら作業員に止められた。
崖崩れした箇所を整備して、祠を別の場所へ移すのだという。どこへ移すのか聞いても、わからないと言われてしまった。
でもわたしは思っている。あの神様が、春輝の死に関わっているんだと。だっておかしすぎる。死ぬはずだったわたしが死なず、どこも悪くなかった春輝が突然死ぬなんて。
「実はね、奈央ちゃん」
考え込んでいたわたしに、おばあさんが言った。
「昨日、台所で、これを見つけたのよ」
おばあさんがそう言って、二通の封筒をわたしに見せた。
「え……」
一通には「ばあちゃんへ」そしてもう一通には「奈央へ」と書いてある。懐かしい、春輝の字で。
「わたしがいつもいる台所の引き出しに入ってたの。きっと春輝、ここならわたしに見つけてもらえると思っていたようだけど、一か月ほぼ台所になんて立ってなかったから」
おばあさんが困ったように笑う。
「ごめんね、見つけるのが遅くなっちゃって」
おばあさんがわたしの手に、手紙を渡した。
「最初はね、遺書だと思ったの。あの子が死にたがってたこと、薄々気づいていたから」
わたしは手紙を握りしめる。
「でもなんだかそうじゃない気がするの。だって前向きなことばかり書いてあるんだもの。あとね、もし自分の命が消えていても、それは絶対ばあちゃんのせいじゃないからって。それと、ばあちゃんを悲しませてごめんねって……」
おばあさんが涙をぬぐった。わたしはぽつりとつぶやく。
「これ……開けてみていいですか?」
「もちろん。奈央ちゃん宛てなんだから」
そっと封を切る。中にはメモ用紙のようなものが一枚だけ。
【父さんの部屋のプロジェクターをつけてみて】
プロジェクターって、あの天井に映画を映したやつ?
「おばあさん! 春輝の部屋に入ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
わたしは頭を下げると、昔お父さんの部屋だったという、春輝の部屋に入った。
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