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第7章 いっぱい見れてよかった
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春輝は家の前に自転車を止めると、玄関を開けた。
「入って」
わたしは玄関から家の中に声をかける。
「こんにちは、お邪魔します」
「あ、ばあちゃんなら、出かけてるから」
「え?」
「友達と二泊三日で温泉旅行行った。この暑いのによく温泉入る気になるよね?」
そうなんだ。てっきりおばあさんに会えると思っていたのに。
「今朝、おれが朝食作ってやったら喜んでたよ」
「えっ、春輝が? いままでなんにも手伝わなかったくせに」
「やる機会がなかっただけだよ」
春輝は口をとがらせてから、ちょっと声を落として言った。
「でももっとやってあげればよかった。あんなに喜ぶならさ」
「おばあさんが帰ってきたら、また作ってあげればいいじゃん?」
春輝には、まだまだ時間があるんだから。
春輝はちょっと考えてから、「そうだね」って笑う。
そして思いついたように、わたしに言った。
「あ、じゃあさ、昼飯ふたりで作ろうよ。おれに料理の作り方教えて」
「え、いいけど。なに作る?」
「じゃあ……鶏の唐揚げで!」
「好きだね。春輝は、唐揚げ」
「うん、好き」
春輝がそう言って無邪気な顔で笑った。
ふたりでスーパーに買い物に行った。あまりにも日差しが強くて、途中の木陰でアイスを食べた。春輝は『当たり』が出て、わたしにくれた。
「奈央にあげる」
「え、春輝がもう一本もらえばいいじゃん」
「いいからあげる」
わたしがもらっても、仕方ないんだけどな。
「ありがと」
わたしの声に、春輝は嬉しそうに微笑んだ。
家に帰るとふたりで台所に立った。
春輝に作り方を教えようと思ったのに、春輝はわたしにカメラを向けている。
お父さんが使っていた、動画が撮れる一眼レフカメラだという。
「わたしが作ったら意味ないでしょ。春輝が料理教えてって言ったのに」
「いいから続けて。おれのことは気にせず」
「もうー」
汗をかきながら揚げ物をして、揚げたての唐揚げをふたりで食べた。
「うまっ、これ、超うまい!」
「でもおばあさんの味となにか違うんだよね……調味料が違うのかも」
「じゃあ今度会ったら聞いてみてよ」
春輝の声にうなずいたけど、わたしに「今度」なんてない。きっとこの唐揚げは、人生最後の唐揚げなんだって思ったら、泣きそうになった。
午後はさっき買ってきたすいかを切って、縁側で食べた。春輝はわたしが食べている姿を、動画で撮っている。
「食べにくいからやめてよ」
「そんなこと言ってたら、映画の主演は務まらないよ」
ごめんね。わたしは演じてあげられないんだ。
「春輝、映画を撮る夢、あきらめないでね?」
「え?」
春輝の持つ、カメラに向かって言う。
「わたし、ずっと応援してるから」
春輝が黙った。そしてカメラの向こうから聞いてくる。
「奈央の夢は?」
「え?」
「卒業してあの家を出たら、奈央はなにをしたい?」
わたしの夢? 自分の夢なんて、考えたことがなかった。
でももう、夢なんか持ったって仕方ないんだ。
「わたしは……夢なんかないんだ」
春輝の前でぽつりとつぶやく。
「わたしなんかどうせ……」
「どうせって言わないで」
春輝の声が耳に響く。
「奈央は強いし、かっこいいし、可愛いし、頑張り屋だよ。ちょっと頑張りすぎるところあるけど」
春輝はわたしのことを褒めすぎだ。
「これからはもっと自信を持って。夢がないなら、探していけばいいんだから。奈央なら絶対大丈夫」
顔を上げて春輝を見る。春輝がレンズ越しに、わたしを見つめている。
「うん……そうだね」
そうできたら、いいのにな。
わたしが微笑んだら、春輝も笑った。
ああ、そうか。わたしが笑えば、春輝も笑ってくれるんだ。
だったら残りの時間、できるだけ笑顔でいよう。わたしはもっともっと、春輝の笑顔が見たいから。
風が吹き、風鈴がちりんっと揺れる。
遠くでポンポンッと打ち上げ花火のような音がする。
「あ、そうだ。今日花火大会だった」
「え、そうなの?」
「うん。いまの音は合図の花火。この先の海水浴場で今夜やるんだ」
春輝はカメラを下ろして、わたしに言った。
「あとで見にいこうよ」
「うん」
「その前にスイカ全部食わないと」
春輝が慌ててすいかに食いつくから、わたしはおかしくてまた笑った。
「入って」
わたしは玄関から家の中に声をかける。
「こんにちは、お邪魔します」
「あ、ばあちゃんなら、出かけてるから」
「え?」
「友達と二泊三日で温泉旅行行った。この暑いのによく温泉入る気になるよね?」
そうなんだ。てっきりおばあさんに会えると思っていたのに。
「今朝、おれが朝食作ってやったら喜んでたよ」
「えっ、春輝が? いままでなんにも手伝わなかったくせに」
「やる機会がなかっただけだよ」
春輝は口をとがらせてから、ちょっと声を落として言った。
「でももっとやってあげればよかった。あんなに喜ぶならさ」
「おばあさんが帰ってきたら、また作ってあげればいいじゃん?」
春輝には、まだまだ時間があるんだから。
春輝はちょっと考えてから、「そうだね」って笑う。
そして思いついたように、わたしに言った。
「あ、じゃあさ、昼飯ふたりで作ろうよ。おれに料理の作り方教えて」
「え、いいけど。なに作る?」
「じゃあ……鶏の唐揚げで!」
「好きだね。春輝は、唐揚げ」
「うん、好き」
春輝がそう言って無邪気な顔で笑った。
ふたりでスーパーに買い物に行った。あまりにも日差しが強くて、途中の木陰でアイスを食べた。春輝は『当たり』が出て、わたしにくれた。
「奈央にあげる」
「え、春輝がもう一本もらえばいいじゃん」
「いいからあげる」
わたしがもらっても、仕方ないんだけどな。
「ありがと」
わたしの声に、春輝は嬉しそうに微笑んだ。
家に帰るとふたりで台所に立った。
春輝に作り方を教えようと思ったのに、春輝はわたしにカメラを向けている。
お父さんが使っていた、動画が撮れる一眼レフカメラだという。
「わたしが作ったら意味ないでしょ。春輝が料理教えてって言ったのに」
「いいから続けて。おれのことは気にせず」
「もうー」
汗をかきながら揚げ物をして、揚げたての唐揚げをふたりで食べた。
「うまっ、これ、超うまい!」
「でもおばあさんの味となにか違うんだよね……調味料が違うのかも」
「じゃあ今度会ったら聞いてみてよ」
春輝の声にうなずいたけど、わたしに「今度」なんてない。きっとこの唐揚げは、人生最後の唐揚げなんだって思ったら、泣きそうになった。
午後はさっき買ってきたすいかを切って、縁側で食べた。春輝はわたしが食べている姿を、動画で撮っている。
「食べにくいからやめてよ」
「そんなこと言ってたら、映画の主演は務まらないよ」
ごめんね。わたしは演じてあげられないんだ。
「春輝、映画を撮る夢、あきらめないでね?」
「え?」
春輝の持つ、カメラに向かって言う。
「わたし、ずっと応援してるから」
春輝が黙った。そしてカメラの向こうから聞いてくる。
「奈央の夢は?」
「え?」
「卒業してあの家を出たら、奈央はなにをしたい?」
わたしの夢? 自分の夢なんて、考えたことがなかった。
でももう、夢なんか持ったって仕方ないんだ。
「わたしは……夢なんかないんだ」
春輝の前でぽつりとつぶやく。
「わたしなんかどうせ……」
「どうせって言わないで」
春輝の声が耳に響く。
「奈央は強いし、かっこいいし、可愛いし、頑張り屋だよ。ちょっと頑張りすぎるところあるけど」
春輝はわたしのことを褒めすぎだ。
「これからはもっと自信を持って。夢がないなら、探していけばいいんだから。奈央なら絶対大丈夫」
顔を上げて春輝を見る。春輝がレンズ越しに、わたしを見つめている。
「うん……そうだね」
そうできたら、いいのにな。
わたしが微笑んだら、春輝も笑った。
ああ、そうか。わたしが笑えば、春輝も笑ってくれるんだ。
だったら残りの時間、できるだけ笑顔でいよう。わたしはもっともっと、春輝の笑顔が見たいから。
風が吹き、風鈴がちりんっと揺れる。
遠くでポンポンッと打ち上げ花火のような音がする。
「あ、そうだ。今日花火大会だった」
「え、そうなの?」
「うん。いまの音は合図の花火。この先の海水浴場で今夜やるんだ」
春輝はカメラを下ろして、わたしに言った。
「あとで見にいこうよ」
「うん」
「その前にスイカ全部食わないと」
春輝が慌ててすいかに食いつくから、わたしはおかしくてまた笑った。
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