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第6章 夢なんかじゃないんだ
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夏休みがはじまって一週間は、ずっと春輝と春輝のおばあさんといた。
わたしは春輝の家に泊まらせてもらって、おばあさんと一緒に食事の支度をしたり、おばあさんの代わりに買い物に出かけたりした。
あとは春輝のお父さんの部屋で映画を観て、ちょっとだけ勉強して、海に出かけてカメラを向けられる毎日。
そんな日々が送れるようになるなんて……毎日夢の中にいるような気分だった。
「奈央、アイス食べよ」
春輝に誘われて、縁側に座ってアイスを食べる。
蝉がしゃわしゃわと鳴いていて、風鈴の音がちりんと響く。
穏やかで、優しくて、なんだか田舎のおばあちゃんの家みたいだなぁなんて思う。
わたしにはおばあちゃんがいないから、ただの想像だけど。
「おれ、明日からバイトはじめることにしたから」
「えっ」
突然の春輝の言葉に、わたしは慌てた。
そういえば前にも言っていた。「……バイト探さなくちゃな」って。
「もう全然元気だしさ、いつまでもばあちゃんの世話になっていられないし。高校卒業したら東京に行きたいって思ってるしね。近くのコンビニに面接行ったら、すぐに来てって言われたから」
「いつの間に……」
わたしは背中を丸める。
「ごめんね。春輝は頑張ってるのに、わたしはお世話になってるだけで」
「いいんだよ、奈央は。おれが連れてきたんだから。好きなだけいなよ」
でもいつまでもこのままでいいとは思っていない。「帰らない」なんて言ってしまったけれど、叔母さんとは一度、ちゃんと話さなきゃいけないって思いはじめたんだ。
「わたし……叔母さんの家に戻ろうかな」
春輝の隣でつぶやく。
「春輝に連れてきてもらえたのは、すごく嬉しかったし、この家は居心地よくて、ずっといたいって思っちゃうけど」
本当にそう思っている。
「だけどわたしはちゃんと、叔母さんと話さなきゃだめなんだなって思う。嫌なことは嫌って言って、でも感謝してることはちゃんと伝えて、高校生の間は置いてくださいって頼んで、バイトしてお金貯めて、卒業したらわたしもこの町を出たい」
春輝はじっとわたしの顔を見たあと、ぽんぽんっとわたしの頭を撫でた。
「うん。奈央がそうしたいならそうしなよ」
心がじんわりとあたたかくなる。
『その代わりに二か月後、おまえが死ぬ』
大丈夫、大丈夫。だって最近、心臓が痛くなることもないし。やっぱりあれは夢だったんだ。
そう思い込むことで、わたしは神様から逃げていた。
「あっ」
そのときわたしのスマホが震えた。電話の着信だ。
「恵麻からだ……」
「恵麻?」
「一緒に住んでる従妹」
「出なよ」
春輝に言われて、おそるおそる電話に出る。
『あっ、奈央ちゃん?』
ちょっと懐かしい恵麻の声が響く。
『よかったぁ、出てくれて。心配してたんだよ? ママが言ってたけど、奈央ちゃん、彼氏の家にいるんだって?』
「う、うん……」
『あのね、パパがね、奈央ちゃんに謝りたいって言ってるの』
「え?」
思ってもみなかった言葉に驚く。
『ママが奈央ちゃんに厳しくしてたことわかってたのに、止めてあげられなくて悪かったって。ママもパパに言われて、ちょっと反省してるみたい。だから奈央ちゃん、帰ってきて?』
戸惑うわたしに、隣で聞いていた春輝がささやく。
「帰るっていいなよ」
わたしはうなずき、恵麻に言った。
「わかった。帰る。わたしも話したいことがあるし」
『うん。パパもママも待ってるから。絶対帰ってきてね』
電話を切って、深くため息をついた。
あの叔母さんが反省しているって……なんだかちょっと信じられないけど。
「嫌なこと言われたら、おれに連絡して」
春輝がスマホを見せながら言った。
「すぐ迎えに行くから」
なんで春輝は、こんなに優しくしてくれるのかな。
でもいつまでも、春輝に頼っていられない。
「ありがと、春輝。叔父さんと叔母さんと、ちゃんと話してみる」
わたしの声に、春輝が笑った。
おばあさんに頭を下げて、家を出た。
「またいつでもおいで」
「本当にありがとうございました」
春輝が送ってくれると言ったけど、それは断った。
「じゃあ、春輝。また連絡するね」
「うん。待ってる」
小さく手を振り、自転車をこぐ。
叔母さんの家に帰るのは嫌だけど。でももう逃げていたくなかった。
しっかりと前を向き、わたしはぐんっと強くペダルを踏み込んだ。
わたしは春輝の家に泊まらせてもらって、おばあさんと一緒に食事の支度をしたり、おばあさんの代わりに買い物に出かけたりした。
あとは春輝のお父さんの部屋で映画を観て、ちょっとだけ勉強して、海に出かけてカメラを向けられる毎日。
そんな日々が送れるようになるなんて……毎日夢の中にいるような気分だった。
「奈央、アイス食べよ」
春輝に誘われて、縁側に座ってアイスを食べる。
蝉がしゃわしゃわと鳴いていて、風鈴の音がちりんと響く。
穏やかで、優しくて、なんだか田舎のおばあちゃんの家みたいだなぁなんて思う。
わたしにはおばあちゃんがいないから、ただの想像だけど。
「おれ、明日からバイトはじめることにしたから」
「えっ」
突然の春輝の言葉に、わたしは慌てた。
そういえば前にも言っていた。「……バイト探さなくちゃな」って。
「もう全然元気だしさ、いつまでもばあちゃんの世話になっていられないし。高校卒業したら東京に行きたいって思ってるしね。近くのコンビニに面接行ったら、すぐに来てって言われたから」
「いつの間に……」
わたしは背中を丸める。
「ごめんね。春輝は頑張ってるのに、わたしはお世話になってるだけで」
「いいんだよ、奈央は。おれが連れてきたんだから。好きなだけいなよ」
でもいつまでもこのままでいいとは思っていない。「帰らない」なんて言ってしまったけれど、叔母さんとは一度、ちゃんと話さなきゃいけないって思いはじめたんだ。
「わたし……叔母さんの家に戻ろうかな」
春輝の隣でつぶやく。
「春輝に連れてきてもらえたのは、すごく嬉しかったし、この家は居心地よくて、ずっといたいって思っちゃうけど」
本当にそう思っている。
「だけどわたしはちゃんと、叔母さんと話さなきゃだめなんだなって思う。嫌なことは嫌って言って、でも感謝してることはちゃんと伝えて、高校生の間は置いてくださいって頼んで、バイトしてお金貯めて、卒業したらわたしもこの町を出たい」
春輝はじっとわたしの顔を見たあと、ぽんぽんっとわたしの頭を撫でた。
「うん。奈央がそうしたいならそうしなよ」
心がじんわりとあたたかくなる。
『その代わりに二か月後、おまえが死ぬ』
大丈夫、大丈夫。だって最近、心臓が痛くなることもないし。やっぱりあれは夢だったんだ。
そう思い込むことで、わたしは神様から逃げていた。
「あっ」
そのときわたしのスマホが震えた。電話の着信だ。
「恵麻からだ……」
「恵麻?」
「一緒に住んでる従妹」
「出なよ」
春輝に言われて、おそるおそる電話に出る。
『あっ、奈央ちゃん?』
ちょっと懐かしい恵麻の声が響く。
『よかったぁ、出てくれて。心配してたんだよ? ママが言ってたけど、奈央ちゃん、彼氏の家にいるんだって?』
「う、うん……」
『あのね、パパがね、奈央ちゃんに謝りたいって言ってるの』
「え?」
思ってもみなかった言葉に驚く。
『ママが奈央ちゃんに厳しくしてたことわかってたのに、止めてあげられなくて悪かったって。ママもパパに言われて、ちょっと反省してるみたい。だから奈央ちゃん、帰ってきて?』
戸惑うわたしに、隣で聞いていた春輝がささやく。
「帰るっていいなよ」
わたしはうなずき、恵麻に言った。
「わかった。帰る。わたしも話したいことがあるし」
『うん。パパもママも待ってるから。絶対帰ってきてね』
電話を切って、深くため息をついた。
あの叔母さんが反省しているって……なんだかちょっと信じられないけど。
「嫌なこと言われたら、おれに連絡して」
春輝がスマホを見せながら言った。
「すぐ迎えに行くから」
なんで春輝は、こんなに優しくしてくれるのかな。
でもいつまでも、春輝に頼っていられない。
「ありがと、春輝。叔父さんと叔母さんと、ちゃんと話してみる」
わたしの声に、春輝が笑った。
おばあさんに頭を下げて、家を出た。
「またいつでもおいで」
「本当にありがとうございました」
春輝が送ってくれると言ったけど、それは断った。
「じゃあ、春輝。また連絡するね」
「うん。待ってる」
小さく手を振り、自転車をこぐ。
叔母さんの家に帰るのは嫌だけど。でももう逃げていたくなかった。
しっかりと前を向き、わたしはぐんっと強くペダルを踏み込んだ。
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