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第5章 別れてください
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それから春輝はどんどん回復していった。お医者さんも驚くような回復力、らしい。
らしいというのは、おばあさんから聞いただけで、わたしはあれから一度も、春輝の病室に行っていなかったから。
「奈央!」
放課後、荷物をバッグに詰めていると、美鈴が立っていた。最近美鈴はわたしのことを「奈央」と呼ぶ。
「ねぇ、なんで春輝のところ行かないの?」
「え」
「全然会いにきてくれないって、昨日春輝が言ってたよ」
「ちょっと……具合が悪いから」
それだけ言って立ち上がると、美鈴に腕をつかまれた。
「嘘。今日体育やってたじゃん。フツーに」
わたしは美鈴から顔をそむける。
「彼女なんでしょ! 彼氏に会いたくないの?」
「ほっといてよ」
「なんかあったの? 春輝と」
「うるさいな! 美鈴にはカンケーないじゃん!」
そう言って腕を振りほどくと、美鈴がムッとした顔をした。
「なによ、その言い方。あたしが心配してやってるのに」
「別に心配してくれなくていい」
「あっそ。じゃああたしが奈央の代わりに、何度も春輝に会いにいくから。そのうち春輝も、奈央よりあたしを好きになってくれるかもしれないしぃ?」
奈央よりあたしを……。
そうか。春輝が美鈴を好きになればいいんだ。
だってわたしはもうすぐいなくなるんだし。
「それでもいいよ」
「は?」
「それでもいい」
バッグを抱えて、美鈴から離れる。
「ちょっ、冗談だったのに! 奈央?」
騒いでいる美鈴を無視して、わたしは教室を飛び出した。
自転車を走らせ、海に向かった。
空き地に自転車を止め、階段を下りる。今日も海岸には誰もいない。
祠の前で手を合わせたあと、海のほうを向いて座った。
穏やかに凪いだ海。空は青く晴れ渡っている。
あれから一度も、神様はわたしの前に現れない。
ポケットの中でスマホが震えた。取り出して画面を見る。
「春輝……」
春輝からのメッセージだ。
おそるおそるアプリを開く。開いている間にも通知が届く。
画面には、あんなに待ちわびていた春輝からのメッセージが届いていた。
【奈央、ごめん】
【めっちゃ心配かけて】
【左右を見ないで横断したおれがバカだった】
【すぐ行くって言ったのに行けなくてごめん】
【でももう平気だから】
【来週退院できるって】
【だから退院したら会いたい】
【あの海に行くから奈央も来て】
次々と届くメッセージを読みながら、また泣けてきた。震える手で、スマホを握りしめる。
【奈央?】
【返事ちょうだい】
【見てるんだろ?】
それきりメッセージは来なくなった。わたしは画面を閉じて、膝を抱える。
海風がわたしの髪をなびかせる。寄せては返す波の音だけが、耳に響いていた。
らしいというのは、おばあさんから聞いただけで、わたしはあれから一度も、春輝の病室に行っていなかったから。
「奈央!」
放課後、荷物をバッグに詰めていると、美鈴が立っていた。最近美鈴はわたしのことを「奈央」と呼ぶ。
「ねぇ、なんで春輝のところ行かないの?」
「え」
「全然会いにきてくれないって、昨日春輝が言ってたよ」
「ちょっと……具合が悪いから」
それだけ言って立ち上がると、美鈴に腕をつかまれた。
「嘘。今日体育やってたじゃん。フツーに」
わたしは美鈴から顔をそむける。
「彼女なんでしょ! 彼氏に会いたくないの?」
「ほっといてよ」
「なんかあったの? 春輝と」
「うるさいな! 美鈴にはカンケーないじゃん!」
そう言って腕を振りほどくと、美鈴がムッとした顔をした。
「なによ、その言い方。あたしが心配してやってるのに」
「別に心配してくれなくていい」
「あっそ。じゃああたしが奈央の代わりに、何度も春輝に会いにいくから。そのうち春輝も、奈央よりあたしを好きになってくれるかもしれないしぃ?」
奈央よりあたしを……。
そうか。春輝が美鈴を好きになればいいんだ。
だってわたしはもうすぐいなくなるんだし。
「それでもいいよ」
「は?」
「それでもいい」
バッグを抱えて、美鈴から離れる。
「ちょっ、冗談だったのに! 奈央?」
騒いでいる美鈴を無視して、わたしは教室を飛び出した。
自転車を走らせ、海に向かった。
空き地に自転車を止め、階段を下りる。今日も海岸には誰もいない。
祠の前で手を合わせたあと、海のほうを向いて座った。
穏やかに凪いだ海。空は青く晴れ渡っている。
あれから一度も、神様はわたしの前に現れない。
ポケットの中でスマホが震えた。取り出して画面を見る。
「春輝……」
春輝からのメッセージだ。
おそるおそるアプリを開く。開いている間にも通知が届く。
画面には、あんなに待ちわびていた春輝からのメッセージが届いていた。
【奈央、ごめん】
【めっちゃ心配かけて】
【左右を見ないで横断したおれがバカだった】
【すぐ行くって言ったのに行けなくてごめん】
【でももう平気だから】
【来週退院できるって】
【だから退院したら会いたい】
【あの海に行くから奈央も来て】
次々と届くメッセージを読みながら、また泣けてきた。震える手で、スマホを握りしめる。
【奈央?】
【返事ちょうだい】
【見てるんだろ?】
それきりメッセージは来なくなった。わたしは画面を閉じて、膝を抱える。
海風がわたしの髪をなびかせる。寄せては返す波の音だけが、耳に響いていた。
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