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第1章 死にたかったんでしょ?
1-3
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いまから一か月前。高校の入学式の日から、春輝は変なやつだった。
体育館で式が行われたあと、校庭の桜の下で集合写真を撮るため、新入生は昇降口前の広場で待機していた。
両親や中学時代の友人と、楽しそうにおしゃべりしたり、写真を撮り合ったりしている生徒たち。そんなにぎやかで晴れやかな雰囲気の中、わたしはひとりぼっちでいた。
別に寂しくなんかない。ただ居場所がなくて、落ち着かなくて、なんとなく周りを見まわしてみた。
そんなわたしと目が合ったのが、春輝だ。
まだ慣れない制服姿の春輝は、わたしと同じようにひとりでそこにいた。親も、友達も、そばにはいなかった。
わたしはすっと目をそらす。
ひとりぼっちの生徒は、わたしたちだけじゃない。親と別行動の人だっているし、同じ中学出身の生徒が少なくて、友達がいない人だっている。
だから別に珍しいことじゃない。
それなのにわたしはなんだか気になって、もう一度春輝のほうを見てしまったんだ。
すると春輝はやっぱりこっちを見ていて――わたしたちの視線が、もう一度ぶつかった。
なんで?
わたしはさっと顔をそむける。
なんでまだこっちを見ているの? もしかしてわたしの知っている人? 同じ中学にあんな人いたっけ?
「それでは一年三組の生徒の皆さん。こちらに集合してください」
先生の声に、みんながざわざわと動き出す。わたしもその流れに沿って、歩き始める。
そのときぽんっと肩を叩かれた。わたしはびくっと背中を震わせ振り返る。
立っていたのは、春輝だった。
驚きすぎて声も出せないわたしを、春輝はじっと見つめたあと、にかっと笑って言った。
「一年三組でしょ?」
わたしは黙ってうなずく。
「おれも。あ、おれ、渋谷春輝」
「はぁ……」
「芹澤さんでしょ?」
「え?」
「芹澤奈央さん」
なんなの、この人。なんでわたしの名前を知っているの?
「あの……どこかで会いましたっけ?」
それには答えず、春輝はにこにこ微笑んでいる。
「えっと、なんでわたしの名前……」
「芹澤さん、汐浜中だったでしょ?」
「え、あ……」
なんて答えればいいのか迷っていたら、春輝が続けた。
「でも中三で引っ越すことになって、転校しちゃったんだよね。転校先の学校がなかなかわかんなくて、捜すの苦労したよ」
背中がぞくっと震えた。
なんなの、この人。わたしのこと捜したって……気持ち悪い。
「でもなんとか転校先がわかって、芹澤さんがこの高校受けるって知って、おれも頑張って受験したんだよね」
意味がわからない。
だけど春輝は、のん気に笑ってわたしに言う。
「いや、マジでよかった、芹澤さんに会えて。しかも同じクラスとか、神様が味方してくれてるとしか思えない」
「い、意味がわからないんだけど……」
「わからなくていいよ。いまのところは、おれの片思いで」
片思い? その言葉にますます困惑して、わたしは固まった。
そのとき先生の声が響いた。
「一年三組の人ー! 早く集まってー!」
「あ、行かなきゃ」
春輝が先生のほうを見てから、わたしに言う。
「行こう、芹澤さん」
だけどわたしは春輝を無視して歩き出した。
「え、ちょっと待ってよ。芹澤さん!」
春輝がわたしの名前を呼びながらついてくる。周りの生徒たちが、ちらちらとこちらをうかがっている。彼の明るい髪色も、整った顔立ちも、誰よりも目立っているからだ。
だけどわたしは入学早々、目立ちたくなんてない。
だいたいこんな人知らないし、ストーカーみたいで気持ち悪いし、迷惑でしかない。
「おーい、芹澤さんってば!」
「もうっ、うるさ……」
カシャッ――。
シャッターを切る音。スマホを下ろした春輝がにかっと笑う。
「撮れた。芹澤さんの顔」
「ちょっと……なんなの?」
「ねぇ、芹澤さん、おれのモデルになって」
「は?」
「これからたくさん芹澤さんの写真撮らせて」
「バ、バカじゃないの!」
怒ったわたしの前で、春輝が声を上げて笑っている。
変なやつ。ストーカーの上に、盗撮までするなんて。絶対関わらないようにしよう。
そう思ったのに――。
あれから一か月間ずっと、わたしはこの男に付きまとわれている。
体育館で式が行われたあと、校庭の桜の下で集合写真を撮るため、新入生は昇降口前の広場で待機していた。
両親や中学時代の友人と、楽しそうにおしゃべりしたり、写真を撮り合ったりしている生徒たち。そんなにぎやかで晴れやかな雰囲気の中、わたしはひとりぼっちでいた。
別に寂しくなんかない。ただ居場所がなくて、落ち着かなくて、なんとなく周りを見まわしてみた。
そんなわたしと目が合ったのが、春輝だ。
まだ慣れない制服姿の春輝は、わたしと同じようにひとりでそこにいた。親も、友達も、そばにはいなかった。
わたしはすっと目をそらす。
ひとりぼっちの生徒は、わたしたちだけじゃない。親と別行動の人だっているし、同じ中学出身の生徒が少なくて、友達がいない人だっている。
だから別に珍しいことじゃない。
それなのにわたしはなんだか気になって、もう一度春輝のほうを見てしまったんだ。
すると春輝はやっぱりこっちを見ていて――わたしたちの視線が、もう一度ぶつかった。
なんで?
わたしはさっと顔をそむける。
なんでまだこっちを見ているの? もしかしてわたしの知っている人? 同じ中学にあんな人いたっけ?
「それでは一年三組の生徒の皆さん。こちらに集合してください」
先生の声に、みんながざわざわと動き出す。わたしもその流れに沿って、歩き始める。
そのときぽんっと肩を叩かれた。わたしはびくっと背中を震わせ振り返る。
立っていたのは、春輝だった。
驚きすぎて声も出せないわたしを、春輝はじっと見つめたあと、にかっと笑って言った。
「一年三組でしょ?」
わたしは黙ってうなずく。
「おれも。あ、おれ、渋谷春輝」
「はぁ……」
「芹澤さんでしょ?」
「え?」
「芹澤奈央さん」
なんなの、この人。なんでわたしの名前を知っているの?
「あの……どこかで会いましたっけ?」
それには答えず、春輝はにこにこ微笑んでいる。
「えっと、なんでわたしの名前……」
「芹澤さん、汐浜中だったでしょ?」
「え、あ……」
なんて答えればいいのか迷っていたら、春輝が続けた。
「でも中三で引っ越すことになって、転校しちゃったんだよね。転校先の学校がなかなかわかんなくて、捜すの苦労したよ」
背中がぞくっと震えた。
なんなの、この人。わたしのこと捜したって……気持ち悪い。
「でもなんとか転校先がわかって、芹澤さんがこの高校受けるって知って、おれも頑張って受験したんだよね」
意味がわからない。
だけど春輝は、のん気に笑ってわたしに言う。
「いや、マジでよかった、芹澤さんに会えて。しかも同じクラスとか、神様が味方してくれてるとしか思えない」
「い、意味がわからないんだけど……」
「わからなくていいよ。いまのところは、おれの片思いで」
片思い? その言葉にますます困惑して、わたしは固まった。
そのとき先生の声が響いた。
「一年三組の人ー! 早く集まってー!」
「あ、行かなきゃ」
春輝が先生のほうを見てから、わたしに言う。
「行こう、芹澤さん」
だけどわたしは春輝を無視して歩き出した。
「え、ちょっと待ってよ。芹澤さん!」
春輝がわたしの名前を呼びながらついてくる。周りの生徒たちが、ちらちらとこちらをうかがっている。彼の明るい髪色も、整った顔立ちも、誰よりも目立っているからだ。
だけどわたしは入学早々、目立ちたくなんてない。
だいたいこんな人知らないし、ストーカーみたいで気持ち悪いし、迷惑でしかない。
「おーい、芹澤さんってば!」
「もうっ、うるさ……」
カシャッ――。
シャッターを切る音。スマホを下ろした春輝がにかっと笑う。
「撮れた。芹澤さんの顔」
「ちょっと……なんなの?」
「ねぇ、芹澤さん、おれのモデルになって」
「は?」
「これからたくさん芹澤さんの写真撮らせて」
「バ、バカじゃないの!」
怒ったわたしの前で、春輝が声を上げて笑っている。
変なやつ。ストーカーの上に、盗撮までするなんて。絶対関わらないようにしよう。
そう思ったのに――。
あれから一か月間ずっと、わたしはこの男に付きまとわれている。
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