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27 常識は非常識

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 わざわざ場所を変えてくれるなんて、アクデムさんは気遣いがすごい。
 さすがオンフェルシュロッケン団長の補佐をしている人だな、とスレクツは通信具を握りしめた。

 聞かなくてはいけない、というか聞いておかないといけない、と自分を鼓舞しながら。

「お待たせしました。 どのような御用ですか?」

 再びアクデムの声が通信具から聞こえた時、なんとなく音が遠くなったような気がしたけれど、聞こえないほどではないし、場所を変えたからなのかもしれない、とスレクツは話を続けることにした。

「無知だと笑わないで頂きたいのですが、その、獣人種の方は、好きな相手をな、舐めたいと思うのでしょうか?」
「……え?」
「あ、あのっ獣人」
「ああ大丈夫です! 聞こえてましたから、ええと、そうですね。 ……(え、言うんですか?)その質問の答えは、とても舐めたい、ですね」

 なぜか途中でアクデムの声が揺れたような気がしたけれど、スレクツは通信の距離が遠いからだろう、と特に気にしなかった。

「そうなんですか……そうなんですね」
「何かあったのですか?」
「お恥ずかしながら私はその、獣人種ではありませんが、お、オンフェルシュロッケン団長閣下に舐められたいなと、その、思ってしまうのです。 これはおかしなことなのでしょうか?」
「えっ! ……えー、ええと、それは、え、ああ、すごく喜ばしいこと! だと思いますよ!」

 通信具の向こうで、何か大きなものが倒れるような音がした。
 同時に、アクデムの声が大きくなったので、気のせいかもしれない。

 思わず通信具を耳元から離しながら、一体どこにいるのだろう? とスレクツは首を傾げる。

「喜ばしい、のですか?」
「ええ、それを団長閣下ご本人に言っていただければ、我々の仕事が楽に、ではなく、閣下が大変喜ばれると思いますよ」

 アクデムの言葉を、スレクツはゆっくりと消化する。

「……喜んで、頂けるのですか? 私が、団長閣下に舐められたいと思うことが喜ばれると?」
「ええ、ええ、そうですとも。 イイン殿が帝都に戻られてしまってから、団長閣下は目に見えて消沈しておられます。
 夜になるたびに置いていかれた兵服をおかずに、あ、間違えました、兵服を抱きしめて一人寝をしておられます」

 オンフェルシュロッケン団長が、自分の兵服を抱きしめている?
 ……なんのために?
 服はぬいぐるみではないのに。

 その光景がうまく想像できなかったスレクツは、きっとアクデムもボル父様のように物知りに違いない、と期待しながら口を開いた。

 
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