上 下
82 / 104
23 怒ったり呆れたり

080

しおりを挟む
 

 無事なスレクツを見て、安堵して。
 あとは報復だな、と考えていたアレス団長の怒りに、氷水がかけられた。

アクスアクセプティール母様」
「なんだい、スル?」
「お願いです、私を廃棄兵として、処分、して……ください」
「なんだって?!」

 アレス団長は、スレクツの口から出て来た言葉に真っ青になった。

 養い子が兵士になると言った時、アレス団長は「これからは愛称呼びも、母様とも呼ばないように」と告げた。
 断腸の思いに耐えながら。

 スレクツを特別扱いしていると周囲に思わせないために、守るための策だったけれど、苦しくて悲しくて寂しかった。

 アレス団長は、夫との婚姻時に子を作らない魔術契約をしている。
 いつかは必要な養子関係の話を先延ばしにしてきたのは、貴族関係のごたごたを避けるためだった。

 孤児になった赤ん坊のスレクツ・イインと出会ったのは、偶然だった。

 赤ん坊なのに魔力量が多すぎて、死んでしまう可能性が高い。
 魔力制御に長けた魔術師が、里親として見つかるまでの繋ぎとして、面倒を見る予定だった。

 ところが、スレクツに並みの魔術師では制御しきれない珍しい適性が判明したことで、なし崩しで面倒をみることになった。

 市井の魔術師の手には負えない。
 孤児院も無理。
 消去法で、帝国一の天才魔術師と呼ばれていたアレスに話が回ってきたのだ。

 初めは面倒だなと思ったけれど、毎日のように魔力制御の補助をしてやって、膝の上であやしているうちに、可愛くてたまらなくなった。

 眼球を失い傷のある顔は、庇護欲を抱く元にはなっても、幼い子供の愛らしさを無くす要素ではなかった。
 無垢な様子で甘えてくる姿に、あっという間に懐柔された。

 特注の義眼を用意してあげよう、どこに出しても恥ずかしくない作法と教養も必要だ。
 一人で生きていけるようにしてあげなくては。

 無いと思っていた母性に驚いた。

 スレクツが話せる年齢になり「あくしゅかーしゃま」と初めて呼ばれた時は、これが親の喜びなのか、と胸を押さえて崩れ落ち、夫に心配された。

 貴族らしい取り澄ました表情や、実利優先の行動からはわかりにくいけれど、アクセプティール・アレスは激情家だ。
 そして、真性の親バカだった。

 常套句〝うちの子は天才だ〟がスレクツの場合は本当に当てはまってしまうので、親バカに見えないだけで。

 久しぶりに〝母様〟と呼ばれた喜びの後に続いた言葉は、アレスを幸福の絶頂という名の崖から突き落とした。
 オンフェルシュロッケン団長の言葉を信じるなら、体は穢されてないという話だったけれど、もしかして手遅れだったのか? と絶望した。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...