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96 この世界で

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 母さんが立ち直るように、わたしも少しずつ父さんの出てくる悪夢を見なくなっている。

 昨日、クラスニーと一緒に魔導師協会の本部に行って、休憩をとるのを待って告げてきた。
 「わたし、明日結婚するんです、祝福してくださいませんか」と。

 記憶のない元呪法師であり、今は魔導師協会の雑用係として働いている父さんに、わたしが娘だと伝えるわけにはいかない。

 赤の他人が会いたいからという理由だけで、仕事を中断してもらうための面会申請を出すわけにはいかない。
 ほとんどの人が黙認してくれるとしても、記録を残すわけにいかないから。

 突然話しかけた私を見て、きょとんとしてから、父さんは微笑んだ。

「おめでとうございます、おじょうさん、すてきなだんなさんですね」

 今も呪いの後遺症で食事量が安定しない父さんは、わたしの記憶にある姿よりは太っているけれど、肉団子のようにまん丸でもない。
 呪法対策官の方々が、加害者であり被害者でもある父さんを、見守ってくれている。

 記憶の多くを失っている父さんの口調はたどたどしくて、でもその表情はわたしの知っている父さんそのものだった。
 優しくて穏やかで、ひだまりのような父さん。

 魔力を制限されている今の父さんには、クラスニーの姿が化け物に見えているはずなのに、怖がらずに祝福してくれたのだ。

 涙をこらえるわたしを、クラスニーが支えてくれる。

「ありがとうございます」 

 父さん。



 わたしは、兄に手を引かれてクラスニーの元へ進む。

 聖堂の奥で待つすらりと伸びた背筋が、赤銅色の輝く上着が素敵。

 迷っても苦しんでも辛くても、これからはわたしを銀の星が導いてくれる。
 銀の星がまどう時があれば、私も一緒に迷おう。

 この世界を守る彼と、生きていく。

 わたしたち人は、かつて、地の精霊だった。
 元、地の精霊としての自覚を呼び覚ましてもらったわたしは、人ではないものへ仲間入りをした。

 世界を見守り、生きあがく。
 最後まであきらめない。
 それが地の精霊の根源であり根底。

 わたしの持つ素質にとても近い。


 過去に、世界に存在する生き物の枠をはみ出し、発達し過ぎた文明を作り出した生物がいた。
 彼らが全員死んだ後、滅びる寸前の世界に、地の精霊が降りた。

 世界を滅ぼそうとした生物がいる間、精霊たちは世界に入れなかった。
 外にいても精霊たちも世界の一部。
 世界と一緒に滅びるのかと、あきらめかけていた。

 世界の外縁を覆う地の精霊が、あきらめ悪くあがいた。

 世界の内側にもぐりこんだ地の精霊は、自らの存在を碇にして世界に開けられた大穴を塞ぎ、その力の全てを世界に注ぎ、無力な人になった。
 生まれながらに、作り出す力のほとんど全てを世界に捧げる存在になった。

 世界の外にいる精霊たちも、それを手伝っている。
 時が経つに連れ、世界の内側にもぐりこもうとして成功した精霊の血を引く者が増え、世界の滅びは遠ざかっている。

 いつの日か、この世界が本当に息を吹き返した時。

 そこには、世界を思いやることのできる、愛に満ちた生物が生まれることだろう。
 世界の一部になりつつある、元、地の精霊たち、人がそれを望んでいるから。

 今日も人は、その存在で世界の穴を塞ぎ続けている。
 わたしはクラスニーと共に、世界の修復を見続けて、時々「手助けをしても良いですか」と声を掛ける。

 わたしたちが生きる世界が、素晴らしい世界になる未来を、わたしたちの子供へ遺したい。








   終





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