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69 私室=巣穴

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 午後に何を教わったのか、覚えてない。
 そんな状態で、用務員室に向かう。

 クラスニーにどんな顔して会えば良いの!?

 頭の中は大混乱だ。
 頭にちゅ、って。
 ちゅ、ってされた。

 あれ、あれって、あれだよね。

 父さんが小さい頃によくしてくれた……あれ?
 頭にするのって、もしかして子供扱い?

 そわそわして落ち着かなかった気持ちが、しゅんっと水をかけられたろうそくのように一瞬で消える。

 なんだ、そっか。
 子供扱いか。
 どうして授業を受けてる時に気がつかなかったんだろう。
 はあ、一人で勝手に浮かれてた。
 恥ずかしい。

 なんだよー。
 クラスニーったら、わたしをドキドキさせておいて、いつもと同じ子供扱いだったよ。

 しょんぼりしながら用務員室にたどり着く。
 誰もいない。
 がらんとした室内には、なにもない。

 でも、ほこりもなくなっていて、きれいになっていた。
 今はしっかりと床の板目が見える。

 待っていたら良いのかな、と思ったその時。

「ネラ」

 優しい甘い声。
 振り返って飛びこんだ。

 広い胸。
 長い腕。
 固い体。

 全部わたしにはないものばかり。
 全部わたしの大好きなものばかり。

「帰るよ」
「うん」

 クラスニーが再び長い言葉を唱えると、昼に帰ってきた時と同じ部屋に出た。

 私室と言っていたそこは、わたしが一度も入ったことのない三階の部屋。
 昼ごはんの時は周りを見る余裕がなかった。

 面と向かって入るなと言われたことはなかったけれど、入れたくないのだろうなと行動から感じていた。
 だから、入ろうと思ったこともない。

 好奇心はあったけれど、わたしに優しくしてくれていたクラスニーを困らせたくなかった。
 わざわざ三階にこなくても、他にすてきなものがこの家にはたくさんあった。

 むしろ、美味しいご飯がお腹いっぱい食べられること、が一番の関心ごとだった。

 一日三食におやつが二回、それ以外にもわたしがお腹を鳴らすたびに、クラスニーが美味しいものを持ってどこからともなくあらわれるんだよ。
 イヌのクルの機嫌をそこねて、ご飯がなくなったら絶望してたと思う。
 ……ご飯があったから、部屋に興味が向かなかっただけかも。

 この部屋に入っても良かったのかな、とクラスニーを見上げると、微笑む顔がわたしを見ていた。

「危険なものがあるから、一人ではだめだよ」

 薬草の温室と同じ扱いなんだ。
 クラスニーと一緒なら良いのね、と周囲を見回してみれば、そこはいかにも魔導師の部屋という雰囲気だった。

 大きな……鍋にしては平べったい何か。

 本がたくさん平積みにされた、すごく大きな机。

 大量の紙束。

 羽ペン立て。

 壁一面に棚があって、そこには、なにがなんだか見ても分からないものがすごくたくさん。

 宝石みたいなもの。

 装飾品がたくさん。

 びんがいっぱい。

 石も大きいのから小さいのまで色々。

 木材に見えるけれど、なんで木があるの。

 くるくる回る丸いものが、大きいのも小さいのもいくつもくっついているけれど、回る速度が違う。

 時計に見えるけれど、文字盤がないから時計ではなさそうなもの。

 ドライフラワー。

 薄暗がりでキラキラ光る……いもむし?

 壁に何枚もかけられている絵が、動いているような気もする。

 天井を見上げてみれば、雲一つない星空。

 すごい。
 秘密基地だ。
 そう思ったのは、一度だけ兄が友人と作った秘密基地に入ったことがあるから。

 こんなにすてきな秘密基地は、初めて見た。
 そう思って見上げた瞳が、星よりも光り輝いていて、飲み込まれそうになった。

 
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