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45 鼓動

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 わたしと同じように、クラスニーもドキドキする。

 それを知ってしまうと、なんだかむくむくとおかしな気持ちが湧き上がってきた。
 もっとドキドキさせたい、って。

 赤いイヌだった時のクラスニーに、したかった。
 でも、嫌がられたらどうしようと思うと、できなかったこと。
 わたしがクラスニーにされたらと考えると、それだけでドキドキすることを、してみよう。

 腕を上げて体をよじる。
 クラスニーが気を利かせて体を持ち上げてくれたから、目の前の首にしがみついた。

 微かに擦れ合う音をさせる髪の毛が、一瞬ふわっと逆立つように浮かび上がった気がした。
 髪の毛が動くはずないのに。

「っ」
「……」

 不自然に固まってしまったクラスニー。
 首筋にしがみついているから、動かないままなのに、鼓動がさらに早くなったのを感じられた。

 しっかりと広い肩は、手触りの良いシャツの下に熱を隠している。
 抱きついたことがある男の人を父さんしか知らないけど、男の人の体って固いんだな。

 クラスニーの首に頬を押し付ける。
 伸ばした手で背中をポンポンと叩いてみる。

 いつもクラスニーがわたしにしてくれるのを真似てみた。

 毛皮がある時に抱きついてみたかった。
 どんな手触りだったのかな。

 長くてまっすぐなクラスニーの髪に指を絡める。
 金属みたいに硬いのかと思っていた髪の毛は、なぜか温かくて、兄が使っていた釣り糸のようにしっかりとしていた。

「ネラ、どうしたの」
「好き」
「そうか、とても嬉しいよ」

 上から降ってくる口調はいつもと変わらないのに、クラスニーの首筋から伝わる鼓動の振動は違う。
 押し当てている頬に、普段よりも早い鼓動を感じる。
 今、どんな表情をしてるんだろう。

 これって、僕も、が嘘ではないってことだよね。
 そう思うと、胸の奥が温かくてすごく幸せな気持ちになる。
 わたしみたいなデブでブサイクなブタを好きになってくれる人がいた。

 そこまで考えて、思い出した。

「クラスニー、用はなに?」
「よう、ようって……あ、ああ、うん」

 なんだかおかしい。
 いつも落ち着いて驚く姿なんて想像できないクラスニーを、わたしが変にしていると思うと楽しくなってくる。

 いたずらして母さんに叱られていた弟の気持ちが、初めてわかった。

 ねえクラスニー、もう少しの間だけわたしに構って、お願い。
 きちんと自分で決着をつけるから。

 わたしは父さんが好きだ。
 過去にどれだけ悪いことをしていたとしても。
 わたしをいけにえとして可愛がっているふりをしていたとしても。
 嫌いになれない。
 全部が嘘だって、思えないから。

 だから、わたしも決めなくちゃいけないよね。

 
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