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22 忘れていることは、なに?

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「いいわね、もし町にいるつもりなら、宿に行きなさいよ」

 そう言って、わたしの手に財布を押し付けると、母さんは家の中に入っていく。
 唐突にパリンッとお皿の割れる音が扉の向こうから聞こえた。

「あなたっ」
「あいつはどこいったんだ、俺の生贄はっ!」
「いけにえ、ってなんのこと?」
「俺の呪いを移してる器だよ、ブサイクにぶくぶく太った頭空っぽのバカ娘のことだっ」
「ね、ネラはあなたの娘なのよっ」
「あんな……」

 それ以上、聞きたくなかった。
 走って、場所は知っていても一度も泊まったことのない町の宿へ向かう。

 父さんの言葉の先を考えたくなくて、他のことを考える。

 わたしの世界はひっくり返ってしまった。
 もうなにを信じたら良いか分からない。

 ああ、でも、たった一人だけ信じられる人がいる。
 嘘をつかない人がいる。

 時の番人、さま。

 町を守ってくださる大魔導師さま。
 どうしてこれまで忘れていたんだろう。
 この町は、大魔導師さまに守られているのに。


 ここは、二十年くらい前に作られた移民の町。
 まだ町の名前もない。
 住民が少ないのは、僻地だから。
 学校が初等と中等合わせて一つなのは、二つ目の建物を作るだけの財政的余裕がないから。

 僻地への移住に、魔導師を招致するのは無理。
 腕の良い技術者や医者でなくても、手に職があって稼げる人は生活が不安定な場所への移住を望まない。

 この町には特産品なんてないから、行商がほとんど来ない。
 自給自足するには、いろいろと足りない。
 財政が破綻しないのは、領主さまが監査をして補填してくださるから。

 領主さまの視察は年に一回。
 補填もその時に前年度分を一回だけ。
 なにもかも足りない。
 町の人々が飢えずに暮らせるのは、ここが大魔導師さまの所有地のすぐ側だから。

 もともとこの辺り一帯が大魔導師、時の番人さまの個人所有地で、荒野を森へ変えた場所だと聞いてる。
 はるか昔には、岩と土しか無かったって。

 ここに町が作られたのは、偉い人が時の番人さまに見守ってほしいと頼んだから。

 時の番人さまの森の奥に入ってはいけない。
 浅い部分の森の恵みは、分けていただいても良い。
 化け物の話は、小さい子が森に入らないようにするためのもの。

 町を作る時も、時の番人さまのご助力があって。
 あれ?

 〝時の番人〟さま?

 違う気がする。
 なにが違うか分からないけど、なにかが違う。
 わたし、なにか忘れてる。
 なんだろう。
 なにを忘れてるんだろう。

 緊張しているのか考えすぎなのか、心臓がバクバクと破裂しそうな勢いで動く。
 呼吸が苦しい。
 目の前がぱちぱちと破裂するように光って、道端で座り込んでしまった。

 呼吸を整えようと胸に手を当てていると、目の前に誰か立ったのか、手元まで影が伸びた。

「ねえ、大丈夫?」
「……」

 顔を上げなければよかった、とすぐに思った。
 ここであなたに会いたくなかった。

 数人の男の子と一緒に、ポウゼくんがいた。
 上を向いたわたしの顔を見て目を丸くしたポウゼくんは、なぜか頬を赤くして咳払いを一度してから、わたしに手を差し出した。

「どこから来たの、この町の子じゃないよね?」

 またなの?
 母さんや姉もわたしだと分からなかった。
 今のわたしはどんな姿をしているの?

 ニコニコと笑うポウゼくんを見ながら、わたしは今すぐ時の番人さまに会いたくなった。

 時の番人さまの手なら喜んでとるのに
 銀の目をきらめかせながら、照れたように微笑む姿が見たい。
 優しく手を引かれたい。

 
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