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21 私のすべてをあなたに捧げます

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 母さんがちらりと家の中を見て、わたしを手招く。

「もう少しくらいなら大丈夫だから」
「なにが?」
「今のネラなら理解できそうだと思うから言うのよ」
「だからなにを?」

 母さんの顔は穏やかで、これまでは叱責ばかりされてきたのに、なんでと思ってしまう。
 その思いが顔にあらわれてしまったからなのか、見慣れた強張った表情に戻ってしまった。

「あんまり時間ないから、口を挟まないの」
「は、はい」

 やっぱり母さんは母さんだった。

「まず、ナズナの花言葉は、私のすべてをあなたに捧げます、よ」
「……!?」
「あと、気がついてないみたいだけど、ネラ、あなた別人みたいになってるわよ。
 鏡を見てみなさい、とってもきれいよ」
「……??」
「それと、私は魔法は知らないけど、大魔導師、時の番人の呼び名くらいは知ってる。
 ネラが一番好きな絵本だったのに覚えてないの、授業でも習ったでしょう?」
「…………」

 言いたい。
 いろいろ言いたい気持ちを我慢していると、家の中から何かを倒すような音が響いた。

「はぁ、まただわ」

 母さんが口元をひねって、眉を寄せる。
 あまり見たことがない表情に、駄目と言われたのに口を開いてしまった。

「なにがあったの?」
「分からないわ、でも、父さんにとっては良くないことみたい。
 ネラ、このまま誤魔化しておくから、あなたは父さんに近づいたら駄目よ」
「どうして?」

 眉を引き上げて呆れたような顔をしてから、母さんがわたしの垂れている髪をすくい上げるように撫でた。
 どこから飛んできたのか、髪の毛にくっついていた葉っぱを落としながら、母さんは小さくつぶやいた。

「お父さんは、生まれた時からずっとネラに何かしてる。
 生まれたばかりの頃は普通に可愛かった子が、どんどん太って顔もいつもむくんで顔中にできものができるなんて、おかしいって思ってた。
 それなのに守ってあげられなかった、私は母親失格よ」

 父さんがわたしに何かしている?
 それは抱っことか、大事だよって言ってくれる、とは違うの?

「詳しく話してる時間はないけど、ネラが太ったのは父さんが無理矢理食べさせ始めてからだと思うの」
「えっ?」

 そんな記憶、わたしにはない。
 無理矢理?
 お腹を空かせるわたしに、父さんが分けてくれたではなくて?

「いつになっても理由は教えてくれないけど、父さんは都に帰りたがってる。
 この国の王都じゃない、どこかに。
 若い頃は暴飲暴食して暴れることも多かったのよ、酔い潰れて「いつかみてろ」って言ってた。
 それがあなたが生まれてから、ピタリと止まった」

 母さんの薄い茶色の瞳が、わたしへひたりと向けられた。

「嫌がるあんたへ無理に食事を食べさせるし、薄気味悪いお守りをいっつも首にかけさせて。
 父さんがなにを考えてるか分からなくて怖かったのよ。
 ネラが少しでも早く家から出たがるようになればと思って、きついことばかり言ってごめんなさい」

 母さんの瞳に嘘はない。
 言葉にも。
 今のわたしにはそれが分かる。

 そういえば、父さんのお守り。
 首元に伸ばした指先にはなにも触れなかった。
 いつも首にかけていた幸運のお守り、外してないのにどこにいったんだろう。

 
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