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36話 執念
しおりを挟む和乃が学校に復帰してから一週間が経った。しかし和乃は以前とは少し様子が違う。クラスメイトと穏やかに笑い合ってはいるが、雰囲気がどこか落ち着いている。きっとこれが本来の和乃なのだ。
だがその笑顔は相変わらず柔らかくて溶けてしまいそうだった。類香は和乃が無理することがないように、そっと様子を見守り続けた。学校生活を楽しむ和乃がとても微笑ましく見えて嬉しかったのだ。
「類香ちゃん、ノートありがとうね」
「見にくくなかった?」
「全然。綺麗だったよ」
類香はノートを受け取るとページをパラパラとめくった。
「皆が貸してくれて、すぐにでも追いつけそうだよ」
「それは良かった」
和乃は休んでいた間の授業の内容を数人のクラスメイトの協力のもと追いかけているところだ。
「あと、津埜ちゃんと日向くんにも返さないと……」
「いってらっしゃい」
類香は和乃に微笑むと、窓の外を見る。ようやく戻ってきた日常。その愛おしさに類香は頬杖をついた。
「修学旅行、もうすぐだなぁ……」
そう呟き、小さく欠伸をした。
類香が帰宅すると、既に楓花も帰宅しているようだった。類香は楓花の靴を見て目をぱちぱちとさせた。楓花がこんなに早く帰ってくることなど滅多にない。
リビングに向かうと、彼女はソファに座っていた。その横顔は強張っているように見える。
「楓花さん……?」
「……類香」
楓花の顔がゆっくりとこちらを向いた。見たことのない顔をしている。とても深刻そうな印象を抱く。
「どうかしたの……?」
類香はごくりとつばをのんだ。
「……あのね」
楓花は類香に隣に座るように促した。類香がソファに座ると楓花はスマートフォンを差し出した。
「見つかったみたい」
「……え?」
類香はスマートフォンを見下ろした。画面に映っていたのは動画投稿サイトだ。
「……嘘」
それを見た類香は全身を針で刺されたような衝撃が走った。表示されていた動画には、涼佳と芳樹の姿が目を引くように映っている。そして。
“衝撃のドラマを生んだ二人の娘を特定しました!”
見慣れたフォントがそんな言葉を紡いでいる。
類香は思わず口をふさいだ。全身の血の巡りが悪くなっていく。くらくらとめまいがしてきた。
「類香……!」
楓花がすかさずその肩を支える。優しくさすり、類香の呼吸を整えようとしてくれた。
「これって……なんなの……?」
ようやく類香が口を開いた。動画では芸能関係のゴシップを追いかける記者と名乗る男が、視聴者を煽るような口ぶりで意気揚々と話している。類香はその声が耳障りで耳を塞いだ。
「どういうこと……!?」
「類香、落ち着いて」
楓花はスマートフォンを置くと類香の顔を覗き込んだ。類香は焦燥して息が乱れている。
「この前のお墓参りの時、この人が来ていたみたい……」
「え……?」
「ずっと芳樹さんのことを追いかけていた記者よ。芳樹さんのこと嫌いだったみたいなの。生前も散々嫌がらせをしていた。その人が……」
「……見られちゃった?」
「ごめんなさい類香! 私が注意していなかったから……」
「どうして楓花さんが謝るの!」
類香は頭を下げる楓花を揺すぶった。
「楓花さんのせいじゃないでしょ! こんなの……真っ当じゃないよ……」
類香は声を荒げる。
「楓花さんは悪くない……」
そしてそのまま涙を流して俯いた。悔しそうに歯を食いしばったまま。
「類香……」
楓花は類香を抱き寄せると小さくなったその背中を撫でた。
「昔のことなのに……みんな、そんなに気になるものなの?」
「わからない……。ただ、涼佳たちには熱狂的なファンもいたから……」
「……愛されてたんだ」
「愛、なのかなぁ……?」
類香は顔を上げた。呼吸も少しづつ落ち着いてきたようだ。
「これ、そんなに話題にならないよね……?」
「……そうね」
類香の祈るような視線に楓花は眉を下げて頷いた。あまり自信はなさそうだった。
「バレてもいいの……学校にも……もう、いいの……だけど……」
類香の瞳が歪んだ。
「こわいよ……。楓花さん……」
「類香、大丈夫。大丈夫だよ。私が守るから」
楓花は類香を抱きしめた。類香は静かな泣き声をあげている。楓花は類香の頭を撫で、ポンポンと優しく叩いた。
「……必ず、守るから」
楓花の声は唯一の盾となって類香の心臓まで響いていった。
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