君を救える夢を見た

冠つらら

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31話 一心

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 類香は川の近くの公園まで来ると、息を整えようと大きく前傾姿勢をとった。そしてどうにか深呼吸をしてスマートフォンを耳に当てる。

「夏哉?」
『瀬名、大丈夫か?』

 電話はずっとつなぎっぱなしだった。類香は大きく息を吐きだすと、「着いたみたい」とだけ答えた。近くには大きな商業施設が見える。金色のライトを発していて、仰々しくもとても眩しく見えた。

「和乃……和乃は……」

 類香は真っ暗な川に目をやった。和乃はこの辺りにいたはずだ。はやる気持ちを抑えて目を凝らしてみる。

「瀬名!」

 そこへ夏哉の声が聞こえてきた。電話の向こうではなく、すぐそばで響く声だ。

「夏哉……! ごめん、こんな……」
「いいから。日比は!?」

 謝ろうとする類香を抑えて、夏哉は荒くなった呼吸のまま辺りを見渡した。

「きっと、川に……」
「嘘だろ……?」

 夏哉も必死の表情だった。目を丸くして、混乱して戸惑っているのに、どうにかそれを隠そうとしている様子だ。類香はそんな夏哉の姿を見てまた涙が出そうになった。しかしまだ泣くのは早い。
 類香は耳を澄ませた。何か一つでも手掛かりが欲しかったのだ。和乃はまだここにいる。そうとしか考えたくはなかった。
 すると川の中から、普通ではない波の音がした。よく見ると、その辺りだけ波が別物のように動いている。

「あそこだ……!」
「日比!」
「夏哉、救急車!」

 類香は何も考えないままに上着を脱ぐと、柵を飛び越えて川に飛び込んだ。手に持っていたスマートフォンが上着とともに地面に落ちる。

「瀬名!? おい、何してるんだ!?」

 夏哉の声が後を追ったが、類香にはもう聞こえていなかった。夏哉は辺りを見回し、救急車を呼ぼうとスマートフォンを耳に当てた。
 額に嫌な汗が垂れてきた。このままでは二人とも沈みかねない。夏哉の体温が途端に下がっていく。

「……! あの! すみません……!」

 しかし彼は何かを見つけたようだ。その方向に向かって大声で呼びかけると、一直線に駆けて行った。耳元では、鳴らした望みに応答する声が聞こえてきた。

 一方の類香は水をかき分けて和乃が溺れている地点まで向かった。川の冷たさなど感じなかった。ただ和乃のことだけを見ていた。

「和乃!」

 和乃の手が見え隠れをしている。類香は必死で手を伸ばした。もうすぐ届く。届くはずだ。
 類香は過去の自分に感謝をした。周りの人間たちを避けるために、水泳だけは得意だったのだ。水の中であれば人と会話する機会は少ない。

「和乃! 和乃!」

 和乃の名前だけを叫びながら、類香はその手を掴んだ。彼女の意識はもう随分と薄くなっているようだ。類香にも気がついていなかった。

「どうしよう……和乃……!」

 類香は意識を失いかけている和乃を支えながら、血の気が引いていくようだった。早く引き上げて、救助をしないと助からない。しかし、和乃を抱えたままだと思うように前には進めなかった。真っ暗な川の中で、類香は頭を巡らせる。
 すると、いくつもの丸い灯が近づいてきた。類香はその水面を走る灯に目をやった。

「瀬名! こっちだ!」
「夏哉……?」

 類香が顔を上げると屋形船が目の前までやって来たところだった。そこに夏哉が乗っているのが見えた。

「お嬢ちゃん、ほら、手を!」

 屋形船の人だろうか。知らないおじさんが類香に声をかけてくれた。類香は屋形船の眩しさに目を細めた。何人もの人たちが、こちらを心配そうに見ている。
 類香はぐっと涙をこらえた。
 その明かりに揺れる人影が、まるで救世主のように見えたのだ。類香は和乃を先に引き上げてもらうと、夏哉の手を取った。

「……!」

 船に乗った類香はバランスを崩し、夏哉に倒れるように寄り掛かった。類香も寄りかかるつもりはなかったのだが、全身の力が抜けてしまったようだ。足が震えて止まらなかった。服が濡れてしまった夏哉を見上げる。

「夏哉、ごめんね」

 類香はそのまま堰を切ったように静かに泣き出した。
 夏哉は類香の肩を優しく撫でると、「もう大丈夫」と落ち着いた声で囁いた。その夏哉の声も微かに震えているようだった。

 屋形船の人からタオルを受け取り、類香はそれにくるまった。和乃のことも応急処置をしてくれているようだ。夏哉がそばで彼らの手伝いを続けた。遠くからは救急車の音が聞こえてくる。
 類香は、人に囲まれてよく見えなくなった和乃のことをただただ見つめていた。

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