君を救える夢を見た

冠つらら

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13話 返信

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 類香が家に帰ると、楓花がもう夕食の支度にとりかかっていた。
 ぐつぐつとした出汁の香りに誘われるように靴を脱ぐ。

「今日は早かったんだね。楓花さん」

 類香は慌てて手を洗い、楓花の手伝いをしようとした。

「直帰したからね。嬉しくて、ハンバーグでも作ろうかと思って!」

 楓花はいそいそと隣に来る類香を見るとニヤリと笑った。

「類香、今日は手伝わなくてもいいから。好きなことして待ってて」
「でも……」

 類香は楓花に手を止められ、困った顔をする。

「今日はお友達と遊んできたんでしょう? だから、そのまま高校生らしくしていて」
「……そんなこと言われたって基準が分からないよ」
「私の基準!」

 楓花はそう言うと軽快に包丁でジャガイモを切り出した。

「なんで今日遊びに行くって、分かったの?」
「昨日までいつも無関心な流行りの曲を探していたでしょ? だから、カラオケでも行くのかなって」
「鋭い……」
「あ、正解だった? やったね」

 答え合わせが出来た楓花は本当に嬉しそうに笑って包丁を上に上げた。

「いつも負担をかけちゃっているから、たまにはのんびりしてほしいなって、思うのよ」

 楓花は切り終わったジャガイモをボウルに入れながらそう言った。

「類香はまだ高校生だもん。もっと私にも甘えてよ」
「……」

 その言葉は苦手だ。類香は何も言い返せず、しぶしぶとキッチンを後にする。

「もちろん大人になっても、頼って欲しいなー!」

 背後からは楓花の声が聞こえてくる。類香は楓花のこういう優しさが大好きだった。大好きすぎて、甘えてしまうことが後ろめたくなるくらいだ。類香にとってただ一人の家族。祖父母もいるが、今は遠い。
 楓花は類香にとっては唯一の理解者と言えるほどの存在だ。彼女がいなければ、自分は今頃どこかの段階でこの世界を捨てていることだろう。我儘な言い分ではあるが、それはいつも頭のどこかでぼんやりと思っていたことだ。
 類香はリビングのソファに座りスマートフォンに目をやった。
 普段はあまり見ないトークの通知が来ていることに気づき、類香はそれを確認した。

<今日はありがとう! また遊ぼうねー!>

 津埜からだった。今日、帰り際に連絡先を交換したのだ。

<歌の練習もできて楽しかった! ありがとう!>

 同じグループトークに入っている和乃もそう打ち込んでいた。
 二人のメッセージを見ていると、類香はなんだか胸がこそばゆくなっていくのを感じた。この、嬉しいけど緊張するような感情は何だろう。
 誰かと連絡先を交換するのもいつ以来だろうか。類香の記憶では、制服を着てからはそれはない。クラスのグループトークにも当然入っていない。
 何と返事をしていいのか分からず、類香はソファにもたれて考え込んだ。

(普通に、ありがとう、でいいのかな)

 そんなに深く考え込むことではないのは分かっていたが、類香は敢えて考えていた。この返信は、大事にしておいた方がいい気がする。人とのやりとりが疎かなことを自覚している故にそう思ったからだ。
 カラオケが楽しかったことは事実だ。久しぶりに楽しめたので、それがまるで初めて知ったような感情だった。もっとずっと前は、この胸の弾みを知っていたはずなのに。心はすっかり錆びついてしまっていた。
 だから今日のことは素直に感謝しないといけない。せっかく感情を思い出せたのだから。そうでないといくらなんでも失礼だ。
 類香はふと仏壇に目を向ける。

(私、こんな気持ちになってもいいのかな)

 少しだけ不安になった類香は、思わず背筋をピンと伸ばす。
 仏壇に飾ってある二人の写真が、その美しい容貌のまま類香のことをしっかりと見つめていた。



 「ねぇ」

 週が明けると、類香はつい五分前から狙いを定めていた登校中の夏哉に声をかけた。校門まではあと少し。ちらほらと生徒たちが二人のことを抜かしていく。

「おはよう」
「夏哉、寝癖ついてるよ」
「え? うそ……」

 夏哉は類香に見上げられ、恥ずかしそうに自らで髪を乱した。

「あぁ……ぐしゃぐしゃだ」
「まぁいいだろ」

 夏哉は弱弱しく笑うと、つい先ほどまでの失態を誤魔化すように類香を見る。

「かっこ悪いけど、いいんじゃない?」
「どうもありがとう」

 二人はは校門を抜け、並んで教室まで歩いていく。

「そうだ。カラオケどうだった?」
「楽しかったよ」
「おお。それは何よりだな」
「……夏哉さ」

 階段を上がりながら、類香は鞄の中を漁りはじめた。

「連絡先、教えて?」
「……は?」

 鞄からスマートフォンを取り出した類香は、どんっと時計が前面に映し出された画面を夏哉の顔に近づけた。
 突拍子のない行動に夏哉はポカンとした表情を返す。

「俺の? 連絡先?」
「うん」
「なんで?」
「知りたいから」
「なんで?」

 夏哉は類香の行動が理解できていないようで、見るからに顔にはてなを浮かべていた。

「和乃と津埜さんは知ってるけど、夏哉のは知らないから」
「……はい」

 夏哉はいまだにきょとんとしたままだったが、言われるがままに制服のポケットからスマートフォンを取り出した。

「ありがと」

 類香は夏哉の連絡先を登録した後で小さく頷いた。夏哉も促され、類香の連絡先を登録した。
 夏哉は僅かに綻んだように見える類香の表情を見て、状況は分からないままだが、ほっとしたように微笑んだ。
 夏哉との連絡先交換が終わると、彼女は満足したのかそのまま夏哉を置いて教室へと向かって行った。

 最近、自分の心の隙間に入ってきた人たち。
 特に、和乃と夏哉。
 類香はその二人の連絡先が知れて少し強気になっていた。
 自分の今の気持ちを分析するのにも、彼らとの関係は重要になるだろう。
 本当の自分はどこにいるのだろうなど、そんな自己啓発本の冒頭に書いてあるような滑稽なことは言いたくないが、実際類香は靄にかかった違和感が気持ち悪くてしょうがなかった。ふわふわと、地に足がつかないのは実に心臓に悪い。
 きっとこれは二人のせいだから。この責任は、必ず取ってもらう。
 人実に取った連絡先をしまい込み、彼女は教室の席へと一直線に進む。
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