君を救える夢を見た

冠つらら

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3話 拒絶

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 その次の日も和乃は類香に積極的に話しかけてくる。
 昨日は結局、一緒に駅ビルに行って店を流し見しただけで終わってしまった。
 和乃とあまり長い時間一緒にいたくなかった類香がわざとそうしたのだ。
 それにも関わらず、一夜経った今も和乃は執拗にちょっかいを出してくるように思えた。そんなことがなんとなく分かってしまう。しかし類香にはそれが不思議でたまらなかった。
 先生が教壇で何かを話している間、類香は三列隣の前方に座っている和乃を見た。和乃はよそ見をしている類香とは違って真剣に授業を受けているようで、手元と黒板を交互に見ている。

 まじまじと見てみると、和乃は類香よりも背が低く、華奢な体型をしているのが分かった。存在感の印象でもう少し背が高いかと思っていたが、どちらかというと小柄だ。
 彼女はいつも周囲に笑顔を振りまいているせいか、クラスメイト達からも可愛がられていた。愛想の良い妹分のように見られているのはクラスの共通認識だろう。
 クラスメイト達から常に怖がられている類香とは真逆の存在だ。
 誰にでも優しくて、それでいて出しゃばらないその性格は、明るい性分に落ち着きを兼ね備えていてとても穏やかなものだった。
 類香と和乃はこの二年生で初めてクラスが一緒になった。一年の時は、類香は和乃の存在すら知らなかった。それは類香がなるべく人と関わらないようにしてきたからだ。
 同じクラスになって半年は経つが、今更どうしてこんなに自分に興味を向けてくるのか。

 類香は和乃から目を逸らし自分の手元を見た。見慣れた白い指が、情けなくノートに添えられている。類香はその自分の指が嫌いだった。日焼けもできない血色のない偽物のような白い肌を見るのが嫌だったのだ。
 気が滅入った類香が目を伏せると、ふと背後に視線を感じた。さり気なく斜め後ろを見やると、見覚えのある男子生徒が慌てて正面を向いたのが見えた。
 彼は確か、昨日類香を庇ってくれた男子生徒と一緒に話していた生徒の一人だ。類香の視線に気づき、クリーム色のセーターを着た彼は焦った表情を隠しきれないままにノートを取り始める。

(同じクラスだったんだ)

 気配の正体を確認した類香は無関心な表情のまま視線を離した。クラスメイトの顔はあまり覚えていない。人と関わりたくないのだから当然だ。

 類香はこれまでずっと人と深く関わらないようにしてきた。小学校のころからそのスタンスは変わらない。誰かにそうしろと言われたのではなく、彼女自身が選んだことだった。皆のことが嫌いというわけではない。ただ単純に、関わりたくないだけなのだ。
 しかし周囲は類香の望み通りにはなかなかしてくれなかった。自分のことなど放っておいて欲しいのに、気づけば彼女は人の視線を集めていた。
 クラスの女子たちは類香を自分の手中に収め、なんとか仲間の一員なのだと誰かに主張しようと必死になっていたし、男子たちには勝手に好意を抱かれてきた。

 彼女はそんな環境に嫌気がさし、自ら周りから距離を取ろうと努めた。誰かの都合のいいお飾りになることも、恋の争いに巻き込まれることもうんざりだった。自分は他人のステータスを満たすためのアクセサリーなんかじゃない。だから、いつも無愛想にして冷たく対応していれば、きっと自然と嫌われていくだろう。そうなってくれ。そう願ったのだ。
 類香は感情を殺し、嫌われ者になることに徹した。その努力が実ったのか、次第に彼女から皆は離れていった。愛想のない分、嫌がらせをされることもあったが類香は気にしなかった。何より幸いにも、表立って物理的な攻撃をしてくる者はいなかった。
 陰で言われる少しの悪口くらいなら数えきれないほど言われてきた。でも類香自身の態度は言われて当然のものだと自覚していた。
 いや、少しどころじゃない。
 自分は、悪者でいいのだ。それで十分だ。
 類香は自らの役回りに十分満足していたのだった。

 類香は再び教室の前方に視線を送る。和乃は相変わらず熱心に授業を聞いているようだ。そんな彼女の姿が、自分とはまるで違う世界にいる対照的な存在に見えた。
 彼女が自分に近づくことは結果的に彼女に迷惑がかかるだろう。それは明白だ。類香はこの学校でも自分の存在が浮いていることを自覚していた。だからこそ、和乃が自分に興味を持つことを恐れている。
 自分がそんなに大層な存在ではないことも知っている。そこまでの影響力をうぬ惚れているわけでもない。それでも、誰かを不幸にするのはもう嫌だ。
 僅かでもそうなる可能性が見えてしまうのであれば、全力でその結末を避けたいのだ。



 昼休みになると、和乃が類香のところまで迷わず真っ直ぐやって来た。類香は突き放すような表情で彼女を見る。

「日比さん、今日も何か用事でもあるの?」

 類香の冷酷な雰囲気を気にする様子もなく、和乃はにっこり笑った。

「お昼一緒に食べよう?」
「……は?」

 和乃は手に持った弁当の入ったランチバッグをぎゅっと抱きしめた。

「昨日は一緒に帰ってくれてありがとう。それでね、私、もっと類香ちゃんのこと知りたいなって思ったの。昨日、メイク用品を見てたでしょう? 私そういうの疎いから、類香ちゃんに教えてもらいたいなって」
「お友達に教えてもらえばいいでしょう?」
「そうかもしれないけど、私は類香ちゃんに教えてもらいたいな」
「どうして?」
「だって類香ちゃん、とってもきれいだから」

 和乃の瞳が輝いた。

「学校はノーメイクだよ?」
「知ってる!」
「…………」

 類香は眉をひそめる。この子は一体何を言っているのだろう。もしかして話が通じないタイプなのだろうか。

「あのね日比さん……」

 和乃との意思疎通に危機感を覚えた類香が口を開くと同時に、教室の扉を誰かが強く叩いた。教室内に響く音の正体を一斉に全員が見れば、昨日類香に話があると言っていた女子生徒二人がそこに立っている。その表情も昨日をそのままそっくり再現したようなものだった。
 類香はそんな二人を見て思わずため息を吐く。

「瀬名さん、今なら時間あるよね?」

 二つ結びの生徒がにっこりと笑って自信たっぷりに首を傾げる。

「……類香ちゃん、知り合いなの?」

 ポカンとした顔をしている和乃のことは無視をしたまま、類香は席を立った。

「あ、待って……類香ちゃん……!」

 二人のもとへ行こうとする類香を和乃が慌てて追いかけようとした。

「来ないで」
「でも……」

 和乃をぴしゃりと睨みつけた類香は、そのまま待ち構えていた二人とともにその場を後にする。

「……類香ちゃん」

 その姿を心配そうに見送る和乃は、汗ばんだ両手をぎゅっと握る。その表情には焦りが覗く。呼び出されたのは自分ではないというのに、額からは嫌な湿り気を感じた。和乃は冷や汗を隠すように、大きく深呼吸をした。

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