手のひらのしかくい地球

冠つらら

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38 決戦

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 リヌセホスに挑むことを決めてから数日。今日もミケとスマホを囲んで作戦会議をする。
 大体の戦略は直音さんとミケでまとめてくれて、俺は二人の家来の如くその作戦に従うことにした。
 どう考えても二人が作り上げた戦略の方が有効的に思えたからだ。二人より良い案が思いつくこともなく、俺は声だけは勇ましく返事をして誤魔化した。
 隣で話だけを聞いていたエヤがんふんふと笑っていたのが気になるが、どうにかなんでもないふりをした。
 彼女には俺の威勢が丸見えだったのだろう。

 モンスター討伐の決行日。何度も起動したゲームだというのにやけに手に汗を握りながらスマホをタップした。
 今日、もし敗北してしまったらこれまでのデータが半分くらい消えるのも同然だ。
 ミケは俺がごくりと息をのむ間も、早くログインしてよ、と腕をつついて急かすだけだった。
 そんな彼女の英姿が羨ましくて、俺は思わず困った笑いが出た。

 ログインすると、直音さんはすでにスタンバイしていて装備を整えているところだった。彼女の声色も今日は上々で、その声を聞いていると俺もだんだんと緊張が和らいだ。
 準備が整うと、俺たちは早速新エリアへと出向く。はじめて踏み入れるエリアではあるが、リヌセホスを配置するだけに作られたようなものだから、思った以上に殺風景な光景だった。
 アフリカのサバンナみたいな延々と続く大地を駆け抜け、見えてきたトンネルの前で一度立ち止まる。

『樫野さん、準備はいいですか?』

 息を吸い込んだ後、直音さんが落ち着いた様子で俺に問う。

「もちろんです。行きましょうか」

 本当はまた緊張がぶり返してきそうだったけど、食い入るように見ているミケが放つ熱量の手前、情けないことは言えなかった。

「われもいるから大丈夫だよ、ノト」

 ミケがそう付け加えると、直音さんは頼もしいね、と朗らかに笑った。
 リヌセホスは、お知らせの画像で見た時よりも動いている姿を見ると禍々しさと迫力が増す。
 トンネルを抜けるなり突如として飛び降りてきた獣に反射的に驚きの声を上げると、エヤがまた可笑しそうに笑う。
 直音さんはまったく怯むことなく予定していた通りに鮮やかな身のこなしで攻撃を繰り返していった。

「イタルもしっかり!」

 ミケのエールを浴びながら、俺もどうにか彼女についていこうとする。

『樫野さん!』
「ま、任せてくださいっ!」

 直音さんの掛け声を合図に、俺はリヌセホスの身体に剣で一筋の線を描く。

「おおっ。カシノやればできるだすな」
「はは……」

 エヤはお菓子を片手に優雅な感想を述べる。
 でもまだまだリヌセホスが倒れるなんてことはない。
 多くのプレイヤーたちからデータを奪っていったこいつは、決定的な弱点も用意されていない。
 だから俺たちプレイヤーに出来ることと言えば、ひらすらに攻撃を与えること。物理でも魔法でもなんでもいい。とにかく体力を削り続ける。あまりにも単純。だが微々たるダメージしか与えられないのは精神的にしんどい。シンプルに持久力とプレイヤーの操作性のみが勝利を二分する。ある意味で原点の闘いに戻れるから、逆に純粋な気持ちも思い出せるけど……。
 リヌセホスのゲージを見ると、まだ半分にも達してない。

「まだまだ……っ」

 ミケが鑑賞に白熱したのか、喉の奥深くから声を出した。

「イタル! まだ負けてないよ!」
「ああ。そうだな。まだ勝てる見込みはある」

 ミケの熱心な眼差しに、直前まで怯んでいた心に火が灯ったような気がした。
 気持ちで負けてたら勝利の可能性だって遠のく。高揚した気分が燻っていた戦闘意欲を掻き立てる。

『樫野さん! あと少しです! ……あっ! 攻撃受けちゃった……!』
「大丈夫です直音さん」

 大きなダメージを負った彼女のキャラクターの前に移動し、俺はしっかりとした声色で彼女を鼓舞した。

「俺たちなら勝てますよ、必ず」

 こいつに勝ったら貰える称号とかは今はどうでもよかった。
 スマホの向こうで一緒に闘っている彼女。ただその望みを一緒に叶えたいだけだ。

『はいっ! もちろんですっ』

 直音さんはまた弾んだ声を出す。
もちろんこっちだってダメージを受けているから、いつか画面が真っ暗になってしまうんじゃないかって思う。当然、たいして有利でもない戦闘状況にハラハラはしている。
 レベルだけで考えたらどちらかというと不利。にも係わらず負ける気もしなかった。
 加えて、俺よりもゲームが上手なミケに操作をお願いするつもりにもならない。
 ミケには申し訳ないけど、ここは俺の力で乗り切りたかった。

 そこまで極めてもいないレベルの割に、俺たちは粘り強い方だと思う。
 立てた戦略をなぞりながらもがむしゃらに挑み続けていたら、リヌセホスのゲージは少しずつ削られていく。
 気づけば赤い色へと移ろっていて、あと本当にもう少しで倒せるところまで来ていた。
 それを見てほんの一瞬気が緩んだ。相手の具合を見ていて油断していたのだろう。俺の分身がまた怪物のツノに吹き飛ばされてダメージを負う。
 すると直音さんは急いでそれをカバーするように戦闘を立て直す。

『樫野さん。私がおとりになります! 一気に攻め込みましょう!』

 直音さんの上擦った声が聞こえてくる。彼女ももうすぐ敵を倒せることに気分が昂っているようだ。
 俺は直音さんのキャラクターが凛々しく振り返るのを見て、ふと考える。

「……いえ。直音さんの方が体力ちょっと多めに減っているので、俺がおとりになりますよ」
『え……? でも……』
「直音さんがとどめを刺してください」
『……いいんですか?』
「もちろんです。直音さん、よろしくお願いしますね!」

 むしろ他に誰がとどめを刺すんだ。
 俺はミケとエヤが傍にいることも忘れて画面に向かって力強く頷いた。

『分かりました!』

 直音さんの勇ましい声が届き、俺は彼女が攻撃しやすいように鬱陶しいくらいに分身をちょこまかと動かした。
 時々攻撃を放って相手の気をこちらに向ける。
 リヌセホスは目立つ攻撃やキャラクターの動きの方に意識が向きやすいようになっているらしい。
 企み通り、直音さんの方への注意はどんどん散漫になっていっていた。

「いけぇー!」
「倒しちまえだすー!」

 盛り上がりを見せる戦闘の局面に、ミケとエヤの声援が一段と大きくなる。
 そして彼女たちの声に応えるように、直音さんが操るキャラクターが風のように舞い上がり、吹雪のような攻撃が上空から降り注ぐ。
 リヌセホスの耳をつんざくような唸り声が轟くと同時に、怪物は前足を大きく上げて暴れ回った。
 みるみるうちにリヌセホスの体力ゲージは短くなっていき、ゼロになったところで光を放つ。
 ステンドグラスが豪快に割れたような演出が画面の中を埋め尽くし、ミケとエヤはびっくりしたように俺を見上げた。
 光が収まると、砂漠には俺と直音さんのキャラクターだけが佇んでいて、さっきまでいた恐ろしい巨体は綺麗にいなくなっていた。

「……勝った……?」

 声が漏れた。
 スマホの向こうからも声は聞こえてこない。

「…………これ、勝ちました、よね……?」

 まだ実感がなくて、微かに興奮で震える指先に力を入れ直す。

「直音さん……?」

 静かになった彼女を探す。あれ。俺と同じものが見えているはずなんだけど……。
 何度か彼女の名前を呼んでみた。するとようやく彼女の息遣いが聞こえてきた。

『樫野さ……こ、これ……勝ちました……勝ちましたよ……!』

 凪のような声が徐々に現実味を帯びてきて、喜びを含んでいく。
 強敵に勝利した割には地味な演出だった。だけどそれを証明するように獲得賞金のカウンターが回り始める。

「はい。やりましたね! 直音さん!」

 俺もようやく戦闘が終わったのだと安心し、キラキラと輝く勝利の文字を瞳に映す。

『ありがとうございます……っ。私一人じゃ……絶対に勝てなかったので……!』
「それは俺もですよ。そもそも挑まなかった可能性もありますし。直音さんのおかげです」

 彼女が心から喜んでいるのが分かり、俺も嬉しくなってさっきまで固くなっていたはずの頬が綻んでいった。

『ふふふ。ミケちゃんの作戦のおかげもあります! 本当に……ありがとうございます!』
「お礼はいいよ、ノト。見てて楽しかった」
『ありがとうミケちゃん。見ていてくれたんだね』
「エヤも見てただすー! ノトチャン、すっごく強いだすっ」
『ふふ。うん……二人が応援してくれたから……ありがとう』

 直音さんの声が若干震えているように聞こえた。嬉しくて、だよな……?
 俺は二人に見られないように眉をひそめてからスマホの向こうにいる彼女を想う。

『あっ! 称号が来ましたっ。ミケちゃん、エヤちゃん、見て見て。すごく素敵だよね。私、この称号が貰えて光栄だな』

 賞金から遅れて贈られてきた称号が画面に映し出される。前に見た天使と悪魔の羽をイメージしたデザイン。

「んふふふふ」
「へへ」

 二人は顔を見合わせてくすぐったそうに笑う。

「こちらこそだすっ」

 エヤがスマホに近づいて得意気に答えた。直音さんはきっと、称号が貰える瞬間が見られたことを言っているのだと理解しただろう。
 また危うい発言をしたエヤたち。
 だけど俺は別にそんなことは気にならなかった。
 それよりも、今の彼女の表情が見えないことに心が欠けたような憂慮を覚え、ざわめきが侵食した。
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