手のひらのしかくい地球

冠つらら

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37 これはうそじゃない

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 無事に仲直りをしてからは、エヤとミケは以前にも増して表情に活力が漲っている気がする。
 以前と変わらないといえばそうなのかもしれないが、それでも、毎日顔を見ているとちょっとした変化にも気がつけてしまうものだ。
 ミケがゲームに飽きることはなかったけど、そればっかりじゃなくてエヤと一緒に工作をする時間も増えたし。二人で協力し合って宿題に取り組むようになったと思う。

 だから俺が手伝う機会も減ってきて、今度は俺がゲームに入り浸る時間が増えてしまった。
 ちらりと画面から視線を外すと、今日もまた二人はあれやこれやいいながらグリーティングカードの作成に挑んでいる。開くと立体的な仕掛けが飛び出すカードを見たことがあるけど、それを作るらしい。

 二人は出会う前からずっと一緒にこの世界で過ごしていたはずだ。
 思うように認められない修行の成果。天界に帰ることが許されない二人が落ち込まないことなんてなかっただろう。いくら明るく振舞っても、がっかりしなかったなんて言えないと思う。
 そんな辛い時も、二人は傍で支え合ってきた。
 喧嘩をすることだって初めてではなかったとは思うけど、でも、やっぱり何度言い合いになろうと心は痛む。何度だって全く新しい感情のように苦しくなるだろう。二人はその度に乗り越えてきた。
 二人の絆は、たぶん俺にも想像がつかないくらい固く結ばれたお守りみたいなものなのだろう。

 カードのデザインを見せ合っている二人に気を取られていると、眼下から風がなびくような音が聞こえてくる。
 紙飛行機を模したアイコンが飛んできて、次の拍子には文字が映し出される。

“樫野さん。お疲れ様です”

 ログインした直音さんがチャットを送ってくれたようだ。
 ゲームへと意識を戻し、俺も文字を打ち込む。

“お疲れ様です。もう帰宅しました?”

 時計を見るともうすぐ八時へと向かうところだった。そろそろエヤたちも寝かしつけないと。

“はい! さっき帰りました。樫野さんいるかなって思って、来ちゃいました”

 エヤとミケに寝る時間が迫っていることを伝えていると、直音さんの返事が届く。
 まだ帰ったばっかりなのか。残業? かな。あんまり無理はしないで欲しいけど。

“期待に応えられたようで何よりです”

 エヤとミケは散らかった机の上を片付け始める。俺は直音さんが何かを打ち込んでいることを教えてくれる “…”のマークが動くのをじっと目で追った。
 その間もエヤとミケは散らかしたものをかき集めていた。

「エヤ。お茶入ってるから気を付けてよ」
「分かってるだす。まさかこぼしたりしないだすよ。だはははっ」

“ちょうどご相談があったので、ナイスタイミングです!”

 相談?
 まさか病気のことじゃないよな?
 すぐにそっち方面に思考が向かうのは止めたいが、どうしても脳は言うことを聞かない。

“何ですか? なんか緊張しますね”

 分身となるキャラクターの愛嬌に隠して正直に返す。すると。

「ぅわっ! やっちまっただす!」

 コトンというあっさりした音とともにエヤが頭を抱えた。

「あーあ。言ったばっかなのに……」
「ごめんなさいだす! まさかまさかだすよ。こらっ。エヤの右ひじ! 反省するだすっ」

 スマホを一度下ろして二人を見ると、どうやら湯吞を倒してしまったようだ。
 机の上にはぬるくなったお茶がみるみるうちに陣地を広げていく。

「二人は大丈夫?」

 頑張ってデザインしていた紙とかが濡れていたら大変だ。俺はスマホをソファの上に置いて二人の様子を見る。

「大丈夫だすよ! ぎりぎりセーフだす!」

 エヤはどや顔をして救い出した資材たちを掲げる。

「イタル。タオルどこ?」
「そこの引き出し」
「分かった。ちゃんと拭いておくね」
「ああ。ありがとうミケ」
「エヤもやるだすー」

 引き出しを指差すと、ミケはそそくさとタオルを取り出してエヤにも渡した。
 てきぱきとタオルで濡れた場所を拭き始めたから、もう大丈夫そうだと確認してスマホを手に取る。
 画面を見ると、ちょうど直音さんのメッセージが打ち終わったところだった。

“この前実装されたモンスター、倒しに行ってみませんか?”

「…………モンスター?」

 想定外の文字の並びを目にした俺は、つい読んだ言葉を声に出す。
 そういえば、最近の大型アップデートで新エリアが解放されて、そこに最難関ともいえるモンスターを用意したとか書いてあったな。
 玄人向けのチャレンジエリアだろうし、レベル的にも倒せるようなものでもないからあんまり気にしてなかったけど。
 特定の期間までに倒すと限定の称号が貰えるとかで、トップランカーたちはこぞって挑戦したみたいだが、まだ倒せた人は少なかったはず。

“あのアップデートのやつですか?”

 直音さんのレベル的にもかなり厳しそうだけど……。本当にそれで合ってるのかな。自信がなくて聞いてみる。

“はい! そうです! リヌセホスです!”

 リヌセホス。確かそんな名前だったような。化け物のサイみたいな姿をしたモンスター。
 ということはやっぱり、直音さんは噂のモンスターを倒したいのか。

“行けますかね? 俺たちで”

 圧倒的にレベルが足りない気がするけど。
 エヤとミケが机の上を綺麗にして洗面所へと駆けて行くのを見送り、俺は眉間を寄せて文字を打つ。

“確かに厳しそうですよね。でも、称号、ちょっと欲しくないですか?”

 称号ね……。
 そうは言っても結局はただのアイコンだし。ゲーム上で有効なデータでしかないんだけども。
 ゲームにハマっておきながらどこか冷めた意見が頭に浮かんでしまう。
 いやゲームは好きだけど。なんだか前よりのめり込むことは減ったというか。
 貰える称号はどんなものだっただろうか。
 お知らせのタブをタップして、少しだけスクロールする。……これだ。
 見つけたアップデートのお知らせを開くと、どーんと禍々しいモンスターが画面に映し出される。
 そして下の方を見ていくと、そこには直音さんの言う称号が載せてあった。

“なかなかデザインが良いと思いませんか?”

 称号を見ていると、直音さんからまたチャットが飛んでくる。
 サンプルだからか画像が小さくてよく見えない。アップにしても解像度が悪い。
 だけどよくよく見てみると……。

“天使と悪魔をイメージしてるんですって!”

 言われてみれば。
 称号を囲う飾り枠は天使と悪魔の羽をイメージしているのか、上下で色が違うし、デザインも若干異なっている。アンティークなシャンデリアみたいなデザインで、こんなシックな称号はこのゲームにしては珍しい。
 直音さんは、この物珍しさから興味を持っているのだろうか。

“綺麗なデザインですね”

 思ったままを返す。
 ゲームへの愛着はそこそこあるし、ずっと見てるといいなと思わなくもない。

“勝てると思いますか?”

 もう一度彼女に問いかける。
 ゲームなんだからそんな慎重にならなくてもいいはずなんだけど。でもこいつに負けたらこれまでの獲得賞金も半分に減らされるし、アイテムもいくつか没収されるらしい。
 改めて厳しいルールを目にして、これまで積み上げてきた軌跡がなんだか惜しくなってしまう。

 データなのに。確かにデータだ。ただのデジタルデータ。だけど。
 ミケがゲームをしている姿や、直音さんと通話をしながら遊んできた日々が思い返される。
 過ぎ去ってしまったそんな時間たちがこのデータに行き着いたのだと思うとちょっと怯んでしまった。

“そうですねぇ……。でも、樫野さん。信じてみませんか?”

 信じる……?
 突如として出てきた魔法のような言葉に、俺は思わず瞬きを止める。

“私たちの力を信じてみましょう! これまで頑張ってきましたから!”

 三つ編みのキャラクターが画面の中から笑顔で語りかけてきた。
 天使と悪魔に出会う体験するまで、俺はおとぎ話も魔法の話も奇跡も信じなかった。

 でも、そうだ。

 空想でしかないと思っていた天界があることを知ったからじゃない。そんなの関係なく、不思議と心は素直に傾いていく。
 彼女のことなら、信じてみようと思えるから。
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