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32 いらっしゃい
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直音さんが遊びに来る日。俺はエヤたちと一緒にある程度の片づけをして彼女を迎える準備をした。
彼女の都合もあったから、こちらに来るのは昼過ぎ頃を予定している。
駅まで迎えに行くために鍵を手に取ると、エヤとミケもいつの間にか靴を履いて玄関の前で俺を待っていた。
エヤは直音さんに会うなり彼女の手を握り、ぶらぶらと揺らしながら久しぶりに会えた喜びを表現する。
「ノトチャン、夜ご飯は食べていくだすかー?」
「えっ。そんなにお邪魔してたら悪いから、大丈夫、だよ?」
「つまんない。イタル、料理上手だから食べてあげてよ」
また勝手なことを話してる。
直音さんは二人の誘いに困ったように笑いながらも悩むそぶりをしてくれた。
「樫野さん、料理得意なんですか?」
「平均点には達してると思います」
二人が来てからは自炊が当たり前になったから、正直かなりレパートリーが増えたけど。
でもまだそんな偉そうに言えるほどじゃないだろう。
「直音さんさえ良ければ、食べていきませんか? なんでも作りますよ」
とはいえ、やっぱり前よりもリクエストに応えられる自信だけはある。俺はわざとらしくニヤリと笑ってみせた。
「ふふふ。贅沢ですね。折角なので、甘えてしまいますよ?」
「はははっ。どうぞどうぞ」
直音さんと手を繋いでいるエヤは、俺たちの会話に満足そうに口を抑えて笑っていた。
「はーいっ! エヤ、リクエストがあるだすっ」
「え? エヤがリクエストするの?」
「われもあるよ、イタル」
「はは……それじゃいつもと同じじゃないか」
俺の隣を歩いていたミケまでエヤに便乗するものだから、なんだか聞いてあげたくなってしまう。いやでも今日は直音さんをおもてなしするんだけど。
「二人は何が食べたいの?」
直音さんは優しく二人の意見に興味を示す。
「タコス!」
二人の声が重なる。
「……タコス?」
この二人が全く同じことを言うってことは……。
「タイシサンに教えてもらっただすよ。ココネチャンも好きらしいだすねっ。タコス」
やっぱりあの二人の影響だった。
俺は予想通りの答えにクスリと笑いがこみ上げる。
「タコパだすよタコパ!」
「ふふふ。たこ焼きじゃなくて、タコスパーティーか。色とりどりで楽しそうだね」
直音さんも二人の提案に結構乗り気の声を出してきた。……となれば、もう決まりだ。
「じゃあ途中でスーパーに寄りましょう。直音さん、いいですか?」
「もちろんです。作ってもらうだけじゃ申し訳ないので、荷物、持ちますね」
「ははは。タコスならそこまで手間はないですよ」
具材を切ってちょっと味付けを加えるだけだし。トルティーヤさえあれば成り立つだろう。
俺が軽く答えると、はにかんで肩をすくめる直音さんは、そこまで料理が得意ではないのです、と恥ずかしそうに告白してくれた。
初めて食べるタコスを早速楽しみにするエヤとミケ。
そんな二人に呼応するように、俺の心もふわりと軽くなっていく。
家に帰ると、ミケは俺にスマホを渡すように急かし、直音さんをソファに座らせてからがっちりと隣を陣取った。まだ着いたばかりなんだから少しは休憩させてあげたいけど、テンションが上がっている彼女たちを抑えるのは至難の業だった。
エヤはスケッチブックを持って直音さんとミケの向かい側に座り込み、意気揚々と鉛筆を走らせた。
直音さんはミケと一緒にゲームを起動して、嫌な顔一つせずにエヤにも笑いかけた。
買ってきた食材をキッチンに置いた俺は、そんな三人の様子をそっと瞳に映す。
平和。平穏。安らぎ。
エヤが描く優しいタッチにも似た瞳に映る光景は、なんの澱みもなくそこにある。
そのはずなのに、どこか遠く見えて。
表情が和らいでいくのに、心は張りつめていく感覚で。
でもその痛みを手放したくなくて、俺は幻ではない今に浸った。
夕食の支度に入るまで、俺はミケと交代でゲームをしたり、時には横から助言を送ったりして過ごした。そしてエヤが似顔絵を描き終えると、今度は四人でボードゲームやカードゲームに取り憑かれたように熱中した。
どれも昔ながらのシンプルな遊びだけど、時を越えて親しまれているのはやっぱり盛り上がるからだ。
年甲斐もなく白熱してしまい、俺は童心に返ったような気持ちになった。
負けず嫌いのミケはこういったゲームも強いようで、何度やっても彼女が最後に負けることはなかった。あとは皆、それなりの回数負けたりしたのに。彼女のゲーム力は驚異的だ。
俺がちょうど富豪としてこの勝負を抜けたタイミングでアラームが鳴り響き、ハッとして時計を見やる。
時間を忘れて遊んでしまいそうだったから、夕食を作り逃すことのないようにと設定したアラームだ。
キッチンに向かう俺のことを見上げた直音さんに目配せをすると、彼女は微笑みとともにこくりと頷く。
「じゃあエヤちゃん、ミケちゃん。次は三人で勝負だね」
「うん。次も負けない」
「一回くらいは勝ちたいだすー……!」
どのゲームでも一度も一抜けが出来なかったエヤは机に突っ伏して嘆きの声を出した。
そんな彼女たちの勝負を背に、俺はトルティーヤに挟むものを作る。
何を挟んでもいいのがタコスのいいところ。肉系のものと野菜系のもの。魚は買わなかったから、あとはサルサを用意。ちらっと調べた本場のレシピを頭に浮かべながら、思いつくままに包丁を手に取った。
包丁がまな板を叩く音。
今日は背後が賑やかすぎて、その音がとんでもなく小さく聞こえる。
「あー! ババだすー!」
「言っちゃだめでしょエヤ」
二人のやり取りに、直音さんの笑い声が乗っかっていく。
本当、賑やかというより騒がしいが相応しい。
だけど俺は無意識のうちに口角が緩やかに上がっていってしまう。
俺がキッチンに立っている間、彼女たちの声が止むことはなかった。
彼女の都合もあったから、こちらに来るのは昼過ぎ頃を予定している。
駅まで迎えに行くために鍵を手に取ると、エヤとミケもいつの間にか靴を履いて玄関の前で俺を待っていた。
エヤは直音さんに会うなり彼女の手を握り、ぶらぶらと揺らしながら久しぶりに会えた喜びを表現する。
「ノトチャン、夜ご飯は食べていくだすかー?」
「えっ。そんなにお邪魔してたら悪いから、大丈夫、だよ?」
「つまんない。イタル、料理上手だから食べてあげてよ」
また勝手なことを話してる。
直音さんは二人の誘いに困ったように笑いながらも悩むそぶりをしてくれた。
「樫野さん、料理得意なんですか?」
「平均点には達してると思います」
二人が来てからは自炊が当たり前になったから、正直かなりレパートリーが増えたけど。
でもまだそんな偉そうに言えるほどじゃないだろう。
「直音さんさえ良ければ、食べていきませんか? なんでも作りますよ」
とはいえ、やっぱり前よりもリクエストに応えられる自信だけはある。俺はわざとらしくニヤリと笑ってみせた。
「ふふふ。贅沢ですね。折角なので、甘えてしまいますよ?」
「はははっ。どうぞどうぞ」
直音さんと手を繋いでいるエヤは、俺たちの会話に満足そうに口を抑えて笑っていた。
「はーいっ! エヤ、リクエストがあるだすっ」
「え? エヤがリクエストするの?」
「われもあるよ、イタル」
「はは……それじゃいつもと同じじゃないか」
俺の隣を歩いていたミケまでエヤに便乗するものだから、なんだか聞いてあげたくなってしまう。いやでも今日は直音さんをおもてなしするんだけど。
「二人は何が食べたいの?」
直音さんは優しく二人の意見に興味を示す。
「タコス!」
二人の声が重なる。
「……タコス?」
この二人が全く同じことを言うってことは……。
「タイシサンに教えてもらっただすよ。ココネチャンも好きらしいだすねっ。タコス」
やっぱりあの二人の影響だった。
俺は予想通りの答えにクスリと笑いがこみ上げる。
「タコパだすよタコパ!」
「ふふふ。たこ焼きじゃなくて、タコスパーティーか。色とりどりで楽しそうだね」
直音さんも二人の提案に結構乗り気の声を出してきた。……となれば、もう決まりだ。
「じゃあ途中でスーパーに寄りましょう。直音さん、いいですか?」
「もちろんです。作ってもらうだけじゃ申し訳ないので、荷物、持ちますね」
「ははは。タコスならそこまで手間はないですよ」
具材を切ってちょっと味付けを加えるだけだし。トルティーヤさえあれば成り立つだろう。
俺が軽く答えると、はにかんで肩をすくめる直音さんは、そこまで料理が得意ではないのです、と恥ずかしそうに告白してくれた。
初めて食べるタコスを早速楽しみにするエヤとミケ。
そんな二人に呼応するように、俺の心もふわりと軽くなっていく。
家に帰ると、ミケは俺にスマホを渡すように急かし、直音さんをソファに座らせてからがっちりと隣を陣取った。まだ着いたばかりなんだから少しは休憩させてあげたいけど、テンションが上がっている彼女たちを抑えるのは至難の業だった。
エヤはスケッチブックを持って直音さんとミケの向かい側に座り込み、意気揚々と鉛筆を走らせた。
直音さんはミケと一緒にゲームを起動して、嫌な顔一つせずにエヤにも笑いかけた。
買ってきた食材をキッチンに置いた俺は、そんな三人の様子をそっと瞳に映す。
平和。平穏。安らぎ。
エヤが描く優しいタッチにも似た瞳に映る光景は、なんの澱みもなくそこにある。
そのはずなのに、どこか遠く見えて。
表情が和らいでいくのに、心は張りつめていく感覚で。
でもその痛みを手放したくなくて、俺は幻ではない今に浸った。
夕食の支度に入るまで、俺はミケと交代でゲームをしたり、時には横から助言を送ったりして過ごした。そしてエヤが似顔絵を描き終えると、今度は四人でボードゲームやカードゲームに取り憑かれたように熱中した。
どれも昔ながらのシンプルな遊びだけど、時を越えて親しまれているのはやっぱり盛り上がるからだ。
年甲斐もなく白熱してしまい、俺は童心に返ったような気持ちになった。
負けず嫌いのミケはこういったゲームも強いようで、何度やっても彼女が最後に負けることはなかった。あとは皆、それなりの回数負けたりしたのに。彼女のゲーム力は驚異的だ。
俺がちょうど富豪としてこの勝負を抜けたタイミングでアラームが鳴り響き、ハッとして時計を見やる。
時間を忘れて遊んでしまいそうだったから、夕食を作り逃すことのないようにと設定したアラームだ。
キッチンに向かう俺のことを見上げた直音さんに目配せをすると、彼女は微笑みとともにこくりと頷く。
「じゃあエヤちゃん、ミケちゃん。次は三人で勝負だね」
「うん。次も負けない」
「一回くらいは勝ちたいだすー……!」
どのゲームでも一度も一抜けが出来なかったエヤは机に突っ伏して嘆きの声を出した。
そんな彼女たちの勝負を背に、俺はトルティーヤに挟むものを作る。
何を挟んでもいいのがタコスのいいところ。肉系のものと野菜系のもの。魚は買わなかったから、あとはサルサを用意。ちらっと調べた本場のレシピを頭に浮かべながら、思いつくままに包丁を手に取った。
包丁がまな板を叩く音。
今日は背後が賑やかすぎて、その音がとんでもなく小さく聞こえる。
「あー! ババだすー!」
「言っちゃだめでしょエヤ」
二人のやり取りに、直音さんの笑い声が乗っかっていく。
本当、賑やかというより騒がしいが相応しい。
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俺がキッチンに立っている間、彼女たちの声が止むことはなかった。
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