手のひらのしかくい地球

冠つらら

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 土曜日。仕事を終えた俺は早々に病院を出る。病院を出てすぐ目に入ってくるベンチでは、俺が出てくるのを待っている心寧がエヤとミケに挟まれて何やら動画を見ているようだった。
 楽しそうな笑い声を上げて、すっかり三人は仲良しになっていた。のんびりとしたその空気を前に、少しだけ声をかけることを躊躇って俺は離れたところで足を止める。

「ココネチャン! 今のどうなっているんだすか? 花火? 花火なんだす?」
「ちがうと思う。映像だよね? ココネ」
「ふふふふ。どう思う?」

 心寧が好きなショーの動画でも見ているんだろう。エヤとミケに質問攻めにされて、心寧は頬を緩めたまま答えを勿体ぶった。

「心寧。仕事終わったぞ」

 割り込むのが気まずいけど、ずっと見ているわけにもいかないし、俺は適度なところで声をかけた。

「あ、お兄ちゃん。お疲れ様」

 横にしたスマホをエヤとミケが食い入るように見ているから、心寧は少し窮屈そうな体勢をしていた。それでも俺を見上げる目は朗らかだ。

「このまま行って大丈夫?」
「ああ。早く行こう」
「はーい。エヤちゃん、ミケちゃん、続きは後で見ようね」
「はーっい!」

 心寧がスマホを消すと、エヤは元気よく手を挙げる。

「イタル。これからどこに行くの?」

 ミケは俺の隣に並んで一生懸命歩幅を合わせようとしながら足を大きく開いて歩いていく。頑張ってついてきてくれようとしてるのが嬉しいけど、大変そうだからもっとゆっくり歩こう。俺はこれまで意識していなかった歩幅を少し気にしながら歩みを緩めた。

「たぬきの塾。これから二人が通うかもしれないところ」
「学校? もう学校は行けないよ?」
「そんなことないよ。そんなの誰が決める?」
「…………わかんない」

 俺が聞き返すと、ミケはふるふると頭を振って降参したように手を広げる。
 後ろからは心寧とエヤが話す声が聞こえてきた。エヤの声はよく通るのか、多分普通のボリュームで話しているんだろうけどすごくよく聞こえる。どうやら心寧の仕事の話に興味があるようだ。
 心寧は仕事が好きだから、二人の会話は思いのほか盛り上がっていった。

 たぬきの塾は、俺の家と職場の病院のちょうど中間くらいにある。そんなところがあるなんて知らなかったけど、思い返してみればなんか大きめの建物を近くで見かけたような記憶がなくもない。
 興味のないことに無頓着すぎるのも考えものだと、俺は街のことすらよく知らなかったことを反省した。
 病院から二十分ほど歩いたところに、どこかで見た記憶のある古民家みたいな外観をしている建物が見えてきた。やっぱりここか。俺は薄くなっていた記憶を蘇らせて古風な木製看板を見上げる。佇まいだけを見るとまるで旅館だ。

「たぬきの塾?」

 ミケが看板を見上げて読み上げる。

「そうだよ。ここが通うかもしれない学校」
「ほんとうに学校?」
「うーん。そうだと思うんだけど……」

 俺が自信を無くしていると、会話に夢中になっていたせいか遅れてきた心寧がタッと前に出る。

「失礼しまーす!」

 そのまま心寧は大きな声で開きっぱなしの門の向こうに呼び掛けた。門の向こうに見える建物まで続く石畳の道。その両脇には、京都のお寺でよく見る庭園のような光景が広がっていて、手入れが行き届いている様がまざまざと見せつけられる。本当にここは学校なのか? やっぱり旅館だろ。
 俺が目を白黒させていると、旅館……じゃなくて、たぬきの塾の戸がガラガラと開かれていった。

「いらっしゃーい。心寧さん、久しぶりですねぇ」

 戸の向こうから現れたのは写真に写っていた青年だった。もう何度も写真を見返していたから初めて会った気が全くしない。浦邉大志は、ラフなトレーナーを着て休日に見る近所の兄ちゃんみたいな雰囲気でこちらに向かって手を振ってくる。
 写真で見た時は前髪が目にかかりそうなほど伸びていて、その色は黒髪だったのに、目の前にいる彼はすっきりと髪を切っていて髪色も明るくなっている。ぱっと見はまさにコミュ力の塊って感じ。あ、あと、リュック一つで世界中を旅行してそうなフットワークの軽さも感じる。
 写真で受けたざっくりとした印象とは大分変わって見えるけど人の良さそうな顔つきは同じだ。
 実物の彼は顔が小さく、背が高いこともあって随分とスタイルがよく見えた。心寧がお辞儀をすると、浦邉大志はにこっと笑ってこちらに歩いてきた。

「初めまして。心寧さんから話は伺いました。浦邉大志です。このたぬきの塾を運営しています」
「あ……っ。初めまして。樫野至です。心寧の兄です」
「うんっ。よろしく至さん」

 握手を交わすと、浦邉大志はくしゃっと笑って元気よく手を上下に揺らした。力強いな。

「君たちがエヤちゃんとミケちゃん? 初めまして。浦邉大志です」

 俺との挨拶を終えた彼は、丁寧に身体を屈めて二人にお辞儀をする。二人も小さく礼をして、名乗りを上げた。

「まぁ立ち話もなんだし、早速見学してみてください。一応今日も開校してるんで、二人ほど生徒がいますけどね」
「そうなんですか。土日もやってるんですか?」
「うん。基本はね、年中無休だよ。まぁ、たまに休ませてもらう時もあるんだけど……」

 玄関に向かうまでの間、彼はそう言って申し訳なさそうに肩をすくめた。俺にしてみれば年中無休でやってるってだけで立派だと思うけど。
 玄関はこれまた旅館みたいに広くて、彼の言う通り生徒が来ている証拠に子どもの靴が二つ靴箱に並んでいた。

「ここは幼稚園に通えるくらいの子から高校生くらいまでの子を対象に開校してる場所なんです。今は……多くて二十人くらい一日に来るかな? 年齢はバラバラだけど、小中学生が一番多いかな。一応学校との連携もしてて、出席扱いにもなるようにしてるよ。毎日来てもいいし、休みたい時は休んでもいい。昔は教師をしてたっていう人に先生をしてもらってて、ちゃんと勉強もできるよ」

 靴を脱いだ俺は彼の説明を聞きながら早速建物の中に目を向けた。中の造りは想像通り。外観との大きなギャップもない。基本的に和室が多くて、い草の匂いもほんわかと漂っている。
 玄関を上がってすぐにあるのは旅館の受付みたいなカウンター。今は無人だけど、普段はここで出席の確認とかをしているらしい。
 カウンターを通り過ぎて廊下に出ると、長い廊下の脇にはいくつかの部屋があった。
 二つ部屋を通り過ぎて、一番大きな部屋の前で立ち止まる。

「二人ともー。ちょっとお客様の相手してるから、ちゃんと勉強してるんだよ? 見えなくても見てるからなー」

 開いている隙間から顔を出し、浦邉大志はおどけた様子でそう声をかけた。すると部屋の中に居た小学生くらいの男の子二人は、「はーい」と素直に返事をして読んでいた本に目を戻した。

「あの二人は兄弟。ご両親が多忙で、留守番させるのが不安だからって土日もよくここに来てるよ」
「そうなんですか……」
「外国から帰ってきたばかりで、まだ日本には馴染めないみたいだねぇ。一生懸命日本語の勉強してる。二人の話、面白いから今度機会があったら聞いてみなよ。会話の練習になる」
「へぇ。面白そうですね!」

 いつの間にか敬語をやめてラフな話口になっていた彼の話に、心寧は好奇心の含んだ声を弾ませた。ちらりと後ろを見ると、心寧の横にいるミケとエヤがきょろきょろと建物の中を観察している。
 エヤは知らない場所に来たことにワクワクしているのか目を輝かせ、ミケは少しおどおどとした様子でエヤの洋服を握っていた。

「どうぞこちらへー」

 兄弟がいた部屋の二つ隣の応接室のような空間を指差し、彼は俺に座るように促す。応接室って言っても、やっぱり和室で、座布団が綺麗に並んでいるだけだけど。でも飾ってある花が大きくてすごく目立つ。花瓶と合わせて煌びやかだ。

「大志さん、二人と一緒に色々見学してきてもいいですか? どんなところか見せてあげたくて」

 すかさず心寧がエヤとミケの手を握りしめて彼に尋ねる。

「もちろん。行ってらっしゃい」
「ありがとうございますー。行こう、エヤちゃん、ミケちゃん」
「はーい!」
「うん…………」

 心寧に連れられて、二人はそのまま廊下の先へと進んで行った。奥行きのあるこの建物は、想定よりも敷地が広いようだ。

「さて至さん」
「あ、はい……!」

 突然キリリと表情が引き締まった彼に対し、俺は思わず反射的に姿勢を正す。なんか将棋の対局とかが始まりそうな空気だ。いや違うな。彼は片足を立てて任侠映画でよく見るような座り方をしている。手には何も持っていないはずだけど、そこからさいころが飛び出て賭博でもはじめそうだ。丁か半か、なんて。
 慣れない空気にこの前ミケが見ていた映画の光景がつい目に浮かんできた俺は、ふと我に返ってなんだかそんな考えが恥ずかしくなってきた。

「心寧さんから事前に話は聞いてるんですけど、ミケちゃんとエヤちゃんは心寧さんたちの親戚なんだよね? なんか事情があって預かってるって。……で、あの二人、学校に通えないんだって?」
「あ……えっと……はい。そうです」

 待って。そういや心寧、彼に一体何て説明したんだろう。ちゃんと聞いておけばよかった。たぬきの塾に行きたいって伝えたら、了解任せて、としか返ってこなかったから。うっかりしてた。
 正座をしている膝の上に乗せた手に汗が滲む。うわ、また妙に緊張してきた。
 ボロを出さないか自信がなくなった俺の視界は次第に下へと下がっていく。

「…………ここに通う条件とか、そういうのはないから大丈夫。誰でもウェルカムだよ」

 ごくりと喉仏が波打ったのを見計らったように、目の前にいる若頭みたいな彼はにこりと笑う。どうしてこんなに愛嬌があるのにどことなく風格があるんだこの人は。

「そ、そうですか……それは、良かった、です」

 心寧と一緒に大人しく見学できているのか、エヤとミケのことも気になるけどこの浦邉大志っていう人のことも少しずつ気になってきた俺は情けない笑みを返す。

「基本的に料金もいらないよ。まぁ、募金ってテイでくれる人もいるんだけどさ。至さんはそういうの気にしなくてもいいから」
「え? でも、大丈夫なんですか。……ここ、結構広いですし、先生もいるんですよね? 維持費とか……大変じゃないですか?」

 年中無休って話だし。
 俺はあっけらかんとした顔をしている彼に思わず余計なことを聞いてしまった。運営費のことを気にするとか何様だけど、口から出たものはしょうがない。
 しかし彼は大口を開けて気持ち良く笑ってくれた。

「ははははっ。大丈夫大丈夫! 気にしなくていいよ。ここはね、運営資金を支援してくれる人もいるからさ」
「そうなんですか? 募金とは、別に?」
「うんうん。保護者の方とはまた違くて、親切な人間がいっぱいいるからねぇ。それにうちの予算だけでも賄えるから、問題ないよ」
「うちの……?」

 彼は少し遠い目をして煌々とした太陽光が降り注ぐ庭を見やった。やっぱりどこか気品がある。そんな堂々とした顔をしている彼は俺の疑問が耳に届いたのか、またにこっと笑う。

「そうそう。俺の家、資産家なんだよね」
「え……?」

 資産家? これまでの俺の人生ではあまり出会ったことのない人種だ。もしかしたらそんなあっさりと自らの正体を言ってのけた人は初めてかも。
 素直に驚いている俺を見て、彼は頬杖をついて照れくさそうに笑う。照れることなんだ。俺にはよく分からない世界だからどういう反応をするのが正解か見当もつかない。俺は気を取り直して咳払いをする。

「えーっと……つまり、ここは浦邉さんのボランティア活動みたいなものですか?」
「簡単に言うとそうだね。なーんか偉そうに聞こえちゃうね」
「いえいえ。そんなことはまったくないですよ?」

 すごく立派なことじゃないか。
 俺は思わず両手を振って彼のいらない懸念を否定した。

「浦邉さん、が開校したんですか?」
「うん。まだ五年目だから、超初心者って感じ。他のフリースクールに比べたらまだまだなところもあるし、頼りないかもしれないけど、今のところ皆の協力もあって上手くいってる。ありがたいよねぇ」

 五年目……。エヤたちと同じだ。俺は謎の親近感を覚えた。

「至さん、俺のことそんな硬い呼び方しなくていいですよ。歳も近いし」
「え?」

 そうかもしれないけど、やっぱりなんか悪い気がする。

「大志って呼んでくれていいよ。俺は至さんのこと、保護者さんだから至さんって呼ぶけど。至さんは気にしなくていいから」
「わ……わかりました」

 うーん。やっぱりなんか申し訳ないような……。だけどそうは思っても彼の陽気な空気にすっかり侵食されてしまいそうだった。
 俺が彼のペースに戸惑っていると、彼はじーっと俺の表情を観察した後で和やかな雰囲気で自らのことを話し出した。

「俺ね、恵まれた家に生まれたからさ、そのお礼も返さずに何もしないでいるってのはちょっとなぁーって思って。社会勉強のために会社で働いたりもしたんだけど、やっぱ合わなくってさぁ……。それで何が出来るか、何がしたいか、って考えた時に、フリースクールのことを知ったんです。いつもみたいにクラブに行こうとした日にさ、もう夜中なのに公園から帰らない子どもがいてね。もう暗いし、危ないから声をかけたんだけど……家に帰りたくないって言って。その子はちょっと吃音症気味の子だった。それをからかわれて学校に行けないって、初対面の俺に泣きながら教えてくれた。でも家族にはそれが怖くて言えなくて……居場所がなかったんだよ。両親は共働きで、帰りも遅かった。だからその日も、その子は親が帰ってくるのが怖くて。その日の学校のことを話すのが怖くて、ずっと公園にいたんだ」

 大志さんの口調は穏やかだった。だけど、その瞳の奥には彼が見つけた決意が見てとれる。

「それでね、放っておけなくなっちゃって。学校に通えなくても勉強が出来る場所があるって知って。俺も一緒に勉強したいなって思ったんです。皆と一緒に。世間知らずな俺に色々教えて欲しいなって」
「それで、この塾を……?」
「うん。まさしく。初めて何かを自分からやりたいって祖父をはじめとした家族に宣言したから、皆やけに感動しちゃって……それで、無事にたぬきの塾を開くことができましたっ!」

 ぴしっと敬礼をする大志さん。少し恥ずかしいのかはにかんでいるけど、やっぱりいい笑顔をしている。

「政治家の先生とか、大きな会社とか、資産家の人とか……伝手だけはたくさんあるからさ。そうやって、いつの間にかいろんな人が支援をしてくれるようになったから、まだしばらくは無料でやっていきたいなって思ってるんです。なんの条件もなく、誰もが気軽に来れる場所にしたいからさ。敷居なんて設けたくなくて」
「すごい……大志さん、心意気が……立派です」
「あはははっ。ありがとう。照れるななんか。というか、”さん”要らないのに。至さん律儀ぃ」

 照れを誤魔化すように大志さんはケタケタと笑った。

「だからさ、あの二人の詳しい事情も話してくれなくてもいいよ。話したくなったらで構わない。あ、注意事項とか、そういうことだけは教えて欲しいけどね。いろんな子がここに来るからさ。ちゃんとみんなの個性を把握しておかないと」
「大志さん…………」

 その時俺には彼が救世主に見えた。実際に目にした天の使者であるマーフィーよりも、よっぽど神々しく輝いて見えるじゃないか。じんわりと感謝を滲ませていると、正座をしていた足先に痺れが走る。ピリリとした痛みに、俺の脳裏にはマーフィーのあの冷たい表情が浮かんだ。

「まぁ通うかどうかを決めるのはあの二人だし、至さんがその気になったらちょっと聞いてみてよ。こっちはいつでも大歓迎だしさ」
「ありがとうございます……! 大志さん!」

 がばっと畳に頭がつきそうなほど身体を下げた。いや本当に、これは俺にとってとてつもない救いだった。
 ただでさえ複雑な存在のエヤとミケ。そんな二人のことを詮索することもなく受け入れてくれるだなんて。
 心寧は大志さんのことをちょっと変わっているとか言ってたけど、全然そんなことはない。確かにこんな傍から見たら大変そうなことを無料で実行しているっていう意味では特異かもしれないけど……。それは変人とかそういうんじゃない。ただの……めちゃくちゃいい人……!

 ここを見つけてくれた心寧にはもう足を向けて眠れないな。
 俺が顔を上げると、大志さんは苦しゅうない、なんて言って時代劇の真似をして楽しんでいた。
 でも大志さんの言う通り、本題はあの二人の判断だよな。二人が通いたくないって言ったら、無理に通わせようとしても大志さんには絶対バレるだろうし。
 俺が次の問題に考え込んでいると、どたばたという不揃いな足音が聞こえてきた。エヤとミケかと思って顔を上げてみる。だけどこちらに向かってくるその足音は、よく聞くと二人だけのものじゃなかった。次第にその幼い足音は大きくなり、正確な数が分からなくなる。

「カシノーーーーっ!」

 閉めていた襖が勢いよく開いていく。俺が目を丸くしてそちらを見ると、エヤが勢いのままに俺の方へと飛び込んできた。俺の肩にべったりとくっついたエヤは、んふふふふ、と笑いながらゆっくり顔を上げる。なんか怖いんだけど、エヤ。
 座敷童のような余韻をたっぷり残した後で俺を見上げるエヤは、にこーっと満面の笑みをする。

「エヤ、ここ気に入っただす! イチキたち、エヤの知らない言葉をいーっぱい知ってるだす!」
「え? 何? い、いちき……?」

 困惑する俺を置いて、エヤはぶらんぶらんと俺の腕を揺らす。

「あ、エヤちゃん、もう一木兄弟と友だちになったの?」

 大志さんはピコンッと身体を弾ませてエヤに尋ねた。

「はいだす! ミケも友だちになっただす! 二人の話、すごく面白いだす!」
「あははは。そうだよねぇ。僕も大好き」

 二人の会話は見事に成立している。取り残されてしまった俺が焦っていると、とん、とん、と背後から小さな指が背中を叩く。振り返ると、いつの間にかミケがいた。いつも忍者みたいなやつだな、ミケは。

「あの子たちだよ」

 ミケが指差したのは、部屋の入り口できょとんとこちらを見ている男の子二人だった。さっき大志さんが声をかけていた子たちか。俺が会釈をすると、一木兄弟も小さく会釈をしてくれた。

「イチキたちはエジプトにいたんだす! ぴらみっどー!」

 エヤは両腕を頭の上に上げてから頂点で両手の指先を合わせた。

「いいよねぇピラミッド。ロマンしかない。分かるよ、エヤちゃん」
「んふふふふふ」

 大志さんも嬉しそうに頷いている。
 一木兄弟の後ろには、少し遅れて心寧が姿を現した。俺と目があった心寧は得意げに笑いかけてくる。

「どう? お兄ちゃん」
「…………ああ、そうだな。エヤ、ミケ、ちょっと聞きたいことがある」

 その場で俺は二人にたぬきの塾へ通う気があるかを確認した。
 エヤとミケは、俺がどう思う? という前に前のめりになってぴしっと手を挙げてきた。

「たぬきの塾、また来たいだす!」
「われも」
「…………そうか。じゃあ決まりだな」

 俺はそのやり取りを見ていた大志さんの方に改めて身体を向けた。
 大志さんも姿勢を正して座り直す。

「改めまして……大志さん、どうぞエヤとミケをよろしくお願いします」

 誠意を込めてしっかりと手をついてお辞儀をした。隣でそれを見ていたエヤが、俺の真似をして同じように礼をする気配を感じる。エヤの反対側では、ミケがちょこんと正座をして頭を下げた。

「はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」

 大志さんはそう言って明るく笑った。もう一度大志さんと握手を交わし、ようやく俺はずっと胸に突っかかっていた難題を一つクリアすることが出来た。
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