魔法狂騒譚

冠つらら

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五部

87/鑑定士の弱点

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 ゾマーは、ダッドレアの目を眩ますと、そのまま姿勢を低くしてダッドレアの視界から消え、素早く背後まで回った。ティーリンの腕輪は、予想以上にゾマーの言うことを聞いてくれる。

 がむしゃらに腕を振り回して暴れているダッドレアの背中に向かって、拘束術を撃ったが、ダッドレアが振り回している攻撃が見事にそれを跳ね除ける。

 ゾマーは舌打ちをすると、目を開けようとしながらこちらを振り返ろうとするダッドレアに向かって大声で叫んだ。

「お前は、ランドフル・デルグナーを追い出した!」

 そして反対の手で持っている杖翼で白いレーザーを放った。

「お前はなぜバルクに従うんだ!?近代科学魔法を、なんだと思っているんだ!?」

 ダッドレアはゾマーの苛立った声を聞くと、右目をぎょろりと大きく開ける。微かに視界が戻ってきているようだ。

「“進化”に、決まっているだろう!鉱物とともに、新たな人類社会を形成することの美しさを、君は想像できないのか!?」
「想像できないね!確かに鉱石は美しいけれど、人間のために利用するためのものじゃない!あんたたちの創る世界なんて、たかが知れている!お前たちのやろうとしていることは、社会の“退化”だ!」

 ダッドレアの攻撃をかわしながら、ゾマーは大量の羽をダッドレアに向けて撃った。

「あんたが見ているのは鉱物のなんなんだ!?その美しさだけじゃないのか!?表面だけを見て、都合のいいように自分のものにしようとするな!」
「何を言う!?私の審美眼に、曇りはないんだよ。バルクもそうだ。彼のような魅力のある人間こそが、真の理想郷を作り上げるんだよ!」

 ダッドレアの表情は狂気に満ちている。自己陶酔、そしてその信心深さが、彼の梯子を外したのだ。

「そんなの、今と同じで思想の汚染された世界だ!誰もが歓迎する理想郷なんて、どこにも作れない!」
「君は頭が固いようだね。まだ若いのに、とんだ悲劇だ」

 ダッドレアは口角を上げて笑うと、襲ってくる羽に肌を割かれても、嬉しそうにゾマーに向かって歩いてきた。

「私の眼に間違いはない。君は、憐れだ」

 そして腕輪をゾマーに向けてきた。ゾマーは床に手をついて、その場から動こうとしなかった。ゾマーの視線は、ダッドレア越しに見えるティーリンを捉えていた。シュタイフォードの蔦で作られた怪物に、立ち向かっている。

 ゾマーはぐっと表情に力を入れると、小さく口を動かした。その言葉は何を言ったのかは分からなかった。

「さぁ、価値も知らない少年よ、その鉱石も私に渡すんだ!」

 ダッドレアがゾマーに腕を大きく振りかざそうとしたその瞬間、ゾマーの床につけた掌から、パリパリという音が聞こえ、同時に、床の表面に氷が走っていった。一気にスケートリンクのように凍り付いてしまったその床に足を取られたダッドレアは、自らの腕を振り下ろした勢いで、そのまま見事に転んでいった。

「ティーリン!」

 ゾマーの声に、ティーリンは一瞬だけ振り返ると、床の表面を氷が走ってくるのを確認し、小さく頷いて飛び上がった。

「ファライタスク!」

身体を宙に浮かせた瞬間、ティーリンは蔦の怪物の頭部に杖翼を突き刺し、すぐに怪物を蹴った反動で身体を離して着地した。

蔦の怪物は、頭部から蔦で出来た体がごちゃごちゃと絡まっていき、そのまま混乱したように苦しみだした。そして氷上の床に体を滑らせながら、動きがだんだんと大人しくなり、蔦は腐ってしまった。

ティーリンは咄嗟に身を翻し、背後からティーリンに殴りかかろうとしてきたダッドレアの足元に向かって杖翼を向ける。

「フーギィルイェル!」

 すると、ピアノ線のような細くて丈夫な糸が、ダッドレアの足元に絡みついた。

「スィンダ!」

 再び体勢を崩したダッドレアに向かって、ゾマーが腕輪を向けて叫んだ。

 ゾマーの攻撃をまともに食らったダッドレアは、一瞬その顔が硬直すると、すぐにふにゃふにゃと表情は溶けていった。ドサッと倒れたダッドレアは、骨のない軟体動物のと見間違えるほど、その場にとろけたように寝転がった。動こうとしても、タコのように動くことしかできなかった。

 口元にも力が入らないようで、幼児のような表情でゾマーを見上げる。

「…残念だけど、俺はもうそこまで自分を憐れだとは思ってないんだよな」

 ゾマーはニヤッと笑うと、ダッドレアの腕輪を外した。美しい光沢をもつその鉱石は、そのポテンシャルの最大まで輝いているように見える。ダッドレアが鉱石を愛し、近代科学魔法に傾倒していたことは、どうやら嘘ではないようだ。

 確かに審美眼はあるのかもしれない。だが、その価値を見誤っていることを認められないことが、彼の欠点だったとも言えるだろう。
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