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四部
59/底なしの
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ハイディの屋敷のサンルームは、シュタイフォードの憩いの場所だ。不気味な湿気を感じるが、シュタイフォードはそれを好んでいるらしい。
リルは、居心地の悪さを感じてサンルームを出た。シュタイフォードは今、執政府に赴いている。古代魔法保護団体から執政府に入った人間に呼び出されたらしい。リルは嫌な予感がしていた。
執政府の動きは、流石のリルも知っていた。どこにも所属せず、鬱陶しい人間たちの代理人を務めている。いわばリルも執政府で働いているようなものだ。自力でかき集めた情報だけでも、バルク・ヤーンが陰で動いていることは予測できる。前代表である彼の叔母は、リルの父親のかつての上司だ。二人はどうにも相性が悪く、リルの父親は現在、執政府をやめ、ハイディ家の次の跡取りであり、シュタイフォードの娘であるリルの母親とともに、土地区画管理局で働いている。代表を務めるのはリルの母親だが、二人で仲良く働いているようだ。そのため、二人は各地方を飛び回っている。リルは、そんな両親の選んだ道が信じられなかったが、今なら少しくらいは分かる気がしていた。
リルは、ハイディ家の当主になることは無理でも、執政府に取り入り、自分だけの地位を築き上げようとしていた。しかし今の執政府には、そんな魅力がなかった。
バルク・ヤーンが牛耳っている今の組織は、この社会に目を向けてなどいない。これでは、争いが収まるはずがない。魔法統一論を唱え始めた頃から、計画は始まっていたのだ。思えば、あれも唐突なものだった。各自の得手不得手はあったものの、それを取り立ててとやかく言う人間は少なかった。それはむしろ愚かな者がするという認識だった。それなのに、いつからそれが正義となったのだろうか。
もはや真相は闇に葬られ、それを覗き見ることができる人間は残っていない。あの時、突如として降ってきた魔法統一論という都合の良い存在は、そのまま姿を隠してしまった。残ったのは、煽動された人々と洗脳環境だけだ。行き場のない戦いにどうしてそこまでのめりこめるのか。自分たちの愚かさに気づくことは永遠にないと思えた。そしてそれが私たちに望まれた姿だと、知りたくはなかった。
知らないうちに、理想の民を演じてしまっていた。いや、演じたという言葉も相応しくはないだろう。彼らが期待した姿を、私たちは見事に体現した。彼らの野望や利益をもたらすためだけに、私たちは動かされていたのだ。
サンルームを出ると、少しだけ空気が軽くなった。リルは、サンルームの扉を振り返った。
-お爺様の本心は、どこにいってしまったのかしら…
幼いころから共に過ごし、たくさんの魔法を教えてもらった。厳しい人だと思われがちだが、実際は、幼いリルに対しては普通のお爺ちゃんだった。五歳を過ぎた頃から、次第にその優しさが減ってきたことは分かっていた。しかしそれは愛の一種だと思っていた。
ハイディ家は、普通の生活はできない。その前提があるからこそ、厳しくならざるを得ないことだってある。リルはそれを承知していた。だから、シュタイフォードのことは尊敬のできる大好きなお爺ちゃんのままだった。いつか、兄がその姿を継ぐ。そう思っていた。
しかし、兄はそんなリルの予想に反して病気で亡くなった。魔法でも直せないことがある。この時リルは、人体の儚さを知った。同時に、その虚しさも知った。兄の無念は自分が果たそうと誓った。兄の意志を継いで、自分がみんなを導こうと。
だがシュタイフォードはそうは思っていなかった。ティーリンを連れてきて、幻だと思っていた墓守のダニーまで連れてきた。わざわざダニーにティーリンを監視させてまで、シュタイフォードは彼に期待をしている。
リルは自分の無力さを思い知った。いくら努力しても、あの人には認めてもらえない。それならば、いつか自分の手で、あの人に認めてもらえるような魔女になりたい。私の方にも目を向けて欲しい。少しでいいから、よくやったね、と微笑んで欲しかった。
それなのに、そんなことはもう望めないと分かってしまった。シュタイフォードは今、自分のことしか見ていない。近代科学魔法研究所が社会的に認められてからは。彼らがその名声を得てからは、リルのこともティーリンのことも見ていない。ティーリンに至っては、自分がもうなれないその姿を重ね合わせているだけだ。ティーリンを執政府の中枢の席に座らせ、魔法統一論で古代魔法を唯一のものとする。
純粋にそんな野望を燃やしているのだ。執政府の連中に利用されていても、それでも、自分が愛し、もはや自分そのものでもある古代魔法を守りたいだけだ。
執政府の連中が、シュタイフォードのその純真すぎる心を弄んでいると気づいたとき、リルは怒りで震えた。悔しくて、自分のことではないのに涙が出た。
例え近代科学魔法研究所がダッドレアによって潰されようとも、古代魔法で世の中を統一できたとしても、その世界はすぐに壊される。バルク・ヤーンたちにとっては、この世界はもはや不用品、ゴミだ。
広大な大地、豊かな自然や文化の土壌がある、あちらの世界で、新たな民族を作り上げるのだ。私たちは、もはや出番を終えた操り人形だ。その糸を切って、奈落の底へと見捨てられる。
シュタイフォードはこのことを知っているだろうか。もし、知ったとしたら、何を思うのだろうか。今、彼の心はここにない。どこにもない。彼が隠してしまった以上、他人には見つけられない。
リルはとぼとぼと廊下を歩いた。表情は暗く、その速度はいつもの半分だった。しかし、その背筋はまっすぐに伸びている。
「ダニー」
そして、誰もいない廊下に向かって声をかけた。
「お爺様と話がしたいの」
すると、青い光がぼうっと飛んできた。リルがその光に触れると、辺りは深海のような藍に包まれる。
リルの目の前には、小さくなって丸まっている老人がいた。だいぶ弱っているように見える。リルは一歩、その老人に近づいた。
「お爺様」
リルの声に、老人が顔を上げた。その老人の顔はシュタイフォードによく似ている。しかし実際の彼よりも十歳以上は老けているように見える。皺だらけの顔を、老人はくしゃっと緩ませた。
「リル、来てくれたのか」
「ええ。遅くなってごめんなさい」
リルが動くと、本当に深海の中にいるように、泡が彼女の周りを囲った。
「何を言っている。いつも会っているではないか」
「そうね。お爺様とは毎日のように会っているわ。だけど、彼は心を見せてくれないじゃない。それは、会っているとは言えないわ。私はマネキンに会いたいわけではないの」
「相変わらず、言い訳が聞かない子だね」
「お爺様に似たのよ」
リルは、くすくすと笑った。
「なぜ、私に会いに来た?」
「お爺様の本心が知りたいの。もう、彼は捨ててしまったかしら?」
「ははは。そうだの。しかしまだ、欠片くらいは残っているだろう」
老人はにっこりと笑うと、じっとリルを見上げる。
「お爺様は、執政府の企みを知っているの?」
「リルはどう思う?彼が何も考えずにただ無心で献金を続けると思うか?執政府が古代魔法の肩を持つと、うまいことを言ったとして、それを正面から信じる男か?」
「……いいえ」
リルは眉をひそめる。
「でもそうしたら、なぜ執政府の言いなりのままなの?禁忌術だって、利用されて終わるだけよ」
「あいつは、誰よりも野心が強い。そう育てられ、周りにけしかけられ、同時に蔑まれてきたのも原因だろう。今よりも、人々の心は豊かだったかもしれん。しかし、余裕はなかった。彼は、そんな時代に青春を過ごし、周りに対する憎悪を、奴らを見返すためのエネルギーに変えた。それを可能にしたのも古代魔法のおかげ。彼のエネルギーが、強力な力となったんだ。彼を苦しめたハイディ家という呪縛から救ったのは、古代魔法だ。彼はそんな大事な相棒を見捨てるわけにはいかないんだよ」
「…………」
リルは腕を組んで考え込んだ。
「お爺様は、執政府を逆に利用しようとしていたの?」
「当初は、そう思っていただろう。言いなりになって、禁忌術を解禁し、時を見て執政府を乗っ取る。そんなことを考えていただろう。だが、厄介なことに近代科学魔法研究所まで新たな研究を始めた。そしてそれがもうじき完成する。禁忌術の方は、まだ紐ときが終わっておらん。未完成のまま扱うのは身を滅ぼすだけだ。彼は今、焦っている」
「執政府の野望の方が、先に果たされるのね」
「そうだろう。そもそも、バルク・ヤーンは、その叔母とともに長年に渡っていくつもの計画を立てていた。予想以上に社会の興味を逸らすことにも成功した。リル、君はこの言葉が嫌いなのは知っているが、奴らは運が良かった。新代表が成り上がりの自己主張の弱い人物だという追い風もあった。今、執政府と止める者はだれもおらん」
「お爺様は…?」
「彼にも無理だ。彼は、焦るあまり大事なものを捨ててしまった。彼の本心、古代魔法に対する敬意も。そして、リル、君に対する愛も…」
「…そんなことはないわ」
リルは顔をしかめた。老人の言うことを信じたくない様子だった。
「ティーリンが現れてから、彼の関心はそちらにしか向かなくなった。彼を思い通りに育て上げ、ハイディ家の栄華に貢献してもらう。古代魔法への執着の他は、彼はもうそれくらいしか考えられない。彼も老いた。本当なら隠居してもいいものを、彼はどこまでも止まらない。余裕などもうないんだ。リルはロボットを見たことはないと思うがね、もう、壊れて暴走しているロボットのようなものだ」
「……私に、できることはないの?」
「…本人に聞いてごらん。私のような捨てられた心ではなくてね」
老人が優しく微笑んで、リルを愛おしそうに見る。
「……会えて嬉しかったよ、リル。私は君のことを、いつだって見守っているよ。君の努力には、いつも驚かされる。これからも、君の道を進んでいくといい」
老人がそう言うと、視界が泡で包まれた。リルは、海がうねる音を聞きながら、そっと目を開けた。
「ダニー、……ありがとう」
そして、虚ろ気な目で足元を見つめた。
リルは、居心地の悪さを感じてサンルームを出た。シュタイフォードは今、執政府に赴いている。古代魔法保護団体から執政府に入った人間に呼び出されたらしい。リルは嫌な予感がしていた。
執政府の動きは、流石のリルも知っていた。どこにも所属せず、鬱陶しい人間たちの代理人を務めている。いわばリルも執政府で働いているようなものだ。自力でかき集めた情報だけでも、バルク・ヤーンが陰で動いていることは予測できる。前代表である彼の叔母は、リルの父親のかつての上司だ。二人はどうにも相性が悪く、リルの父親は現在、執政府をやめ、ハイディ家の次の跡取りであり、シュタイフォードの娘であるリルの母親とともに、土地区画管理局で働いている。代表を務めるのはリルの母親だが、二人で仲良く働いているようだ。そのため、二人は各地方を飛び回っている。リルは、そんな両親の選んだ道が信じられなかったが、今なら少しくらいは分かる気がしていた。
リルは、ハイディ家の当主になることは無理でも、執政府に取り入り、自分だけの地位を築き上げようとしていた。しかし今の執政府には、そんな魅力がなかった。
バルク・ヤーンが牛耳っている今の組織は、この社会に目を向けてなどいない。これでは、争いが収まるはずがない。魔法統一論を唱え始めた頃から、計画は始まっていたのだ。思えば、あれも唐突なものだった。各自の得手不得手はあったものの、それを取り立ててとやかく言う人間は少なかった。それはむしろ愚かな者がするという認識だった。それなのに、いつからそれが正義となったのだろうか。
もはや真相は闇に葬られ、それを覗き見ることができる人間は残っていない。あの時、突如として降ってきた魔法統一論という都合の良い存在は、そのまま姿を隠してしまった。残ったのは、煽動された人々と洗脳環境だけだ。行き場のない戦いにどうしてそこまでのめりこめるのか。自分たちの愚かさに気づくことは永遠にないと思えた。そしてそれが私たちに望まれた姿だと、知りたくはなかった。
知らないうちに、理想の民を演じてしまっていた。いや、演じたという言葉も相応しくはないだろう。彼らが期待した姿を、私たちは見事に体現した。彼らの野望や利益をもたらすためだけに、私たちは動かされていたのだ。
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しかし、兄はそんなリルの予想に反して病気で亡くなった。魔法でも直せないことがある。この時リルは、人体の儚さを知った。同時に、その虚しさも知った。兄の無念は自分が果たそうと誓った。兄の意志を継いで、自分がみんなを導こうと。
だがシュタイフォードはそうは思っていなかった。ティーリンを連れてきて、幻だと思っていた墓守のダニーまで連れてきた。わざわざダニーにティーリンを監視させてまで、シュタイフォードは彼に期待をしている。
リルは自分の無力さを思い知った。いくら努力しても、あの人には認めてもらえない。それならば、いつか自分の手で、あの人に認めてもらえるような魔女になりたい。私の方にも目を向けて欲しい。少しでいいから、よくやったね、と微笑んで欲しかった。
それなのに、そんなことはもう望めないと分かってしまった。シュタイフォードは今、自分のことしか見ていない。近代科学魔法研究所が社会的に認められてからは。彼らがその名声を得てからは、リルのこともティーリンのことも見ていない。ティーリンに至っては、自分がもうなれないその姿を重ね合わせているだけだ。ティーリンを執政府の中枢の席に座らせ、魔法統一論で古代魔法を唯一のものとする。
純粋にそんな野望を燃やしているのだ。執政府の連中に利用されていても、それでも、自分が愛し、もはや自分そのものでもある古代魔法を守りたいだけだ。
執政府の連中が、シュタイフォードのその純真すぎる心を弄んでいると気づいたとき、リルは怒りで震えた。悔しくて、自分のことではないのに涙が出た。
例え近代科学魔法研究所がダッドレアによって潰されようとも、古代魔法で世の中を統一できたとしても、その世界はすぐに壊される。バルク・ヤーンたちにとっては、この世界はもはや不用品、ゴミだ。
広大な大地、豊かな自然や文化の土壌がある、あちらの世界で、新たな民族を作り上げるのだ。私たちは、もはや出番を終えた操り人形だ。その糸を切って、奈落の底へと見捨てられる。
シュタイフォードはこのことを知っているだろうか。もし、知ったとしたら、何を思うのだろうか。今、彼の心はここにない。どこにもない。彼が隠してしまった以上、他人には見つけられない。
リルはとぼとぼと廊下を歩いた。表情は暗く、その速度はいつもの半分だった。しかし、その背筋はまっすぐに伸びている。
「ダニー」
そして、誰もいない廊下に向かって声をかけた。
「お爺様と話がしたいの」
すると、青い光がぼうっと飛んできた。リルがその光に触れると、辺りは深海のような藍に包まれる。
リルの目の前には、小さくなって丸まっている老人がいた。だいぶ弱っているように見える。リルは一歩、その老人に近づいた。
「お爺様」
リルの声に、老人が顔を上げた。その老人の顔はシュタイフォードによく似ている。しかし実際の彼よりも十歳以上は老けているように見える。皺だらけの顔を、老人はくしゃっと緩ませた。
「リル、来てくれたのか」
「ええ。遅くなってごめんなさい」
リルが動くと、本当に深海の中にいるように、泡が彼女の周りを囲った。
「何を言っている。いつも会っているではないか」
「そうね。お爺様とは毎日のように会っているわ。だけど、彼は心を見せてくれないじゃない。それは、会っているとは言えないわ。私はマネキンに会いたいわけではないの」
「相変わらず、言い訳が聞かない子だね」
「お爺様に似たのよ」
リルは、くすくすと笑った。
「なぜ、私に会いに来た?」
「お爺様の本心が知りたいの。もう、彼は捨ててしまったかしら?」
「ははは。そうだの。しかしまだ、欠片くらいは残っているだろう」
老人はにっこりと笑うと、じっとリルを見上げる。
「お爺様は、執政府の企みを知っているの?」
「リルはどう思う?彼が何も考えずにただ無心で献金を続けると思うか?執政府が古代魔法の肩を持つと、うまいことを言ったとして、それを正面から信じる男か?」
「……いいえ」
リルは眉をひそめる。
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「あいつは、誰よりも野心が強い。そう育てられ、周りにけしかけられ、同時に蔑まれてきたのも原因だろう。今よりも、人々の心は豊かだったかもしれん。しかし、余裕はなかった。彼は、そんな時代に青春を過ごし、周りに対する憎悪を、奴らを見返すためのエネルギーに変えた。それを可能にしたのも古代魔法のおかげ。彼のエネルギーが、強力な力となったんだ。彼を苦しめたハイディ家という呪縛から救ったのは、古代魔法だ。彼はそんな大事な相棒を見捨てるわけにはいかないんだよ」
「…………」
リルは腕を組んで考え込んだ。
「お爺様は、執政府を逆に利用しようとしていたの?」
「当初は、そう思っていただろう。言いなりになって、禁忌術を解禁し、時を見て執政府を乗っ取る。そんなことを考えていただろう。だが、厄介なことに近代科学魔法研究所まで新たな研究を始めた。そしてそれがもうじき完成する。禁忌術の方は、まだ紐ときが終わっておらん。未完成のまま扱うのは身を滅ぼすだけだ。彼は今、焦っている」
「執政府の野望の方が、先に果たされるのね」
「そうだろう。そもそも、バルク・ヤーンは、その叔母とともに長年に渡っていくつもの計画を立てていた。予想以上に社会の興味を逸らすことにも成功した。リル、君はこの言葉が嫌いなのは知っているが、奴らは運が良かった。新代表が成り上がりの自己主張の弱い人物だという追い風もあった。今、執政府と止める者はだれもおらん」
「お爺様は…?」
「彼にも無理だ。彼は、焦るあまり大事なものを捨ててしまった。彼の本心、古代魔法に対する敬意も。そして、リル、君に対する愛も…」
「…そんなことはないわ」
リルは顔をしかめた。老人の言うことを信じたくない様子だった。
「ティーリンが現れてから、彼の関心はそちらにしか向かなくなった。彼を思い通りに育て上げ、ハイディ家の栄華に貢献してもらう。古代魔法への執着の他は、彼はもうそれくらいしか考えられない。彼も老いた。本当なら隠居してもいいものを、彼はどこまでも止まらない。余裕などもうないんだ。リルはロボットを見たことはないと思うがね、もう、壊れて暴走しているロボットのようなものだ」
「……私に、できることはないの?」
「…本人に聞いてごらん。私のような捨てられた心ではなくてね」
老人が優しく微笑んで、リルを愛おしそうに見る。
「……会えて嬉しかったよ、リル。私は君のことを、いつだって見守っているよ。君の努力には、いつも驚かされる。これからも、君の道を進んでいくといい」
老人がそう言うと、視界が泡で包まれた。リルは、海がうねる音を聞きながら、そっと目を開けた。
「ダニー、……ありがとう」
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