魔法狂騒譚

冠つらら

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二部

26/夢

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 「惜しかったな、ツィエ!」

 ゾマーは、リケッジレースで四位となった親友を労うように、ツィエの肩を叩いた。

「あと少しだったのになぁ」

 ツィエは、悔しそうにそう言って舌を出した。しかしその表情は、言葉とは裏腹に晴れやかなものだった。

 後仕舞いを終え、二人は遊戯場を後にする。

「でもこれまでで最高記録だろ?前は六位だっけ?」
「そう。だから結果は上々だよ」

 ツィエは、ぴょんっと飛び跳ねる。

「いい感じじゃん」
「ゾマーは、こういうレースとか出場したことないよね」
「俺はそういうタイプじゃないからな」
「負けず嫌いなのに?」
「は?俺、負けず嫌いなの?」

 ゾマーは、ポカンとした顔をした。本当に自覚がないようだ。ツィエは、思わずつんのめった。

「ま、いいか。…あー!お腹すいた!ちょっと寄っていかない?」

 ツィエは、前方に見えるカフェ・ジジを指差した。

「いいよ。四位祝いしてやる」
「やったー!」

 二人は、そのままカフェ・ジジへと入った。いつもよりは空いている店内で、二人は壁際の小さなテーブル席に座った。

「ねぇ、父さんが最近言ってたんだけどさ…」

 ツィエの四位を祝福する乾杯をした後、ツィエが思い出したように口を開いた。

「研究所の代表が変わったって本当?」

 ツィエの父親は、現在記者をしている。近代科学魔法の知識も豊富な父親は、研究所の関係者とも親しかった。

「そうみたい。他の生徒が話してるの聞いた」
「親からは何も聞いてないの?」
「何も言ってこないな。基本的に、俺がここに入ってからは仕事の話だんだんしなくなってたから」
「へぇ。そうなんだ」
「前の代表には、小さいころ会ったこともあるし、ちょっと寂しいけどな」

 ゾマーは、残念そうな顔をする。

「俺も前に会ったことある。面白い人だったな。ゾマーの両親とも仲が良かったよね?」
「ああ。お世話になったって、よく言ってた」
「でも、ランドルフ、もう三か月以上姿を見ないって、父さんが言ってたんだ。ちょっと心配だよね」
「そうなのか?普通に引退したのかと思ってたんだけど…。旅行に行ってるとか?」
「ね。旅行好きな人だけど、あんまり消息が分からないと、気になっちゃうな。どこかでこっそり隠居でもしてるのかな」
「そうであって欲しいけどな」

 ゾマーは、そう言って渇いたのどを潤した。その後二人は、今日のリケッジレースの感想を語り合った。今日は、皆、いつにも増して興奮していた。
 きっと、ここ最近の校内でのいざこざに鬱憤がたまっていた生徒も多い。このタイミングでレースが開催され、生徒たちにとっては、気晴らしになったことだろう。

「ツィエ!」

 二人が盛り上がっていると、誰かがツィエを呼んだ。先ほど、ツィエと同じくレースに出ていた生徒達だ。

「今日はお疲れ様。これから出場者たちでパーティーするんだけど、ツィエも来る?」
「ほんと?行く行く!」

 ツィエは、嬉しそうに笑った。ゾマーは、ツィエを手を振って送り出し、そのまま一人残ってレースの余韻に浸っていた。

「ゾマーは出てなかったんだ」

 すると突然背後から、耳当たりの良い声が聞こえてきた。ゾマーがびくっと肩を上げて振り返ると、レティが一人で窓際のボックス席に座っている。またクランベリー色のジュースを飲んでいる。

「レティ、お前いたのか」

 ゾマーは、心臓をバクバクさせたままほっとした顔をしていた。急に声がしたため、自分でも意外なほどに驚いてしまった。

「俺はそういうの出ないんだよ」

 ゾマーは、自分のグラスと食べかけのポテトが乗ったお皿を持ってレティの向かいの席に座った。

「うん。知ってる」
「なんでだよ」

 ゾマーは、レティの返事に、力の抜けた笑顔を見せる。

「ゾマーのことは、私、色々知ってる」
「どういうこと?」
「…引かない?」

 レティは、恥ずかしそうにもじもじとした。

「前に俺の夢を聞いて引かなかっただろ?だから俺もお前の話には引かないから」

 ゾマーは、フォークを持って得意げに言った。

「そっか…」

 レティは、ポテトを食べ始めたゾマーを見て、ぽつりと呟いた。その眠そうな目は、ゾマーがおいしそうにポテトを食べているのを、しばらくじっと見つめている。

「…言わないんかい」

 しばらくしても話そうとしないレティに、ゾマーはイーッと口を開いて笑いかけた。

「…………ねぇゾマー、前に、私が言ったこと覚えてる?」
「どれだ?」
「ほら、東寮で、初めて会った時」
「ああ、あれか。泥棒の注意喚起をしてくれたやつね」

 ゾマーは、当時を懐かしむように言った。ここのところ、ゾマーの精神は落ち着いている。ティーリンに言いたいことを言ったせいなのか、以前に比べて、心はすっきりとしていた。

「あれね、本当は違うの」
「ん?どういうこと?」

 レティは、口をもごもごとして躊躇っている。

「あれはね、もっと違うことが言いたかったの。だけど、あの時の私には勇気がなくて…」
「なんだよ。秘密裏に研究ができる度胸があるのに、そんなに躊躇うことって」

 ゾマーは、茶化すように言った。

「うん。分かる。…だけど、ちょっと自信もなくて…。でも、黙っているのも嫌だから、誰かに話して、共有したかったの」
「何を?」
「私、研究してる魔法で、まだ未完成なものも多いから、たまに暴発しちゃうことがあるの。それでね、ずっと前に密偵の術を試してみたの。なんか、調査とかに使えるかなって思って。だけど、それがなんか間違えちゃったみたいで、その日、変な夢を見たの」
「夢?」
「うん。私は、ここじゃない場所にいて、知らないどこかを空から見てる感覚だった。それで、しばらくして、これはこの世界じゃないって気づいた。あれは、表の世界だった。行ったこともないけれど、映像とか資料では見たことあったし、きっとそうだと思う。…それで、しばらくただ色んな街を眺めるっていう夢を、何日か見たの」

 レティは、どぎまぎしながら話していた。おかしな奴だと思われるだろうか。いや、既にもうそう思われているかもしれないけれど。

「それで、四日目のある日、また夢を見た。その夢は、前までと何か違ったの。世界が、すっかりと荒廃していて、前みたいな活気も、穏やかな営みも見えなかった。おかしいな、と思って、周りを見回したら、そこに、いないはずの人がいたの」
「誰?」
「魔法使いよ」
「え?」
「私たちの世界の人間。そんなのが、何人もいて、不気味な笑顔で歩いてた」
「……」
「よく見たら、広告とか、そういうのが全部、向こうの人たちを迫害するような内容になってた。みんなを、魔法で従えて、まるでペットとか、奴隷のように扱っていたの。前に習った…恐怖政治みたいな感じだったかな。この世界が、向こうの世界を乗っ取ってた。彼らが築いた文化も、生活も、すべて奪って、自分のものにしていたの。全てを奪って、全てを塗り替えていた。大地も、彼らの英知も、全部。もうそこにいるのは、私の知っている表の世界の人間ではなかったし、私の知っているこの世界の人間たちでもなかった。けど、魔法がそうさせたのだけは分かった」

 レティの声が、少し震えた。恐怖と怒りで、レティは泣きそうな顔になった。

「でも、これは夢だって、夢だって思うでしょう?私もそう思った。だけど、そうじゃないって、思うことがあって…」
「…何があった?」
「近代科学魔法研究所の、ランドルフが消えたでしょ?私の夢は、彼が消えるところから始まったの」

 ゾマーは、冷や汗をかいているのが分かった。レティの表情を見ていれば、ふざけて言っているようには思えなかった。もしそうなら、彼女は大女優になれる。

「この夢を見始めたのは、もうずっと前で、それで、私、こわかったから、ただの夢だろうって思いながらも、いざという時に頼れる人を探していたの。この学校なら、優秀な人も多いし、きっと誰かいるだろうって」

 レティは、ゾマーを真っ直ぐに見る。

「それで、ゾマー。私は、あなたをずっと見てた」

 レティの力強い声色に、ゾマーはフォークを落とした。いつもどちらかというと柔らかな声で話す彼女が、こんな声を出すなんて。

「ずっと、あなたのことを観察してた。この人なら、頼れる気がするって」
「…え?…なんで?」

 ゾマーは、そう言うしかできなかった。別に、大した能力も才能もなく、近代派の中で、他の生徒と比べて少しだけ目立っているだけだ。ゾマーは、手から力が抜けていくのを感じた。

「それは、ゾマーの夢を聞いたから」
「え?でもそれは、ついこの間…」
「違う。もっと前から知ってた」

 レティは、ポケットから貝殻を取り出した。

「この時から、あなたの夢は知っていた」

 ゾマーは、レティが差しだす貝殻を受け取ると、恐る恐るその貝殻を耳にあてた。すると、その貝殻からかつての自分の声が聞こえてきた。ツィエと未来を語り合っている時だ。

「なんでこんなのを…」

 ゾマーは、貝殻を耳から離し、答えを求めるようにレティを見る。

「…私は、あなたの夢に興味を持った。表の世界を救えるのは、きっとそういう信念を持った人」

 レティは、凛然な目でゾマーを見た。

「例え、その夢が危うくとも、きっと……きっと大丈夫」

 レティは、自分にも言い聞かせているように言った。その声は、まだ迷いが見えた。それでも、ゾマーのことを信頼しているようにも見える。

「あなたの持つ強い心に、私も希望を見出せそうだって」
「……なんだよ。そんな大げさな…」

 ゾマーは、話に置いて行かれているような気がして、思わずその笑顔が固まった。

「表の世界が、なくなってもいいの?」
「…………いいわけないだろう」

 レティの言葉に、ゾマーは反射的にそう答える。

「なくなっていいわけがないだろう。俺たちは、彼らの勇気に希望をもらっているんだ。そんな彼らの未来を壊すなんて、許せるわけないだろう」
「ゾマーならそう言うと思った」

 レティは、少しだけ安心したように小さく頷いた。

「ただの夢だって、思ってくれてもいい。だけど、私は、ゾマーのそういう彼らに対する考えは、素敵だと思う」

 そこまで言うと、緊張が解けたのか、レティは強張っていた表情を崩した。

「…ただの夢かどうかは、まだ判断しないでおく」

 ゾマーは、まだ理解しきれていない頭の中を一旦落ち着かせて、ポテトの乗ったお皿をレティに少し近づけた。

「お腹空いただろ?食べろよ」

 ゾマーの気遣いに、レティは嬉しそうに笑った。

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