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二部
25/リルの手紙
しおりを挟むハイディ家の洋館を訪ねてから数日後、ティーリンのもとに、一通の手紙が送られてきた。差出人は書いていなかったが、その筆跡と染みついた煙の匂いから、リルのものだと分かった。
ティーリンはベッドに腰を掛け、その手紙に目を通した。廊下からは、生徒が数人駆けていく音がする。今日は、リケッジレースの日だ。有志を募って、遊戯場でタイムトライアルレースを行うらしい。
「……なんだこれは」
ティーリンはそんな生徒達には目もくれず、手紙の内容に唖然とした。そして、無造作に積んでいた新聞を手に取った。最近は、あまり読めていなかった。
リルの手紙には、ランドルフが手紙を残して行方不明になったことと、ハイディ家の古代魔法保護団体への献金についてのことが書いてあった。ランドルフについては、やはり不審な点が多いことが確信できたが、ハイディ家の献金の件については、リルから情報を得ることができるとは思っていなかった。
リルも、列記としたハイディ家の人間だ。その彼女の誇りを、ティーリンも知っている。だからリルにこの話を聞く気にはなれなかった。
しかし、手紙には、ハイディ家の献金の一部が、不当に消えているという噂が記してあった。多額の献金をしているにもかかわらず、古代魔法保護団体の記録と、どうやら相違があるらしい。
保護団体側がその懐に入れているのか、それは分からなかったが、時を同じくして、執政府に保護団体の人間が入ってきたらしい。政にさほど詳しくもない人間が執政府に入ることなどあるのだろうか。
ティーリンは違和感を覚えた。
一度、頭の中を整理してみることにした。ティーリンは、仮説を立てて、それを脳内で組み立てる。
まず、ランドルフの件。これは、黒幕がいるだろう。恐らく執政府の中に、何らかの理由で都合が悪くなった者がいて、ランドルフを消した。これに関しては、おおよそ予想通りだ。
次に、献金の件だ。ハイディ家が古代魔法保護団体へ金を送り、そのお金の一部が、保護団体側では記録されていない。しかし、それにシュタイフォードが気付いていないわけはない。つまりは、意図的にそれをさせているということだ。そして、保護団体の関係者が執政府に新たに籍を置いた。そこがよく分からなかった。何故わざわざそんなことをするんだ。
ティーリンは、もう一度考えてみた。シュタイフォード・ハイディとはどういう人だ。
シュタイフォードは、自分の利益を最優先する男だ。自分の力を誇示して、世界を思い通りに動かすことを当然の権利だと思っている。それが当たり前のようにこれまで来た。強力な古代魔法を使いこなし、その力で多くの人を魅了し、従えてきた。そのおかげで、世界の均衡が保たれてきたと思い違いをしている節がある。
近代科学魔法が台頭してきた時、それが初めて揺らいだはずだ。そのため、近代科学魔法の勢力を弱らせるためなら、どんなことでもするかもしれない。それも、自分の姿を公に出すこともなくそれを成し遂げたがるだろう。もう表に出ることは、疲れたとよく言っている。
-もし、献金が、この執政府に入った人間と関係していたとすれば
ティーリンは新聞に目を落とした。“8度目の献金。近代科学魔法研究所への対抗か”、そう書いてある。ついこの間、献金したばかりじゃないか。ティーリンは、文字を睨みつけた。
この献金の一部も、記録から抹消されている。リルの手紙には、そのことしか記されていない。しかし、リルもきっと違和感に気づいているのだろう。
ハイディ家は、不正に執政府にお金を流しているのではないかと。
そして、この世の中を取り仕切る執政府に取り入り、古代魔法勢力に有利な状況を作ろうとしているのではないだろうか。執政府の連中に唆されたのか、シュタイフォードが自発的に行っているのかは分からない。しかし、彼ならやりかねないだろう。近代科学魔法の力は、日に日に強まっている。もう、シュタイフォードの魅力だけでは、それほど間は持たないだろう。きっと彼は焦っている。自分の築き上げてきた足元が崩れることを、恐れている。
ティーリンは、うなだれて、深くため息を吐いた。
-これでは、彼と同じじゃないか
こんなことで、シュタイフォードと同じ血が流れていることを実感するとは。恨めしいほどに、ティーリンとシュタイフォードはよく似ていた。
すると外から、遠くの方で湧き上がる歓声が聞こえてきた。リケッジレースが始まったらしい。
ティーリンは、ふと窓の外に目を向ける。近代派の生徒たちが、この日を待ち望んでいたことを思い出す。ふと、ゾマーの顔が脳裏に浮かんできた。あの日の会話が、思い出される。
未来への希望を持っているゾマー。どんな形であれ、ゾマーの未来を向く力には、敵わないだろう。
ティーリンの、ぽっかりと空いた心に、冷たい風が吹き込んできた。
自分に足りていないものが、まざまざと浮き彫りになる。どうしてこんなに、惨めに思うのだろうか。
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