魔法狂騒譚

冠つらら

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一部

14/真実

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 「ラティファ?何を言ってるんだ?」

 ゾマーは、縋るような想いでラティファを見た。ずっと一緒に学生生活を送ってきた彼女が、まさかそんなはずはない。

 しかしラティファは、ゾマーをちらりとも見ることはなくティーリンの傍へと歩いて行った。

「ティーリン、あなたが罪を背負わないでください。私が、勝手にやったことなので」

 ラティファのティーリンを見る目は、まるで自分の望んでいたものを見るかのように光が差している。ゾマーは、そんなラティファの見たこともない表情に、ただ驚いていることしかできなかった。

「君は…」
「私はラティファです。母方の名前だと、ラティファ・ニコルズ」
「ニコルズ……」

 ティーリンは、その名前を聞いて瞳孔を開けた。その名前は、前にも聞いたことがある。

「ええ。私の兄は、以前トルードーズの一件で投獄されました」
「…君のお兄さんだったのか」
「はい。両親が離婚して、今は名前が違いますが」

 ラティファは、昔を懐かしむような目をして頷いた。

「私の兄は、トルードーズの一番弟子でした。教授の傍で働けるのが嬉しいと、毎日、とても楽しそうに研究をして、教授との関係も良かったです。私にも手紙をよくくれて…だけど、トルードーズが逮捕されてからは、兄は世間からバッシングに合い、いい加減なことばかり言われるようになりました。兄に押し付けられた罵詈雑言や血のない眼差しは、兄の精神を侵しました。兄は、疑いが晴れた後も、精神を病んで、入院しています。もうしばらくで退院できますが、その後の予定も何もありません。今の兄に明日など見えないのです。兄はトルードーズに騙され、利用され、彼自身の人生を失いました。私は、そんな兄のことがあってから、この学校にいる息子、ランプのことを、なんとなく避けるようになりました。息子に罪はないし、問題も起こしたくなかったから。だけど、ある日、聞いちゃったんです…」

 ラティファは、ぐっとこぶしを握った。その目からは、強い意志が感じられる。

「ランプが、ティーリンのことを、所詮は血も涙もないハイディ家の小間使いだと言っているのを。ハイディ家の血を継ぐ、その正当な血縁を、ティーリンは永遠に切ることができない。ティーリン・ハイディは、その名前から逃れられないんだって。あなたの悪口を…よりにもよって、血統にまつわる話をしていたんです。それを聞いて、私、トルードーズ教授とランプのことは別って思ってたのに、それなのに、この人はそんなことは関係なく、血の繋がりで人を罵倒するんだって。自分は、父親が逮捕されて負い目があるはずなのに。ランプに対して、誰もそんなひどいことは言わなかったのに…!そんなことは棚に上げて、この人はそういうことを言うんだって、絶望したの。私が、私が必死になって兄への想いを封じ込めていたのに…!この人は、何も関係ないんだからって、言い聞かせてきたのに…!いくら古代派が目障りだからって、ハイディ家が自分たちと比べ物にならないからって、妬みだとしても、そんなこと、言わなくてもいいのに…!」

 ラティファは、緑の目を苦痛で歪ませた。

「それで、もういいやって、やってしまおうって、思った。私も、もう疲れたから…」
「ラティファ、でもラティファは、近代派じゃ…」
「ううん。違う」

 ゾマーの問いかけに、ラティファははっきりと首を横に振り、シルバーの腕輪を、そっと撫でる。

「私は、近代派じゃない」
「でも、いつも俺たちといっしょだったじゃないか」
「そうだね。前は、どっちだっていいって思ってた。ゾマーたちも大切な友達だった。近代科学魔法も楽しいって思ってた。だけど、トルードーズの件があって、私が関係者の親族だってのは隠してたけど…そこで、ひどく落ち込んでた。誰にも言いたくないし、言えないし。それで、よく一人で校舎をフラフラしてたの。気を紛らわせようと思って。そんな時、ティーリンが修練しているところを偶然見かけて、その古代魔法の美しさに、思わず見惚れちゃったの。それで…」

 ラティファは、当時のことを思い返すように遠い目をした。



 夕陽の中で、ティーリン・ハイディが幻術の特訓をしているのが見える。最近、幻術学を受けられるようになったから、その予習でもしているのかな。

 ラティファは、建物の傍に立ったまま、ティーリンの姿を見ていた。それだけで、何も考えたくないラティファにとって、ちょっとした気晴らしになった。
 ラティファはそれから度々、ティーリンの自主練習をこっそりと見学するようになっていった。
 ティーリンは、その名前だけではなく、優秀な生徒としても有名だった。入学した時から知ってはいたが、話したことはない。向こうはこちらのことなど知らないだろうし、声をかけるのも気が引ける。
 でも、こうやって姿を見ているだけでも、彼が自分の才能に甘えず、努力しているのがよく見てとれた。ラティファには、それが少し意外だった。仲の良いゾマーとは敵対関係にあるし、ティーリンの良い話なんて、あまり聞く機会がなかったからだ。

「ねぇ」

 ある日、ティーリンがこちらに気づいて声をかけてきた。

「大丈夫?顔色が悪いけど」

 この日は、ゾマーのちょっとした雷術がティーリンの顔をかすめ、ティーリンは頬に絆創膏をしていた。先生から、罰として治癒の魔法を使わせてもらえなかったのだ。

「え?私…?」
「他に誰かいる?」

 ティーリンは、ポカンとしているラティファを見て、くすっと笑った。思ったよりも、少年のような無邪気な笑顔だった。

「元気ないね。何かあったの?」
「えっと…いや、別に…」
「いいよ、言わなくても。言えることばかりじゃないもんね」

 ティーリンはそう言って微笑むと、杖翼を一振りした。

「それっ!」

 すると、可愛らしい子猫の幻影が、ラティファの目の前に現れる。

「…かわいい」

 ラティファは、思わずその子猫を撫でた。幻覚なのに、ちゃんと撫でられる。ラティファは、それが嬉しくて、思わず笑った。

「良かった、うまくできたみたい!」

 ティーリンはラティファが笑うのを見て、嬉しそうにくしゃっと笑った。

「練習した甲斐があった」
「すごいね、もうこんなことできるんだ」
「僕なんてまだまだ修行が足りないよ」
「そうしたら、私なんて修行どころじゃないよ」

 ラティファはくすくすと笑った。こんなに自然に笑えたのは、いつ振りだろうか。

「この魔法はね、単純だけど、ちゃんとその現れたものの性質を肌で感じられるんだ。その柔らかさも、温かさも、今はまだこの古代魔法でしか出せないんだよ」
「ふふふ」
「ん?」
「ううん。なんでもない。でも、なんか、うれしくって…」

 ラティファは、目を細めた。しばらくすると、子猫は消えてしまった。

「もっと鍛錬しないとね。ちょっと時間が短すぎるよね」
「…ティーリンなら、きっとすぐにできるよ」
「だといいな。ありがとう」

 ティーリンは、爽やかに笑った。ラティファは、夕陽に照らされたその笑顔が、ずっと忘れられなかった。



 「…ティーリン、私はあなたに救われたの。だから、ティーリンが不意打ちを食らった時、それも許せなかった。正々堂々と戦うあなたに、卑怯な手は使えないもの」

 ラティファの言葉に、ゾマーは俯いた。

「私、古代魔法が好き。それに、ティーリンのことも応援してる。あなたの魔法はとても美しい。あなたの魔法を見るのが好きだった。…冤罪なんて、絶対だめなの。そんなの、誰のためにもならない。やっぱり間違ってた。私が一番わかってたはずなのに…。私は、自分で罪を償う」
「…ラティファ」

 ティーリンは、何も言えなかった。結局は、自分も動機の一つになっている。それは、とても複雑なことだった。

 ラティファは、シルバーの腕輪を外した。

「ゾマー、私はね、…古代派なの」

 ゾマーの横を通り過ぎるとき、ラティファは申し訳なさそうにそう呟いた。そして、腕輪をその場に落として、そのまま生徒たちの開けた道を歩いて行った。

 残された生徒たちは、何も言えないまま、ラティファの背中を見送った。それから、外野が一人、また一人と去っていく間、ゾマーが顔を上げることはなかった。シャノは、レティにかけられていた術を解いて、その手を取って立ち上がらせた。ティーリンとダニーは、何も言わずにその場を去った。

「ゾマー…」

 ただ一人、ツィエが、ゾマーに声をかけた。

「帰ろう…?」

 ゾマーは、黙ってラティファの置いて行った腕輪を拾った。よくよく見ると、その鉱石はくすんだまま磨かれておらず、あまり使われた様子はなかった。近代科学魔法において、鉱石は、使うほどにその輝きが増し、美しく磨かれるものだ。
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