あら、いらっしゃい。どうもお疲れ様です。

冠つらら

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③ やり直しの熱情

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 放課後になると、慣れない学校生活に疲れ切ったはずのユリアは早速街に繰り出した。

 前世の世界とは違い、かつて憧れたギリシャの古都のような街並みを見ると、はやる心を抑えきれなくなり、ユリアは服を買い漁った。化粧品や装飾品なども形は異なるものの存在している。ユリアはそれも自分好みのものを次々と揃えた。

 お金に関しては、授業の途中で聞きだした、ガミラの家が裕福であるという情報によって何も心配していなかった。両手に戦利品を抱え、足が向かうままにユリアは帰宅した。

 ガミラが言っていた通り、教会のような家はとても立派だった。ユリアはまるでお姫様にでもなった気分になり、出迎える従者に荷物を無造作に渡す。

 従者の一人がお菓子の要望を聞きに来たので、ユリアは思いつくままに食べたいものをすべて伝えた。こちらの世界にそのお菓子があるのかなんて、考えることすらしなかった。

 部屋に戻ったユリアは、大きなベッドに飛び込む。自分専用に造られたみたいに包み込んでくるふかふかに、ユリアは大層満足そうに笑った。

 転生初日だというのに、ユリアはすっかりガミラの身体に慣れたようだ。ガミラのものである服や化粧品をごみを捨てるように部屋の中心に散らかし、今日買ったものを代わりにしまう。

 部屋中から集めたガミラ好みのものは、すべて従者に処分させた。

『お気に入りだったのになぁ』

 残念そうにつぶやく彼女の声などどの感情にも触れることはなかった。

「ごめんね。でも、これからは私の身体だから」

 我が物顔でソファに座り、余裕たっぷりに宣言する。

『そうだけど……容赦ないのね、ユリアは。私よりよっぽど適用能力があるわ』
「あら、ありがとう。何かあったら助けてくれるかしら?」
『喋り方まで似てきてるわ……』

 この場に彼女がいたら、その愛らしい目を丸くしていたことだろう。ユリアは新しい自分の人生に期待を弾ませ、なめるように鏡に映る自分の姿を見る。

「あなたに感謝するわ、ガミラ。こんなに美しくて、お手入れも完璧で」
『……それはどうも』

 恍惚の表情で自分を見ているユリアに呆れたのか、ガミラはその日、寝るまで口数が少なかった。

 翌日から、ユリアは学校でも堂々とした立ち居振る舞いを続けた。

 ガミラから必要な情報だけを聞き、彼女が何か意見を言おうとするとそれをシャットアウトした。ユリアに拒絶されては、ガミラは自由に発言することができなかったのだ。

「ねぇ、ロマノス」

 花びらをとってくれた生徒を見つけ、ユリアは嬉しそうに駆け寄る。とたとたという音がつきそうな小走りに、彼女の髪からは鈴の音が聞こえてきそうだった。

「ガミラ、どうかした?」

 ロマノスが笑うと、白い歯が爽やかに覗く。

「ううん。今日ね、勉強を教えて欲しいの」
「勉強?」
「ええ。昨日の星詠みの授業、よく分からなかったから……」
「なんだ、そういうことか。ガミラが珍しいね。いつも俺なんかより優秀なのに」
「ふふ」

 前世では絶対にしなかったような微笑みをしてみる。ゲームキャラクターを操るよりも簡単にガミラが築き上げてきた仕草が出てくる。ユリアはその可憐さに自分のことながら舌を巻いた。

「じゃあ、放課後にね」
「ああ」

 ロマノスに手を振り、ユリアはルンルンと跳ねるように歩く。ガミラが何かを言いたがっているが、彼女はそれを封じ続けた。

 放課後になると、ロマノスと二人で勉強をした。二人だけの教室で、ユリアはロマノスにぴったりくっつくようにしてノートを覗き込む。

 ロマノスは距離が近いユリアに怯むこともなく、真面目に授業の内容をレクチャーしてくれた。ユリアはたいくつなその内容には一切興味が持てず、ロマノスのきりっと上がった眉毛を見つめる。

 こちらの世界は、皆、容姿が整っていると言えるだろう。美術館で見るような彫刻や絵画を彷彿とさせる彼らの姿に、ユリアは興味津々に顔を近づける。

「ガミラ? 俺の顔、なんかヘン?」

 食い入るように見つめられ、ロマノスは微かに笑い声をあげる。少年のあどけなさを残すその笑顔に、ユリアは胸がきゅんと弾んだ。

「変じゃないよ。でも、授業なんかよりよっぽど興味あるかな」
「……ん?」

 ペンを置き、ロマノスは小首を傾げる。

「ロマノス、かっこいい」

 ニーッと笑い、からかうようにロマノスの肩を小突いた。ガミラの行動に、ロマノスはきょとんとするが、その顔が次第に照れたように眉を下げる。

「ガミラ、今日はなんだか雰囲気が違うね。体調でも悪いの?」
「そんなことない。これが私よ」

 ドンドンと、脳の奥が叩かれる感覚に襲われた。それでもガミラはほんの少し顔を歪めただけで、まだロマノスのことを見つめ続ける。

「熱でもあるんじゃ……」

 表情の変化に気づいたロマノスは、心配そうに手を額に当ててくる。大きな手が小さな額を覆い、ユリアはそれだけで熱を帯びてしまいそうだった。

 この感覚はしばらくなかった。

 誰かに守られるような、そんな喜び。

 ユリアはロマノスを見上げ、目元を緩ませる。

「ロマノス、どうしよう。私、あなたのこと好きかも」

 ユリアの今にも泣きそうな表情は柔らかで、一方で触れるだけで溶けて消えてしまいそうだった。ロマノスはその儚げな彼女の瞳に囚われ、額に添えた手を頬に滑らせる。


 落ちた。


 微かに斜めに上がった口角を隠すように、ユリアはロマノスの唇に自分の唇をそっと重ねた。

 ドンドンドンドンと、脳は必死に鼓動を打ちつける。

 頭が割れてしまいそうなほどの痛みだった。ユリアはその縛りから逃れるように、ロマノスに安らぎを求め続ける。彼の腕に包み込まれ、ユリアも彼に縋るように抱きついた。

 しかし痛みは治まらない。激情となったその苦しみは、ユリアの意識を遠のかせ、そのままロマノスに抱き着いたまま意識を失った。
 急に力を失ってうなだれた彼女を、ロマノスは慌てて抱きかかえて校内医師のもとまで駆けて行った。



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