1 / 6
① 異世界転生
しおりを挟むああ、またか。
校舎に向かうまでに広がるガーデンで、ミルクのような艶やかな髪の毛が花々にベールをかけている。
小さく呻き声を上げた後に、ピクリと華奢な指で雑草を掴んだ彼女の周りには星の欠片がちらちらと光り舞った。
ガンガンと脳みその中央部まで響く痛みに吐き気を催しながら、ミルクティー色の瞳がそっと瞼の下から光を纏って開く。
「……え……なに……?」
草花の上に倒れていた身体を手をついて起こし、辺りを見回す。
その表情にはすぐに不安が表れる。
「ここ……どこ……?」
彼女は瞬時に目元を歪ませ、泣きそうになった。まだ頭が痛い。
「私、救急車にいたはずじゃ……」
最後に聞いた、胸を切迫するほど耳をつんざく音を思い出し、急いで立ち上がろうとする。しかしその足元は自分が着ている長い優雅なシフォンのようなスカートの裾を踏みつけ、再び転んでしまった。
「いた……っ」
もはや目尻には涙が浮かぶ。彼女は上半身を起こし、視界に入る自らの手を見やる。
それを見るなり、彼女の顔は青ざめた。滑らかで丁寧に手入れされたその肌。宝石のような色で施された爪。彼女は何かを確かめようと、何度も握り、開いた。するとその手はいとも簡単に言うことを聞く。これは確かに自分の手なのだろう。
彼女は額にじんわりと汗を滲ませながら、慣れない手つきで髪の毛を撫でる。シルクのような指通りに、染めたとは思えないほど自然な淡い色。肩の下までとくと、すとん、と元の位置に戻っていく。
「嘘……」
口元が震え出した。頬をペタペタと触ってみれば、肌荒れとは無縁の生まれたてのようなもちもち感。その輪郭は無駄がなく、端正な骨格であることが分かる。
ガーデンに座ったままの彼女は、自らの着ている服にも目を落とす。絹織物で出来たクリーム色のボレロの淵には、グレーのラインが入っている。その下に着ている同系色のワンピースは、先ほど踏んでしまったところが汚れていた。白い襟が上品にあしらわれているが、彼女の知識ではそれはまるでどこかの学校の制服のようだった。
放心したまま顔を上げると、何人かの制服を着た生徒らしき人たちがちらちらとこちらを横目に通り過ぎていく。その視線に気づいた彼女はようやく立ち上がる。
足元に落ちていた黒い学生鞄に気づき、それを拾い上げる。花びらがついていたのを払うと、重力に柔く押されていくようにふわりと落ちていった。
鞄を手に持つと、彼女はごくりとつばを飲み込む。もう頭は痛くなかった。
いまだ信じられないと言いたげな表情をしているが、次第にその口角は不器用に上がっていく。
「まさか……嘘でしょ……?」
興奮を秘めた小さな叫びが零れた。
爛々としていく瞳に映されるのは、前に本で見たことがある豪華絢爛な宮殿のような建物。
彼女は確信する。
ここは異世界だ。まさか自分の身に起こるとは思っていなかっただろう。
転生というおとぎ話のような出来事に、こんな形で巡り合うとは。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる