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手紙
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十代の頃、高熱が何日も続いた時期があり、その結果男性不妊に陥っていたユージオ。彼は誰にもその事を告げる事が出来ぬまま、一人で悩み苦しんでいた。
跡取りを期待する両親との会話が辛い。そして寝室で顔を合わせるミレーユが、いつしか自分を責めているかのように錯覚してしまった。
逃げるように寝室を別にして閨を拒否し、ミレーユに何度かその理由を聞かれたが、はぐらかしていると何も言われなくなった。
その後は逆に、ユージオを気遣う素ぶりをする健気なミレーユに、今度は罪悪感が募っていった。
そんな時に出会った、割り切った関係のマデリーンという都合のいい存在。
恋愛感情なんてものは、当然彼女には向けた事はない。
後にマデリーンから「ユージオとの子がお腹にいる」とあり得るはずのない妊娠を告げられ、その時は動揺してしまった。
報告をしに、邸に来た時にマデリーンは蹲って体調不良を訴えた。妊娠している事は本当の事らしいので、妊婦を無下にする事は出来ず一時的だと思いその時は邸に入れてしまった。
不幸中の幸いというべきか、ミレーユは実家に帰ってしまっている最中の出来事。
ユージオにしてみれば、自分の子のはずがないマデリーンのお腹の子など、どうでも良かった。
そんな事よりミレーユが出て行って、帰って来ない方がショックだった。
どうにかして、ミレーユを取り戻したくて彼は未だにもがいている。
**
「また……」
呆れを含んだため息と共に、ポツリと呟く。
実家の東屋のベンチに座る、ミレーユの手には一通の手紙が握られていた。
ミレーユの実家、ラコスト家にはユージオからの手紙が、頻繁に届けられてくる。
最初の何通かは『犯罪者で虚言癖の女が邸に居座っていたが、もうあの女は幽閉先から出てこられないから、安心して邸に帰ってきて欲しい』と、マデリーンを詰るような文面から始まっていた。
マデリーンとの逢瀬の現場を、ミレーユに見られているとは、思ってもいない内容である。
当然ミレーユからは返信することはないが、未だに手紙は送られ続けている。
マデリーンの事についての言い訳などは、最初の何通かだけだった。
最近の手紙の内容は、この三年間どれほど自分達が愛し合い、想い合っていた夫婦だったか、との内容となっている。寝室を別にした事が無かったかのように。
ユージオは現実に向き合いたくなくて、どうやら記憶の改竄を始めたらしい。
ちなみにマデリーンは、幽閉先で子を産んだ。その赤子はエルランジェ家にも、ブノワ家の誰も持っていない、燃えるような赤い髪をしていたのだという。
「彼にはいつまでも逃げ続けない方がいいと、忠告しておいたんだけどな」
「え?」
声の方を振り返ると、いつのまにかラコスト家を訪れていた、サイラスが背後に立っていた。
「いや、何でもない」
呟いた言葉については誤魔化したが、どうやら気配もなく近付き、手紙を後ろからこっそり盗み見ていたらしい。
「俺以外の男からの手紙なんて所持しようとしたら、流石に妬いてしまうな」
「所持なんてしていないわ。よく燃えるようにって、暖炉に入れて燃料として、再利用したりしているだけよっ」
今日は暖かく、庭で日向ぼっこが出来たが、肌寒さを感じる日も少なくはない。まだ暖炉の温もりが、恋しい時期である。
毒薬事件における、ユージオの関与は一切無かった。それでもミレーユは彼の元へと戻るつもりは無い。マデリーンが捕まって、ユージオとの関係が切れたとしても、夫婦関係の根本的な解決はしていないのだ。
もしミレーユがユージオを許してエルランジェ家に戻ったとしても、彼自身が変わらない限り、また同じ事を繰り返してしまうだろう。
そして近々ミレーユとサイラスの結婚式が行われようとする中、未だに離縁した妻が帰ってくるのをユージオは待ちわびていた。
跡取りを期待する両親との会話が辛い。そして寝室で顔を合わせるミレーユが、いつしか自分を責めているかのように錯覚してしまった。
逃げるように寝室を別にして閨を拒否し、ミレーユに何度かその理由を聞かれたが、はぐらかしていると何も言われなくなった。
その後は逆に、ユージオを気遣う素ぶりをする健気なミレーユに、今度は罪悪感が募っていった。
そんな時に出会った、割り切った関係のマデリーンという都合のいい存在。
恋愛感情なんてものは、当然彼女には向けた事はない。
後にマデリーンから「ユージオとの子がお腹にいる」とあり得るはずのない妊娠を告げられ、その時は動揺してしまった。
報告をしに、邸に来た時にマデリーンは蹲って体調不良を訴えた。妊娠している事は本当の事らしいので、妊婦を無下にする事は出来ず一時的だと思いその時は邸に入れてしまった。
不幸中の幸いというべきか、ミレーユは実家に帰ってしまっている最中の出来事。
ユージオにしてみれば、自分の子のはずがないマデリーンのお腹の子など、どうでも良かった。
そんな事よりミレーユが出て行って、帰って来ない方がショックだった。
どうにかして、ミレーユを取り戻したくて彼は未だにもがいている。
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「また……」
呆れを含んだため息と共に、ポツリと呟く。
実家の東屋のベンチに座る、ミレーユの手には一通の手紙が握られていた。
ミレーユの実家、ラコスト家にはユージオからの手紙が、頻繁に届けられてくる。
最初の何通かは『犯罪者で虚言癖の女が邸に居座っていたが、もうあの女は幽閉先から出てこられないから、安心して邸に帰ってきて欲しい』と、マデリーンを詰るような文面から始まっていた。
マデリーンとの逢瀬の現場を、ミレーユに見られているとは、思ってもいない内容である。
当然ミレーユからは返信することはないが、未だに手紙は送られ続けている。
マデリーンの事についての言い訳などは、最初の何通かだけだった。
最近の手紙の内容は、この三年間どれほど自分達が愛し合い、想い合っていた夫婦だったか、との内容となっている。寝室を別にした事が無かったかのように。
ユージオは現実に向き合いたくなくて、どうやら記憶の改竄を始めたらしい。
ちなみにマデリーンは、幽閉先で子を産んだ。その赤子はエルランジェ家にも、ブノワ家の誰も持っていない、燃えるような赤い髪をしていたのだという。
「彼にはいつまでも逃げ続けない方がいいと、忠告しておいたんだけどな」
「え?」
声の方を振り返ると、いつのまにかラコスト家を訪れていた、サイラスが背後に立っていた。
「いや、何でもない」
呟いた言葉については誤魔化したが、どうやら気配もなく近付き、手紙を後ろからこっそり盗み見ていたらしい。
「俺以外の男からの手紙なんて所持しようとしたら、流石に妬いてしまうな」
「所持なんてしていないわ。よく燃えるようにって、暖炉に入れて燃料として、再利用したりしているだけよっ」
今日は暖かく、庭で日向ぼっこが出来たが、肌寒さを感じる日も少なくはない。まだ暖炉の温もりが、恋しい時期である。
毒薬事件における、ユージオの関与は一切無かった。それでもミレーユは彼の元へと戻るつもりは無い。マデリーンが捕まって、ユージオとの関係が切れたとしても、夫婦関係の根本的な解決はしていないのだ。
もしミレーユがユージオを許してエルランジェ家に戻ったとしても、彼自身が変わらない限り、また同じ事を繰り返してしまうだろう。
そして近々ミレーユとサイラスの結婚式が行われようとする中、未だに離縁した妻が帰ってくるのをユージオは待ちわびていた。
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