夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣

文字の大きさ
上 下
40 / 42

手紙

しおりを挟む
 十代の頃、高熱が何日も続いた時期があり、その結果男性不妊に陥っていたユージオ。彼は誰にもその事を告げる事が出来ぬまま、一人で悩み苦しんでいた。

 跡取りを期待する両親との会話が辛い。そして寝室で顔を合わせるミレーユが、いつしか自分を責めているかのように錯覚してしまった。

 逃げるように寝室を別にして閨を拒否し、ミレーユに何度かその理由を聞かれたが、はぐらかしていると何も言われなくなった。
 その後は逆に、ユージオを気遣う素ぶりをする健気なミレーユに、今度は罪悪感が募っていった。

 そんな時に出会った、割り切った関係のマデリーンという都合のいい存在。
 恋愛感情なんてものは、当然彼女には向けた事はない。

 後にマデリーンから「ユージオとの子がお腹にいる」とあり得るはずのない妊娠を告げられ、その時は動揺してしまった。
 報告をしに、邸に来た時にマデリーンは蹲って体調不良を訴えた。妊娠している事は本当の事らしいので、妊婦を無下にする事は出来ず一時的だと思いその時は邸に入れてしまった。
 不幸中の幸いというべきか、ミレーユは実家に帰ってしまっている最中の出来事。

 ユージオにしてみれば、自分の子のはずがないマデリーンのお腹の子など、どうでも良かった。
 そんな事よりミレーユが出て行って、帰って来ない方がショックだった。

 どうにかして、ミレーユを取り戻したくて彼は未だにもがいている。

 **

「また……」

 呆れを含んだため息と共に、ポツリと呟く。
 実家の東屋のベンチに座る、ミレーユの手には一通の手紙が握られていた。

 ミレーユの実家、ラコスト家にはユージオからの手紙が、頻繁に届けられてくる。

 最初の何通かは『犯罪者で虚言癖の女が邸に居座っていたが、もうあの女は幽閉先から出てこられないから、安心して邸に帰ってきて欲しい』と、マデリーンを詰るような文面から始まっていた。
 マデリーンとの逢瀬の現場を、ミレーユに見られているとは、思ってもいない内容である。

 当然ミレーユからは返信することはないが、未だに手紙は送られ続けている。
 マデリーンの事についての言い訳などは、最初の何通かだけだった。
 最近の手紙の内容は、この三年間どれほど自分達が愛し合い、想い合っていた夫婦だったか、との内容となっている。寝室を別にした事が無かったかのように。

 ユージオは現実に向き合いたくなくて、どうやら記憶の改竄を始めたらしい。

 ちなみにマデリーンは、幽閉先で子を産んだ。その赤子はエルランジェ家にも、ブノワ家の誰も持っていない、燃えるような赤い髪をしていたのだという。


「彼にはいつまでも逃げ続けない方がいいと、忠告しておいたんだけどな」
「え?」

 声の方を振り返ると、いつのまにかラコスト家を訪れていた、サイラスが背後に立っていた。

「いや、何でもない」

 呟いた言葉については誤魔化したが、どうやら気配もなく近付き、手紙を後ろからこっそり盗み見ていたらしい。

「俺以外の男からの手紙なんて所持しようとしたら、流石に妬いてしまうな」
「所持なんてしていないわ。よく燃えるようにって、暖炉に入れて燃料として、再利用したりしているだけよっ」

 今日は暖かく、庭で日向ぼっこが出来たが、肌寒さを感じる日も少なくはない。まだ暖炉の温もりが、恋しい時期である。

 毒薬事件における、ユージオの関与は一切無かった。それでもミレーユは彼の元へと戻るつもりは無い。マデリーンが捕まって、ユージオとの関係が切れたとしても、夫婦関係の根本的な解決はしていないのだ。
 もしミレーユがユージオを許してエルランジェ家に戻ったとしても、彼自身が変わらない限り、また同じ事を繰り返してしまうだろう。

 そして近々ミレーユとサイラスの結婚式が行われようとする中、未だに離縁した妻が帰ってくるのをユージオは待ちわびていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...