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ブノワ邸②
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マデリーンが取り出した、小瓶の中に入れられているのは、細かな雪のような白い粉。
小瓶の蓋を空けようとした、その時。
「!!?」
ふいに腕が掴まれ、マデリーンは驚き目を見張り、そちらを向いた。
(誰……!?廊下には誰もいなかったはずなのに……)
掴まれている腕の方に視線をやると、その人物と目が合った。腕を掴んでいるのは、見たことも無い栗色の髪の若い男で、使用人の格好をしている。
この邸で生まれ育ったマデリーンが、この男を知らないという事は、嫁いだ後にこの家で雇われたのだろう。
あまりの事に思考が停止してしまったが、男の振る舞いに対し、遅れて怒りがこみ上げてくる。
マデリーンは男を睨みつけ、鋭利な声音を響かせた。
「離しなさい」
「貴女こそ。それを渡して頂きます」
何故か全く動じる事のない男。彼の視線は、小瓶に向けられていた。
(これを知っているの?)
男の目的は分からないが、粉を渡すわけにはいかない。
「誰か!!誰か助けて!!」
マデリーンが声を荒げると、何人かの使用人と共に、弟のラウルがすぐに駆けつけた。彼ラウルは、ブロワ家の嫡男でもある。
ラウルが来るとは話が早い。
「……姉上」
「この男が、使用人の分際で気安くこの私に触れたのよっ、すぐに捕らえて!」
高圧的に声をあげる。マデリーンは、自分が絶対的に有利だと、信じて疑わなかった。この瞬間までは。
マデリーンに向けて、男が信じられない一言を告げる。
「この粉について調べさせて頂きますので、王宮へとご同行願います」
「王宮……?」
その言葉で、おおよそを察したマデリーンは、粉の入った瓶を床に叩きつけようと、手を離した。だが、男は落下していくガラスの小瓶を、瞬時に受け止めてしまう。
唖然と見つめるマデリーンに、弟のラウルは悲しげに呟く。
「姉上……最近の姉上がどうしても信じられなくて、動向を探らせて頂きました。彼はうちの使用人ではありません」
嫁いで家を出た、マデリーンの知らない使用人が増えたところで、彼女は気付く事は無かった。
そして潜入捜査で、この邸の使用人に扮した彼は、サイラスの部下でもある。
弟の言葉で頭に血が上ったマデリーンは、ほぼ半狂乱となり、叫び散らす。
「裏切ったわね!?私のお陰で不自由なく暮らせてる癖に!!この恩知らず共が!!」
先に家族を、実の父を手にをかけようとしたマデリーン。自分の立場が悪くなった途端に、弟を裏切り者扱いし始めた。そんな姉を、ラウルは見ていられなかった。
「では、王宮へ……」
ブノワ家の使用人に扮していた王宮の騎士が、マデリーンを連れて行こうとした瞬間。
マデリーンは苦しみうずくまった。
「っ!!い、痛いっ、お腹が!!」
妊婦であるマデリーンが、突然腹の痛みを訴え出さした。しかし騎士は、眉一つ動かさない。
「手荒な真似は致しません。まずはこの粉の成分結果が出るまで、王宮への滞在を願います。それに、医師の手配も整っておりますので、ご安心わ」
悪足掻きをしてみたが、淡々と告げられ、流石に逃げられない事を理解した。プライドの高いマデリーンは、無様な姿を晒すのを止め、持てる威厳を掻き集める。
「ふんっ。何でもない普通の粉だったら、責任取りなさいよ」
使用人に扮していた、王宮の騎士に連れられ、マデリーンは歩き始めた。
悲しみに瞳を伏せる弟の真横を通るも、彼を視界に写す事は無かった。
ラウルは姉のマデリーンが、この邸に顔を出す度に体調を崩していく父を見て、違和感を感じていた。
そんな嫡男であるラウルは、幼馴染の令嬢との結婚を控えている。
──許さない……私だけ……私だけ、老人に嫁がせておいて、私の犠牲の元に幸せなろうだなんて、絶対に許さない。
小瓶の蓋を空けようとした、その時。
「!!?」
ふいに腕が掴まれ、マデリーンは驚き目を見張り、そちらを向いた。
(誰……!?廊下には誰もいなかったはずなのに……)
掴まれている腕の方に視線をやると、その人物と目が合った。腕を掴んでいるのは、見たことも無い栗色の髪の若い男で、使用人の格好をしている。
この邸で生まれ育ったマデリーンが、この男を知らないという事は、嫁いだ後にこの家で雇われたのだろう。
あまりの事に思考が停止してしまったが、男の振る舞いに対し、遅れて怒りがこみ上げてくる。
マデリーンは男を睨みつけ、鋭利な声音を響かせた。
「離しなさい」
「貴女こそ。それを渡して頂きます」
何故か全く動じる事のない男。彼の視線は、小瓶に向けられていた。
(これを知っているの?)
男の目的は分からないが、粉を渡すわけにはいかない。
「誰か!!誰か助けて!!」
マデリーンが声を荒げると、何人かの使用人と共に、弟のラウルがすぐに駆けつけた。彼ラウルは、ブロワ家の嫡男でもある。
ラウルが来るとは話が早い。
「……姉上」
「この男が、使用人の分際で気安くこの私に触れたのよっ、すぐに捕らえて!」
高圧的に声をあげる。マデリーンは、自分が絶対的に有利だと、信じて疑わなかった。この瞬間までは。
マデリーンに向けて、男が信じられない一言を告げる。
「この粉について調べさせて頂きますので、王宮へとご同行願います」
「王宮……?」
その言葉で、おおよそを察したマデリーンは、粉の入った瓶を床に叩きつけようと、手を離した。だが、男は落下していくガラスの小瓶を、瞬時に受け止めてしまう。
唖然と見つめるマデリーンに、弟のラウルは悲しげに呟く。
「姉上……最近の姉上がどうしても信じられなくて、動向を探らせて頂きました。彼はうちの使用人ではありません」
嫁いで家を出た、マデリーンの知らない使用人が増えたところで、彼女は気付く事は無かった。
そして潜入捜査で、この邸の使用人に扮した彼は、サイラスの部下でもある。
弟の言葉で頭に血が上ったマデリーンは、ほぼ半狂乱となり、叫び散らす。
「裏切ったわね!?私のお陰で不自由なく暮らせてる癖に!!この恩知らず共が!!」
先に家族を、実の父を手にをかけようとしたマデリーン。自分の立場が悪くなった途端に、弟を裏切り者扱いし始めた。そんな姉を、ラウルは見ていられなかった。
「では、王宮へ……」
ブノワ家の使用人に扮していた王宮の騎士が、マデリーンを連れて行こうとした瞬間。
マデリーンは苦しみうずくまった。
「っ!!い、痛いっ、お腹が!!」
妊婦であるマデリーンが、突然腹の痛みを訴え出さした。しかし騎士は、眉一つ動かさない。
「手荒な真似は致しません。まずはこの粉の成分結果が出るまで、王宮への滞在を願います。それに、医師の手配も整っておりますので、ご安心わ」
悪足掻きをしてみたが、淡々と告げられ、流石に逃げられない事を理解した。プライドの高いマデリーンは、無様な姿を晒すのを止め、持てる威厳を掻き集める。
「ふんっ。何でもない普通の粉だったら、責任取りなさいよ」
使用人に扮していた、王宮の騎士に連れられ、マデリーンは歩き始めた。
悲しみに瞳を伏せる弟の真横を通るも、彼を視界に写す事は無かった。
ラウルは姉のマデリーンが、この邸に顔を出す度に体調を崩していく父を見て、違和感を感じていた。
そんな嫡男であるラウルは、幼馴染の令嬢との結婚を控えている。
──許さない……私だけ……私だけ、老人に嫁がせておいて、私の犠牲の元に幸せなろうだなんて、絶対に許さない。
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