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この日、ユージオの仕事が立て込んでいるのもあり、ミレーユは本館から訪ねてきた義母の対応を一人でする事になった。
助産師の元へ、診察に行った際の報告を聞きたかったようで、ユージオがこの場にいない事は都合が良かった。
義母には「薬を貰った」とだけ報告しておいた。不妊の治療薬だと、勘違いした義母はお茶を飲み終えると、満足して離れへと帰って行った。
(一応薬だし、嘘ではないわよね……)
薬は薬でも、『惚れ薬』という何とも怪しげな薬なのだが。
シモーヌが帰った後は、私室で刺繍をしたり本を読んだりして過ごす事にした。
長時間そのように過ごしていると、流石に身体が凝り固まってくる。ミレーユは軽い運動がてら体をほぐすべく、一旦寝室を出た。明日の来客用に出すお茶や、菓子を執事に確認すべき事がいくつかあったからだ。再び寝室に戻る道中、ティーワゴンを押す侍女と鉢合わせたので、声を掛けた。
「それは、ユージオに?」
「はい。執務室へ持ってくるように、との事でしたので」
「私が届けてもいいかしら?」
「勿論です。奥様の方がきっと喜ばれますわ」
侍女が階段を降りていくのを見届けると、ミレーユはじっと、ポットカバーが掛けられたお茶を見つめた。
(今なら……)
今なら誰も見ていない。
ミレーユの頭に、誰かがそっと囁いたような気がした。
**
扉を叩くと軽快な音が、執務室内に響いた。
ユージオの返事の後、ミレーユが扉を開けて中に入る。
「頼まれていたお茶をお持ちしたの」
「君が持って来てくれるなんて」
「お入れしても良いかしら?」
「勿論だよ。ありがとう」
了承を得ると、ミレーユは温められたカップに紅茶を注いでからユージオの執務机に置いた。
「君は飲まないの?どうせなら、二人分のティーカップを用意してくれば良かったのに」
「廊下でティーワゴンをひいている侍女を見て、運ぶ役を代わって貰っただけだから」
「そうか」
「では、失礼致します」
「あ、待って。もう行くの?」
何故か引き留めてくるユージオに、振り返りもせず返答する。
「ええ。特に用事は無いですし、お邪魔になってはいけないので」
「……」
そのままゆっくりと歩みを進めて、ドアノブへと手を掛けた。
**
寝室に戻るとミレーユは、惚れ薬の入った小瓶を手に取り眺めていた。結局、ユージオに出したお茶には惚れ薬を入れはしなかった。
薬を入れなかった理由は、決して罪悪感からではない。ミレーユ自身が、彼を受け入れる事が出来ないからだ。
もし再び求められるような事があれば、受け入れなければ、貴族に嫁いだ妻として失格なのは十分に理解している。
それでも、彼女の本能が夫を拒んでいた。
助産師のゾフィーから貰った物は、この薬だけではない。薬の瓶を元の位置に戻すと、今度はドレッサーの引き出しを開けて、隠しておいた物を取り出す。
手取ったのは、ゾフィーの名刺であり仮面舞踏会の招待状。裏面に描かれる蛇と剣の紋章をミレーユは眺め続けた。
助産師の元へ、診察に行った際の報告を聞きたかったようで、ユージオがこの場にいない事は都合が良かった。
義母には「薬を貰った」とだけ報告しておいた。不妊の治療薬だと、勘違いした義母はお茶を飲み終えると、満足して離れへと帰って行った。
(一応薬だし、嘘ではないわよね……)
薬は薬でも、『惚れ薬』という何とも怪しげな薬なのだが。
シモーヌが帰った後は、私室で刺繍をしたり本を読んだりして過ごす事にした。
長時間そのように過ごしていると、流石に身体が凝り固まってくる。ミレーユは軽い運動がてら体をほぐすべく、一旦寝室を出た。明日の来客用に出すお茶や、菓子を執事に確認すべき事がいくつかあったからだ。再び寝室に戻る道中、ティーワゴンを押す侍女と鉢合わせたので、声を掛けた。
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「はい。執務室へ持ってくるように、との事でしたので」
「私が届けてもいいかしら?」
「勿論です。奥様の方がきっと喜ばれますわ」
侍女が階段を降りていくのを見届けると、ミレーユはじっと、ポットカバーが掛けられたお茶を見つめた。
(今なら……)
今なら誰も見ていない。
ミレーユの頭に、誰かがそっと囁いたような気がした。
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扉を叩くと軽快な音が、執務室内に響いた。
ユージオの返事の後、ミレーユが扉を開けて中に入る。
「頼まれていたお茶をお持ちしたの」
「君が持って来てくれるなんて」
「お入れしても良いかしら?」
「勿論だよ。ありがとう」
了承を得ると、ミレーユは温められたカップに紅茶を注いでからユージオの執務机に置いた。
「君は飲まないの?どうせなら、二人分のティーカップを用意してくれば良かったのに」
「廊下でティーワゴンをひいている侍女を見て、運ぶ役を代わって貰っただけだから」
「そうか」
「では、失礼致します」
「あ、待って。もう行くの?」
何故か引き留めてくるユージオに、振り返りもせず返答する。
「ええ。特に用事は無いですし、お邪魔になってはいけないので」
「……」
そのままゆっくりと歩みを進めて、ドアノブへと手を掛けた。
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寝室に戻るとミレーユは、惚れ薬の入った小瓶を手に取り眺めていた。結局、ユージオに出したお茶には惚れ薬を入れはしなかった。
薬を入れなかった理由は、決して罪悪感からではない。ミレーユ自身が、彼を受け入れる事が出来ないからだ。
もし再び求められるような事があれば、受け入れなければ、貴族に嫁いだ妻として失格なのは十分に理解している。
それでも、彼女の本能が夫を拒んでいた。
助産師のゾフィーから貰った物は、この薬だけではない。薬の瓶を元の位置に戻すと、今度はドレッサーの引き出しを開けて、隠しておいた物を取り出す。
手取ったのは、ゾフィーの名刺であり仮面舞踏会の招待状。裏面に描かれる蛇と剣の紋章をミレーユは眺め続けた。
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