3 / 42
帰宅の馬車
しおりを挟む
強引なサイラスに促され、ダンスフロアでしぶしぶ手を取ったが、彼は巧みだった。ダンスに対して気分の乗らない、戸惑うミレーユを上手くリードしていく。視線が合うと、にこりと微笑みかけられた。
自国の王子であったサイラスの事を当然ミレーユは知ってはいたが、まさか踊る事になるとは。
ターンをすると、裾のレースが軽やかになびき、縫い付けてある繊細なビーズが、シャンデリアの光を反射してきらめく。
踊る二人を見る人々は、思わず感嘆のため息を零した。
曲が終わったものの、サイラスはミレーユの手を離そうとしなかった。
「あの……手を……」
「やはりリズム感がいいね、もう一曲お願いしても?」
「え……?」
夜会において、二曲踊るという事は特別な関係である事を意味する。そんな事くらい誰もが知っているし、ダンスに興じる人々を見ている周りの貴族達も、当然誰と誰が踊ったのか把握している。
そして二曲目を、同じ組み合わせの男女が踊る事も。当然数を数えているし、それでなくても王弟であるサイラスは目立つ存在なのに。
困惑したミレーユが眉根を寄せると、背後から聞き慣れた声が発せられた。
「そろそろ妻を返して頂けませんか?」
夫であるユージオがすぐ後ろに立っていていた。穏和な表情を浮かべているが、ミレーユを自身に引き寄せる力は強かった。
ミレーユとしては、今はユージオの顔を見たくなかったが、サイラスから逃れるには一旦夫を盾にして逃げるしかない。
流石に会場のど真ん中で、ユージオ前でミレーユを引き止めるといった真似は出来ず、そのままサイラスは引き下がった。
「では、またお願い致しますね」
(また……?)
また別の機会に絡んでくるつもりなのか。
偶然庭園にて出くわしただけで、これ以上何の用があるというのか。
夫婦で少し挨拶回りをしてから、しばらくして伯爵邸へと帰宅することにした。
サイラスはとても端正な顔立ちで、芸術の域に達しているほどの美形だったが、ユージオもかなり整った顔をしている。昔はその甘い面立ちが大好きだったが、今は見たいとは思わない。
結婚前、まだ婚約者の立場にあった時から、ユージオに気のある女性は沢山目にしてきた。その度に「自分にはミレーユだけだ」と安心さる言葉をくれていた。優しく誠実だったはずの夫。
そんな思い出が、遥か遠い過去に感じてしまう。馬車に乗ると、隣り合って座る。
そんな隣に座る夫を視界に入れないように、俯くミレーユに、ユージオは口を開いた。
「軽薄だと有名な王弟殿下と踊って、嬉しそうにしてるなんて。見目麗しい殿下に声をかけられて、さぞ自尊心を満たされただろうね」
「嬉しそうになんかしていないわっ。明らかに困ってたじゃない」
「どうだか」
ミレーユを責めるような物言いをした挙句、不機嫌に短く吐き捨てた。
(よく言うわ……自分なんて……なのにどうして、そんな言われ方をしないといけないの?)
自国の王子であったサイラスの事を当然ミレーユは知ってはいたが、まさか踊る事になるとは。
ターンをすると、裾のレースが軽やかになびき、縫い付けてある繊細なビーズが、シャンデリアの光を反射してきらめく。
踊る二人を見る人々は、思わず感嘆のため息を零した。
曲が終わったものの、サイラスはミレーユの手を離そうとしなかった。
「あの……手を……」
「やはりリズム感がいいね、もう一曲お願いしても?」
「え……?」
夜会において、二曲踊るという事は特別な関係である事を意味する。そんな事くらい誰もが知っているし、ダンスに興じる人々を見ている周りの貴族達も、当然誰と誰が踊ったのか把握している。
そして二曲目を、同じ組み合わせの男女が踊る事も。当然数を数えているし、それでなくても王弟であるサイラスは目立つ存在なのに。
困惑したミレーユが眉根を寄せると、背後から聞き慣れた声が発せられた。
「そろそろ妻を返して頂けませんか?」
夫であるユージオがすぐ後ろに立っていていた。穏和な表情を浮かべているが、ミレーユを自身に引き寄せる力は強かった。
ミレーユとしては、今はユージオの顔を見たくなかったが、サイラスから逃れるには一旦夫を盾にして逃げるしかない。
流石に会場のど真ん中で、ユージオ前でミレーユを引き止めるといった真似は出来ず、そのままサイラスは引き下がった。
「では、またお願い致しますね」
(また……?)
また別の機会に絡んでくるつもりなのか。
偶然庭園にて出くわしただけで、これ以上何の用があるというのか。
夫婦で少し挨拶回りをしてから、しばらくして伯爵邸へと帰宅することにした。
サイラスはとても端正な顔立ちで、芸術の域に達しているほどの美形だったが、ユージオもかなり整った顔をしている。昔はその甘い面立ちが大好きだったが、今は見たいとは思わない。
結婚前、まだ婚約者の立場にあった時から、ユージオに気のある女性は沢山目にしてきた。その度に「自分にはミレーユだけだ」と安心さる言葉をくれていた。優しく誠実だったはずの夫。
そんな思い出が、遥か遠い過去に感じてしまう。馬車に乗ると、隣り合って座る。
そんな隣に座る夫を視界に入れないように、俯くミレーユに、ユージオは口を開いた。
「軽薄だと有名な王弟殿下と踊って、嬉しそうにしてるなんて。見目麗しい殿下に声をかけられて、さぞ自尊心を満たされただろうね」
「嬉しそうになんかしていないわっ。明らかに困ってたじゃない」
「どうだか」
ミレーユを責めるような物言いをした挙句、不機嫌に短く吐き捨てた。
(よく言うわ……自分なんて……なのにどうして、そんな言われ方をしないといけないの?)
97
お気に入りに追加
1,232
あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

[完結長編連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ・更新報告はXにて。
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる