婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣

文字の大きさ
上 下
3 / 5

しおりを挟む
 独房から逃れて以降、システィーナの装いは、レイの用意してくれた旅装となっている。目立つ髪はフードで隠して行動しているが、ここ隣国で生活していても「イデオンにて、処刑が決まっている侯爵令嬢がヴェルザスへと逃げ込んだ」との情報は入ってこない。

 他国にいる人間を裁くのは難しいのだろう、ヴェルザスに来てからというもの、平穏無事に時間が流れていた。
 現在レイが持って来た路銀で生活しているが、それが尽きても侯爵から預かっている宝石類を売りながら、当分不自由なく暮らしていける。

 自分の帰りを待ってくれている両親の支援あって、ようやく自分は生きることが出来ている。そして何よりレイが側にいてくれることが、システィーナの大きな心の支えとなっていた。
 彼がいなければ、買い物の仕方すら分からなかった程だ。

 港町から移動し、現在は街道沿いにある商業都市へと身を寄せている。ここを生活の拠点として、一月が経過しようとしていた。

 宿では隣接する二部屋を借りている。ヴェルザスでの暮らしに、システィーナは大分慣れつつあった。
 侍女がいなくとも一人で着替えをしたり、少しずつ自分の力で出来ることを増やしている。最近では、お茶の淹れ方も覚えた。
 そして現在システィーナは宿の自分の部屋で、街の通りを眺めている最中である。
 レイが買い出しに行った後、システィーナはこうして彼の帰りを待つことが多い。

 商人が多く訪れる町とあって人口も多く、行き交う人々の活気で溢れている。
 しばらくそうやって町の様子を眺めていると、レイの姿を見つけた。
 荷物を抱えて宿の方へ向かっている様子から、買い物を終えた後だと予想がつく。
 宿に入り、階段を登ってこの部屋の扉をノックするのに、そう時間は掛からないはずだ。

 レイは外出した後、宿へと戻るとシスティーナへ帰宅を知らせるため、この部屋を必ず訪れて報告してくれる。

 レイが戻ったら一緒にお茶の時間にしよう。そう頭の中で呟きながら、浮き足だった様子で扉前に立ち、レイを待つ。
 少し経って扉が叩く硬い音がし、システィーナはすぐに扉を開けた。

「お帰りな──」
「見つけた、システィーナ」

 最後まで言い終わらず、言葉が霧散した状態で固まるシスティーナの眼前には、イデオンの王子クロードが立っていた。

 紅玉の瞳でシスティーナを見下ろすクロードは、にこりと微笑みを浮かべる。

(クロード様……!?)
「久しぶりだね、システィーナ」

 かつて自分の婚約者だった筈のクロード──以前と変わらぬ微笑みを浮かべる彼が、何故ここに居るのか。そして今一体何を思っているのか分からず、システィーナはただ恐ろしかった。

 動きも思考も停止してしまったが、なんとか扉を閉めようと、震える身体に力を込める。
 だが華奢なシスティーナの力がクロードに敵うはずがなく、簡単に阻まれてしまい、扉は大きく開かれた。

(どうしてクロード様が……レイはどこ……)

 宿生活に慣れ、つい扉の向こうにいるのは誰なのか、確認を怠ってしまった浅はかな自分を呪う。どうして今日に限ってと。

(もう少しでレイが戻るはずなのに……)

 クロードの後ろに控えていた使用人姿の女、二人のうち一人が素早くシスティーナの背後に回り込む。
 あっという間に抑え込まれ、身動きが取れない中、辛い記憶が頭に過ぎる。
 ──このままイデオンに連れ戻され、再びあの寒くて寂しい独房へと戻されるのだろうか。

(それだけは絶対に嫌!)

 レイが戻れば、きっと助かる。一縷の望みに縋る様に、彼の名を呼んだ。

「いやっ、レイ、レイっ!!」

 だが口を塞がれ、それ以上叫ぶことは叶わなかった。
 もう一人の女がシスティーナの顔の前に手を翳す。途端システィーナの全身から力が抜けていく。遠のく意識の中、クロードの「丁重に扱え」といった指示が聞こえたのが最後、そのまま眠りへと堕ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

望まない婚約破棄と望まない崩壊

岡暁舟
恋愛
誰も婚約破棄を望まない。そして、誰も帝国の崩壊を望まない。でも、少しほころびが出来てしまうと、簡単に崩れてしまう。令嬢だけど、本当は聖女。その力、無限大。前編、後編の2部構成です。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜

手嶋ゆき
恋愛
 「ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」  バッド王太子殿下に突然婚約破棄されたユリエ。  さらにユリエの妹が、追い打ちをかける。  窮地に立たされるユリエだったが、彼女を救おうと抱きかかえる者がいた——。 ※一万文字以内の短編です。 ※小説家になろう様など他サイトにも投稿しています。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...