生前はライバル令嬢の中の人でしたが、乙女ゲームは詳しくない。

秋月乃衣

文字の大きさ
7 / 46

イメチェン

しおりを挟む
 その日わたしは、朝食を済ませてドレスに着替えると、一人金縁の姿見の前に立った。
 セレスティアである自身の姿を眺め、感嘆しながら呟いた。

「しかし、見れば見るほど美人だわ」

 わたしは生前可愛い女の子が大好きで、それは二次元美少女から三次元アイドルと、範囲は広い。街で見かける可愛い女の子、綺麗なお姉さん、お洒落な女の子といった女の子ウォッチを存分に楽しんでいた程だ。

 しかし外見の美醜だけが重要ではない。以前カフェで一人時間を潰していたところ、ご年配の女性が運ばれてきたパフェを一目見るなり瞳を輝かせて「まぁ、美味しそう」と、笑顔喜ぶ姿を見てトキめいてしまった。

 二次元に至っては、美少女と美しいお姉様が好きなのは仕方がない。
 そんなわたしは鏡に映る自分を見るだけで、ワクワクと心を躍らせた。

「自分を着せ替え人形にするだけで、毎日が楽しそうだわ」

 自身に見惚れているものの、特に美しさをひけらかそうなどとは考えない。根暗のインドア派だもの。
 前世の娯楽まみれの世界で生きていた自分ではあるが、今の環境から楽しめる事を少しずつ増やしていきたい。
 その思い付いた楽い遊びの一つが、セレスティア着せ替えごっこ。これなら屋敷内だけで完結する、インドア派大満足の趣味だ。

 しかしこの美しいセレスティアに対して、常々思っていた事がある。
 伸ばした銀の前髪を分ける事で、全開になっているこのオデコと強気な眉毛。

「眉毛ね」

 細く美しいけれど、これのせいで印象が大分中の人の性格とかけ離れており、好みでもない。

 前世自分の生きていた時代では平行眉や、垂れ眉が流行っていた。そのメイク方法を取り入れれば、更にセレスティアが自分好みの見た目になるのではと考え始めた。

 決心がつくと、歳が若めの侍女を呼び寄せ、お化粧道具やら、眉をカット出来る小さな鋏や剃刀を用意して貰った。
 それらを受け取ると、自分で早速眉を整え始める。そんなわたしを見て、まだ使用人歴の浅い侍女は、明らかに狼狽し始めた。注意する勇気もないらしく、ヒヤヒヤとした表情で見守ってくる。

 セレスティアに強く忠告出来ないでいる彼女には、申し訳ない事をしている自覚はある。侍女からの視線を受け流しながら、テキパキと作業を進める。

 失敗しないように、眉の形を化粧で描いてから、剃刀で整えていく。
 私の迷いのない、慣れた手つきを見て侍女も幾分か安心したようだった。
 眉頭はほぼいじらないようにして、眉尻の釣り上がっている部分を中心に整える。足りない部分は、平行になるように書き出していった。

 この年齢なら化粧はしなくて当たり前だが、眉のみならそこまで違和感もないだろう。

 上がり気味だったせいで少しキツイ印象をもたらしていた眉が、平行になって随分柔らかな顔つきになった。

 そして最後の大仕上げである前髪の断髪式は、侍女が部屋を後にしてから、改めて切り揃える事にした。
 前髪は瞳に掛からない程度の長さのパッツンにしよう。
 これを侍女が見届けるのは流石に心臓に悪いだろうし、全力で止めるために人を呼ばれるかもしれない。
 わたしだって、見られながら髪を切るのは気が散る。

 前髪を櫛で整えてからバッサリと切り落とし、重い印象にならないよう揃えて、少し透かせる。
 前世だと前髪だけは、自分でも切り揃えいた経験が何度もある。前髪以外は自信がないけれど。
 そもそも前髪を切るだけに、わざわざ美容院に行くなんて贅沢を考えた事もなかった。

 こうして強気で大人びた美少女セレスティアから、可愛らしさも兼ね備えた美少女へと変貌を遂げた。
 姿見に映るセレスティアの仕上がりに満足をした私は、誰もいない部屋で自然と笑いがこみ上げて来た。

「待ってなさいフレデリック王子。控えめだけど通るお淑やかな声と演技で、可もなく不可もなくな絶妙なラインを出して見せるわ。印象に残らない令嬢を演じ切って、必ず婚約者候補から外れてあげるから」


 お淑やかだけど通る声。
 それは囁くような台詞でもマイクに乗るように、日々鍛錬しているからこそ出来る技。

「さ、今日から外郎売りを読んで特訓よ」

 日本の声優、俳優、アナウンサーなら誰しもが主に発声練習、滑舌練習に用いるのが、この歌舞伎演目の一つ、外郎売りである。

 前世と同様に外郎売りを読んだり、発声練習、滑舌トレーニングに筋トレに励む日々が始まったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】前世の記憶があっても役に立たないんですが!

kana
恋愛
前世を思い出したのは階段からの落下中。 絶体絶命のピンチも自力で乗り切ったアリシア。 ここはゲームの世界なのか、ただの転生なのかも分からない。 前世を思い出したことで変わったのは性格だけ。 チートともないけど前向きな性格で我が道を行くアリシア。 そんな時ヒロイン?登場でピンチに・・・ ユルい設定になっています。 作者の力不足はお許しください。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

処理中です...