新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣

文字の大きさ
上 下
64 / 67

64

しおりを挟む
 シルヴィアを馬車に乗せて、国境を越える準備にかかるアレクセルは、辺りを見渡した。すると敵が手にしていたであろう武器の数々が、一箇所に集められている事に気付いた。それも大量に。

「何だあれは……?追い剥ぎでもしていたのか?」と首を傾げた。

 **

 グランヴェールの東側に位置するフランベルク。町は囲うように高い壁に覆われ、石造りの城塞がそびえ立つ城塞都市。

 王太子付き近衛騎士団一行は、フランベルクの城塞都市へと滞在する事となった。
 一週間もすれば国境まで、フレリアの騎士団が、セティスを始めとする少数の近衛騎士と共にレティシアを送り届けてくれる事となっている。


 **

 シルヴィア達が到着した次の日に、ギルバートもこの城塞へとやって来た。
 何でも、離れていた婚約者のレティシアと早く再開する為に迎えに来たらしい。

 王太子が辺境のフランベルクまで足を運び、婚約者を迎えに来ることによって、フレリア王家の血を持つ令嬢を蔑ろにするつもりはないと、誠意を示しているように受け取られるだろう。
 だが、レティシアに早く会いたいという思いは、ギルバートの本心だった。

 ギルバートの待つ、漆黒で塗り固めた執務室へとアレクセルは訪れた。
 室内はオーク材の家具に、飾りは騎士盾くらいしかない、シンプルな内装となっている。

「失礼致します」
「ご苦労だったな」

 ギルバートはいつも通り余裕ぶった表情を浮かべ、アレクセルを執務室へと迎え入れた。

「何故かレティシア嬢の影武者役を、王都にいるはずの私の妻、シルヴィアが務めていたのですが?」
「可愛い妻に、遠い地に来てまで会えて良かったではないか」
「そろそろ殴りますよ?」

 冷ややかに見下ろすアレクセルに、流石に身の危険を感じたギルバートが、腕を前に出して制する。それでもアレクセルは、表情一つ変えない。今はギルバートの真意を確認せねばならないと。


「待て、話を聞け。近衛騎士団、団長であるお前に殴られれば、王太子である私も流石に吹っ飛ぶ」

 吹っ飛ぶ事と、王太子である事に何の因果関係があるかは分からないが、嘆息したアレクセルは、淡々と疑問だけを並べていく。

「殿下、貴女はシルヴィアを妹のように可愛がられていると思っておりました。それなのに、何故このような危険な任務に、シルヴィアを選んだのですか。
 これは我が公爵家を、軽んじていらっしゃると考えさせて頂いても、良いという事ですね?」
「待てと言っている」
「そもそも何故、シルヴィアを私の妻へと充てがわれたのですか?」
「それはお前が、貴族令嬢としてのあの子ではなく、本来のあの子を気に入ったからだよ。
 貴族令嬢として普通に振る舞うシルヴィアなら、結婚の申し出も引く手数多かもしれないが」
「……」

 窓から飛び降りたり、変装して下町で買い食いしたりする令嬢。それらはアレクセルからしたら、魅力的なシルヴィアの部分だが、妻として受け入れる事が出来ない貴族の方が多いだろう。



「まぁ……今回の影武者の件だが、結婚する前からレティシアが危険に曝された時は、自分が影武者をすると、かなりしつこく私に言ってきていた。あの頃は結婚前だからしぶしぶ承諾してしまったが。
 そしてレティは、シルヴィアに助けられてからシルヴィアを崇拝する勢いだ。
 そのせいかシルヴィアは何としてでも自分がレティを守らねばならないと思い込んでいて、今回限りだから行かせてくれ、と私に伝えてきた。しかしそれは旅立った当日の事後報告だった」

 ギルバートは何処か遠い目をして語りだした。

 シルヴィアは直前に、任務に参加する許可をギルバートに貰ってきた(正確には結婚前に影武者をするとしつこく迫り承諾させた事)と言って納得させた。
 そもそもシルヴィアが影武者役を引き受けなかった場合、レティシア役はシーマが務める事になっていた。
 それはそれで不安要素が大いにあった。なにせ戦闘力は申し分ないが、レティシアとは大分方向性が違っている。
 襲撃拠点に辿り着く前に、バレる可能性すらあった。

 その点シルヴィアとレティシアは、身長や体格がとても良く似ている。そのような理由からも、一緒に任務に参加するテオドールは、シルヴィアがレティシア役を引き受けた事に、色んな意味で安堵する事となった。

 後は最終的な作戦が記された電文が、魔導具でフレリアにいる副団長のセティスへと届けられる事となった。魔導具を用いた電文なら、即座に転送する事が可能だ。

「私とて、シルヴィアには出来れば公爵夫人として、危険のない所で普通に生きて欲しいと常々強く思っている。だが……私の言う事なんて聞かないのだよ!」
「!!?」

 思ってもいなかった返答に、アレクセルは完全に虚を突かれた。
 ギルバートに遊ばれがちだと思われいたシルヴィアだが、彼女もまたギルバートをかなり振り回していた。

「いくら王太子の私が止めたとしても、例え宮廷魔術師をクビにしたとしても、アイツは戦場だろうが行きたくなったら魔法で飛んで行く。
 私だって止められるものなら止めているが、私は王太子なだけで普通の人間なんだ。止められる訳がない!
 そもそもさっさとお前と結婚させたのも、実はこのような戦いから遠ざける目的もある」 
「何と……そのような……」

 アレクセルは、かつてないギルバートの力説に、完全に気圧されてしまっていた。
 立ち上がったギルバートは、言葉を失うアレクセルの両肩を強く掴み、真摯な眼差しで告げる。

「いいか?もう一度言う。私では完全にアイツを従わせる事が出来ない。
 今後この件、お前の妻として普通に過ごしてくれるかは、夫であるお前に掛かっているんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

転生農業令嬢は言った。「愛さなくて結構なので、好きにさせてください」 -緑を育てる夫人-

赤羽夕夜
恋愛
土埃令嬢。貴族の女としての役割を果たすための教育や社交活動に準じるわけでなく、ガーデニングや土いじりばかりする変わり者のキャンディス・シャレットを現す蔑称だった。 前世の実家が農業だった家庭で育った記憶があるキャンディスは、貴族の女としての教育に励むはけでもなく、庭や領地の畑の土いじりに没頭していた。 そんなある日のこと。政略結婚の為に冷徹公子、ベニシュ公爵令息へ嫁ぐことが決まる。 衝撃を受けながらも、ベニシュ家へ嫁ぐことになるが、夫となるシュルピスは言い放つ。 「お前とは政略結婚だ。今も、これからも愛する気はないから期待するな」と。 キャンディスは、その言葉を受けて、笑顔でこう返した。 「愛さなくて結構なので、好きにさせてください」。 しかし、そう言い放ったのも束の間、キャンディスの貴族らしからぬ奇行に段々と興味を持ち始めたシュルピスは心が動いていって――?

元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。

あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。 願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。 王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。 わあああぁ  人々の歓声が上がる。そして王は言った。 「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」 誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。 「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」 彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

婚約破棄の裏事情

夕鈴
恋愛
王家のパーティで公爵令嬢カローナは第一王子から突然婚約破棄を告げられた。妃教育では王族の命令は絶対と教えられた。鉄壁の笑顔で訳のわからない言葉を聞き流し婚約破棄を受け入れ退場した。多忙な生活を送っていたカローナは憧れの怠惰な生活を送るため思考を巡らせた。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...