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50隣国へ
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シルヴィア達が暮らすグランヴェール国の東に位置する、洗練された花の都を王都に持つフレリア国。
隣国といえど、通常なら馬で何日もかかる距離にある。そんなフレリアへシルヴィアは、一日程で辿り着く事が出来た。宮廷魔術師用に訓練されたグリフォンと、シルヴィアの契約する風の精霊ジークの力を駆使して。
フレリアの王都に足を踏み入れて、辺りを見渡す。花の都と称されるその名の通り、町の至る所で季節の花々が咲き誇っていた。
「シルヴィア殿」
男性にしては高めの、済んだ声がシルヴィアの名を呼んだ。
外套のフードを目深に被っているシルヴィアにすぐ気付いた彼が、きっとここで落ち合う手筈となっている者なのだと理解する。
振り返り、声を掛けてきた男に視線を向けた。眼鏡を掛けて、帽子を被っているが蜂蜜色の髪に青の瞳。年齢はかなり若そうに見えるのと、何処かの国の王子様と言われても納得してしまう程の、中性的な甘い美貌に人懐こい笑顔を浮かべていた。
それでも万が一の事態を危惧して、不躾にならない程度に観察していると、彼は胸元から取り出した物を差し出した。
シルヴィアに見えるように掌に乗せられた物は、叙任する際に授けられたであろう勲章。グランヴェール国王太子の近衛騎士の証である、騎士勲章だった。
それを目にした途端、シルヴィアも急いで外套の中から取り出そうとする。
「これを」
グランヴェール王国宮廷魔術師の腕章と、ギルバートからの手紙。それらが視界に入るなり、彼は表情を屈託なく綻ばせた。
「存じておりますよ、ルクセイア公爵夫人。僕はギルバート王太子殿下の近衛騎士、副団長を務めさせて頂いております。セティス・ラドフォードと申します」
(この方が……王太子近衛騎士の副団長様!?)
彼が副隊長だと知った瞬間シルヴィアは、すぐにアレクセルが言っていた、ある事が頭を過ぎった。アレクセル曰く、セティスは女装のプロらしいのだが、確かにパッチリとした青い瞳に長い睫毛。そして白い肌を持ち、中性的で整った容貌をしているので、女装が似合う子供も頷ける。
また、女騎士クリスティーナよりも女装が上手いとも言っていた。クリスティーナは高身長であり、セティスよりも身長が高かったりするが、両者共にそれぞれ全く違う魅力があるとシルヴィアは思った。
そんなセティスへ、ギルバートからの手紙を手渡しながら、シルヴィアは小声で呟く。
「あの、どうかこの事は、しゅ、主人にはご内密に……」
シルヴィアは中々言い慣れない『主人』という単語を口にすると、噛みそうになってしまったが、セティスは気にした様子もなく快諾してくれた。
(出張中の旦那様は、まさか私が仕事で隣国へと渡っているなどとは、夢にも思っていない筈だわ……)
同じく王太子の近衛騎士である、セティスの様子を見ていてもアレクセルの出張先が、この国とは思えない。
「心得ております、ご心配なく」
キリリと引き締めた表情は、先程までの印象とは打って変わって大人びて見えた。胸に手を当て礼をする洗練された様は、彼が高い教養を受けて身に付けた事が伺える。
「では、参りましょうか」という彼の案内と共に、シルヴィアはフレリア王宮を目指して歩き始めた。
**
「今の時期は珍しい青い花、ネモフィラなども見頃になっていますね」
王城に向かって歩みを進めながら、セティスは町の事も話してくれているせいか、観光案内をされている気分になってくる。
「あ、そこのパティスリーは特にパイがお薦めなんですよ。折角だからもっとゆっくりと、街を案内して差し上げたかったのですが」
やはり観光も兼ねていたらしい。案内されるがまま王宮の城門をくぐり、白亜の城に足を踏み入れた。白銀の漆喰装飾に、宗教画が描かれた天井の廊下を渡り、ある一室に通される事となった。
シルヴィアは一人この部屋で待つ事となり、ようやく外套を外し、用意されたお茶を飲むために席についた。
しばらくすると扉がノックされ、部屋に入って来たのは眼鏡と帽子を外して、騎士服に着替え直したセティス。
そしてその後に続いたのは、金の輝く髪にエメラルドの瞳を潤ませる美しき令嬢が、感極まったように声をあげる。
「シルヴィア様っ」
ギルバートの婚約者であり、フレリアの公爵令嬢レティシアがシルヴィアに駆け寄った。
隣国といえど、通常なら馬で何日もかかる距離にある。そんなフレリアへシルヴィアは、一日程で辿り着く事が出来た。宮廷魔術師用に訓練されたグリフォンと、シルヴィアの契約する風の精霊ジークの力を駆使して。
フレリアの王都に足を踏み入れて、辺りを見渡す。花の都と称されるその名の通り、町の至る所で季節の花々が咲き誇っていた。
「シルヴィア殿」
男性にしては高めの、済んだ声がシルヴィアの名を呼んだ。
外套のフードを目深に被っているシルヴィアにすぐ気付いた彼が、きっとここで落ち合う手筈となっている者なのだと理解する。
振り返り、声を掛けてきた男に視線を向けた。眼鏡を掛けて、帽子を被っているが蜂蜜色の髪に青の瞳。年齢はかなり若そうに見えるのと、何処かの国の王子様と言われても納得してしまう程の、中性的な甘い美貌に人懐こい笑顔を浮かべていた。
それでも万が一の事態を危惧して、不躾にならない程度に観察していると、彼は胸元から取り出した物を差し出した。
シルヴィアに見えるように掌に乗せられた物は、叙任する際に授けられたであろう勲章。グランヴェール国王太子の近衛騎士の証である、騎士勲章だった。
それを目にした途端、シルヴィアも急いで外套の中から取り出そうとする。
「これを」
グランヴェール王国宮廷魔術師の腕章と、ギルバートからの手紙。それらが視界に入るなり、彼は表情を屈託なく綻ばせた。
「存じておりますよ、ルクセイア公爵夫人。僕はギルバート王太子殿下の近衛騎士、副団長を務めさせて頂いております。セティス・ラドフォードと申します」
(この方が……王太子近衛騎士の副団長様!?)
彼が副隊長だと知った瞬間シルヴィアは、すぐにアレクセルが言っていた、ある事が頭を過ぎった。アレクセル曰く、セティスは女装のプロらしいのだが、確かにパッチリとした青い瞳に長い睫毛。そして白い肌を持ち、中性的で整った容貌をしているので、女装が似合う子供も頷ける。
また、女騎士クリスティーナよりも女装が上手いとも言っていた。クリスティーナは高身長であり、セティスよりも身長が高かったりするが、両者共にそれぞれ全く違う魅力があるとシルヴィアは思った。
そんなセティスへ、ギルバートからの手紙を手渡しながら、シルヴィアは小声で呟く。
「あの、どうかこの事は、しゅ、主人にはご内密に……」
シルヴィアは中々言い慣れない『主人』という単語を口にすると、噛みそうになってしまったが、セティスは気にした様子もなく快諾してくれた。
(出張中の旦那様は、まさか私が仕事で隣国へと渡っているなどとは、夢にも思っていない筈だわ……)
同じく王太子の近衛騎士である、セティスの様子を見ていてもアレクセルの出張先が、この国とは思えない。
「心得ております、ご心配なく」
キリリと引き締めた表情は、先程までの印象とは打って変わって大人びて見えた。胸に手を当て礼をする洗練された様は、彼が高い教養を受けて身に付けた事が伺える。
「では、参りましょうか」という彼の案内と共に、シルヴィアはフレリア王宮を目指して歩き始めた。
**
「今の時期は珍しい青い花、ネモフィラなども見頃になっていますね」
王城に向かって歩みを進めながら、セティスは町の事も話してくれているせいか、観光案内をされている気分になってくる。
「あ、そこのパティスリーは特にパイがお薦めなんですよ。折角だからもっとゆっくりと、街を案内して差し上げたかったのですが」
やはり観光も兼ねていたらしい。案内されるがまま王宮の城門をくぐり、白亜の城に足を踏み入れた。白銀の漆喰装飾に、宗教画が描かれた天井の廊下を渡り、ある一室に通される事となった。
シルヴィアは一人この部屋で待つ事となり、ようやく外套を外し、用意されたお茶を飲むために席についた。
しばらくすると扉がノックされ、部屋に入って来たのは眼鏡と帽子を外して、騎士服に着替え直したセティス。
そしてその後に続いたのは、金の輝く髪にエメラルドの瞳を潤ませる美しき令嬢が、感極まったように声をあげる。
「シルヴィア様っ」
ギルバートの婚約者であり、フレリアの公爵令嬢レティシアがシルヴィアに駆け寄った。
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