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本日は当初の予定より、邸へと早く帰れる事になり、晴れやかな気分でアレクセルは家路を急いでいた。


両腕を広げる様に開かれた正面玄関に、横付けされた馬車からこの邸の主人、ルクセイア公爵ことアレクセルが降りて来る。
玄関には主人を出迎えるため、執事のトレースが既に待機していた。

「お帰りなさいませ旦那様」
「ああ。ところでシルヴィアは?」
「奥様なら庭園にいらっしゃいます」
「そうか」

トレースの返答を聞くとすぐに踵を返し、アレクセルは邸に入らず、そのまま庭園へと向かう事にした。

「それと、実はお客様がお見えになられていまして」

トレースが何か言っているが、気にせずシルヴィアの元へと歩みを進める。
お客様とか聞こえた気がしたが。もし現在客人をシルヴィアがもてなしている最中なら、どちらにせよ自分も、挨拶くらいはした方がいいだろう。

(来客とは、シルヴィアの仲のいい令嬢とかだろうか?)


こんなにも早くに自分が帰ってきた事が分かったら、シルヴィアは驚くに違いない。
兎に角早くシルヴィアの顔を見たかった。


雲一つない青空の下、真っ白なテーブルクロスを掛けた長テーブルに、ティーセットやスコーン、焼き菓子などが並べられている。
まず目に入ったのは、テーブルを囲む邸の侍女達。

そういえばお茶の時間だけは、使用人達と一緒にしたいと、シルヴィアからの申し出があったと報告されていた。

(客人が来ていると聞いたが、侍女を交えてお茶をしているとは……)

少し戸惑いながら妻の姿を探す。侍女達に囲まれ、中央に座るのはシルヴィア……と、異国のゆったりとした長衣を着る、見知らぬ白銀の髪の男。

(男……!?)

「あら、旦那様」

茫然自失となり立ち尽くしていると、すぐにシルヴィアが、アレクセルを見つけて声をあげた。

「旦那さまっ!?」
「お帰りなさいませ旦那様!」

シルヴィアの一声により、お茶を楽しんでいた侍女達も慌てて立ち上がり、主人に礼をする。
シルヴィアも席を立ち、アレクセルの元へと歩み寄った。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「ただいま……。シルヴィア……」

室内に男と二人きりとかではなく、侍女達とただ客人をもてなしていただけなのかもしれないが、予想外の出来事にアレクセルの心は掻き乱された。
「一体誰ですか!?」と、騒ぎ立ててしまいそうな自分を抑え、努めて平静に声を出す。

「シルヴィア、客人が来られていると聞きましたが、あちらの方はどなたでしょうか」
「彼はジー……」
「もしかしてお前がシルヴィアの名ばかりの旦那か?」

言いかけたシルヴィアの言葉を遮るようにして、不躾な物言いがぶつけられる。
白銀の髪の男は高貴な見た目に反して、随分とぞんざいな口調だった。

「な……」 

無造作に切り揃えられた白銀の髪を、少量だけ上で束ね、腕には羽根のアクセサリーを巻き付けている。異国風の服装の服装とそして、黄金の瞳が特徴的な風貌。それでいて中性的な美貌を有している男が、真っ直ぐにアレクセルを射抜くように視線を向ける。

「初夜さえも、シルヴィアの元に居なかった男が、名ばかりの夫ではいというのなら、逆に何だというのか?」
「もう、ジークっ」

シルヴィアが男の名を呼び、慌てて制する。
何故そのような事まで知っているのか、そしてシルヴィアとは名前で呼び合う仲なのかと、そちらも気になってしまった。

「じゃあ、また来る」
「え?ええ。今日はありがとう……」

もう来るなと、頭の中で吐き捨てるアレクセルの目の前で、ジークと呼ばれた男はシルヴィアの頭に自身の手を乗せて撫でる。

「なっ、妻に触るな!」

アレクセルの怒りにジークと呼ばれた男は臆する事なく睨み返す。
 
「お前のじゃない」

吐き捨てた瞬間ジークの身体は、風のように一瞬でが跡形も無く消えしまった。

「!!!!」

いけ好かない相手の姿が消えた事には驚いたが、そんな事よりも今はもっと気になる事がある。

「だ、誰なんですか一体!?さっきの男は誰です!?」
「えっと……彼はジークっていって、精霊なんです」
「精霊……」
「ジークは風の精霊で、実は私はジークと契約をしているから、自在に飛べたりするのです」
「契約……」

初めてシルヴィアと出会った時、上から降ってきたにも関わらず、軽やかに浮かぶように地上に着地していた。
そしてこの邸から抜け出して、下町へ遊びに行く時も正門を使わずに、塀を魔法で飛び越えていた。それらの魔法が、さっきの精霊との契約によるものだったとは。

この世に精霊と呼ばる存在がいるのは、アレクセルも知っている。彼らは魔力を具現化したような存在であり、時に人と契約をして力を授けるとも言われている。
だが、精霊だろうがなんだろうが、自分以外の男がシルヴィアに触れて言い訳がない。

「はい。小さな頃からの付き合いで、保護者みたいなものでしょうか?」
「……」

保護者というからには、恋愛感情にはなり得ないのかもしれない。だが、小さな頃からシルヴィアと共にいた。小さな幼女シルヴィアを愛でる事が出来たなんて許し難い。
単純に羨ましすぎて、嫉妬の炎は弱まるどころか燃え上がる一方だった。


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