上 下
28 / 67

28

しおりを挟む
 ようやく立ち上がったアレクセルは、シルヴィアを愛おしげに見つめる。

「すみません……。あまりにも美しく可愛らしたったもので、妖精か月の女神かと思いましたよ」
「そうですか」

(拝みそうになったり、甘い言葉を囁いてきたりと、騎士団の方々は皆似たような行動を取るのですね)

 アレクセルの今の様子は、本日サロンにお邪魔した時に目にした騎士達を彷彿とさせる。
 甘い言葉の男装の麗人クリスに、アレクセルのその他大勢の男部下達。


「少しだけお時間を頂いてもいいですか?お話したい事がありまして」
「ええ、まだ寝る予定ではないので、大丈夫ですよ」

 言われてアレクセルは、嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます」

 整い過ぎた顔立ちのせいか、黙っていると冷たく見える彼だが、笑顔になると途端可愛らしく思えてくる。

 シルヴィアは突如来訪した夫を寝室に通し、長椅子へと案内した。


「実は一緒に、シルヴィアに贈る宝飾品を話し合いたいと思いまして」
「まぁ」
「領地の鉱山から取れる石で、首飾りや耳飾りなどを作ろうと思うのですが、カタログも持ってきました」

 鉱山のあるルクセイア領は宝石の産地としても有名で、腕利きの職人達による宝飾品は王都でも人気を博している。

 夫が大きな本を抱えているなと思っていたら、カタログだったとは。やたら分厚いはずだと納得した。

「シルヴィアは、どんなモチーフがお好きですか?」

 シルヴィアの宝飾品を選ぶのに、上機嫌なアレクセル。カタログをめくり、二人で同じページに目を通す。マーガレットにブバリアに月桂樹。様々なモチーフに心がときめく。
 結婚当初はこんな風に邸で、楽しい時間を共有出来るようになるとは思わなかった。

 王宮で不審な男を取り押さえた時の顔や、騎士団の仲間達といる時の顔。そして今この瞬間の、心の底から嬉しそうな顔。

 今日は今まで知らなかった、アレクセルの色んな一面を見れた気がした。



 **

 ルクセイア家当主の執務室。
 室内にはアレクセルが重厚な書斎机に向かう。そして執事のトレースと侍従のセインが、仕事の補佐をするべく待機している。

 そんな中仕事は一旦中断しているようで、三人の中でとある話し合いが行われようとしていた。まず口を開いたのはセインである。

「やっと、王宮でのお仕事も落ち着きそうですか?」
「まぁ、問題の一つは片付いたかな。それでも人手が足りないのは変わりないが」

 苦々しく呟くアレクセル。
 それもそのはず、結婚式当日から計画されていたとしか思えない急な仕事量の増加。やたら期限が迫っている書が来るのは、わざと期限ぎりぎりに遅らせて届けられたとしか思えなかった。
 そんな忌々しい日々が続き、新妻であるシルヴィアとの親睦を深める時間を、大幅に削られていた。

「結婚直後から嫌がらせのように膨大な仕事に悩まされ、当然私は王太子に直談判した。
 そしたらシルヴィアと結婚させてやった恩と言わんばかりの、憎たらしい笑みで嘲笑ってきやがった。あの腹黒王太子め。確かにその事に関してのみ感謝しているが」

 自国の王太子である主君に対し、日頃の恨みからか拳を握りしめて吐き捨てた。
 そんなアレクセルを見ながら、トレースも眉をひそめる。

「ですが、結婚式当日はいくらなんでもやり過ぎなのではないですか?いくら王太子殿下と言えども」

「私もそう思って詰め寄ったら……あの子はまだ恋愛もした事がない、とても純粋な子なんだ。真の夫婦になる前に、シルヴィアを振り向かせてやってくれと言われて納得してしまった……」

 自分だって、シルヴィアに振り向いて貰い、その後に夫婦の契りを結べたらどんなに幸せかと思った。男女事に免疫のなさそうなシルヴィアを、怖がらせるのも嫌だ。
 そう思っていたのに、仲を深める時間を取り上げられる日々。きっと全ては王太子からの嫌がらせに違いない。なんせあの王太子は、何故かシルヴィアの兄を自称している。シルヴィアの実家には、陰険なシスコン兄までいるのに。全く意味が分からない。


「確かに……奥様が純粋である事はよく分かります。それに、新婚にも関わらず旦那様がいくらお忙しくされようとも、邸にほぼ帰ってこないなんて異常事態です。ですが奥様は全くその事についてお気に病むことはなく、毎日それはそれは楽しそうにお過ごしになられていました」


 自分が帰らない事にシルヴィアが悲しんでいたらと思うと心が痛かった。だが何とも思ってなさそうなのは、それはそれで胸が抉られた。

 食事も残すことなく、全て食べているとの報告がアレクセルの元へとされている。毎日あの華奢な身体にきっちり納めていくのだ。これだけでも、とても健やかに過ごしている事が想像出来た。

 遠い目をするアレクセルに、セインは今まで話を聞いた中で浮上した、自身の疑問を口にする。

「待って下さい。王太子殿下に結婚させてやった、という態度を取られたという事ですが、以前よりアレク様は、奥様を自身の妻にとご所望だったという事ですよね?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~

氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。 しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。 死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。 しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。 「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」 「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」 「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」 元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。 そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。 「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」 「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」 これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。 小説家になろうにも投稿しています。 3月3日HOTランキング女性向け1位。 ご覧いただきありがとうございました。

処理中です...