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邸に着くと、アレクセルのエスコートで馬車を降りた。
帰宅した後は着替えてから夫婦揃って夕食を取り、ティーサロンで食後のお茶を飲み終えてすぐに、アレクセルは立ち上がった。
「私は溜まってしまった家の仕事をしなくてはいけないので、先に自室に戻ります。シルヴィアはゆっくり休んで下さい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございます」
「……」
お礼を述べれば、アレクセルは今にも捨てられそうな、子犬の表情でシルヴィアを見つめてくる。
(え~と……旦那様は何故そのような表情をなさっているのでしょうか?)
すぐに自室に戻ると言ったのはアレクセルの方なのに。これでは自分が何か悪い事を言ってしまったのかと、思案してしまう。
でもそのような筈はない。ごく自然な会話の流れだった。それなのにこんな夫を見ていると、何故だか心がズキリと痛んだ。
それと同時に何故か、可愛らしくも見えてしまうから不思議だ。
ルクセイア公爵と近衛騎士団団長という肩書きや、常に誠実に仕事と向き合う彼の事を、そんな目で見る日が来るとは思わなかった。
(年上の男性の事を可愛らしいと思うなんて、私ったら。これはきっと失礼な事なのだわ)
奇妙な見つめ合いの中、その流れを断ち切ったのは紫苑色の髪に紅玉の瞳の従者、セインだった。
「はいはい」
パンパンと大きく手を叩いて空気を打ち壊すセイン。
「奥様もお疲れのようですから、早めにお休み頂きましょう。最近王宮でのお仕事がご多忙だった旦那様には、領地のお仕事がたくさん用意されていますからね。早く取り掛かって貰わねば困ります」
「くっ……。シルヴィア、お休みなさい」
普段シルヴィアは彼に口数の少ない印象を抱いていたが、今日は妙に饒舌だった。
そんなセインは、後ろ髪引かれる様をそのまま体現しているアレクセルに対し、更に鋭利な声で斬りつける。
「何回挨拶すれば気がすむんですか。しつこいと嫌われますよ」
この言葉がトドメとなり、悲しみを背負ったままアレクセルは自室へと戻って行った。真後ろにはセインがピタリと張り付き、後に続く。
(旦那様って、お家だと少し子供っぽく見えるのね。意外だわ)
アレクセルがティーサロンを出て少し立ったが、念のためシルヴィアは近くにいる執事、トレースへ小さな声で囁いた。
「セインって結構旦那様に対して、ズバズバとした物言いをするのね……」
「えぇ。セインは幼少の頃よりこの邸にきてから、旦那様とはご兄弟のように共に育ちましたから」
「なるほど……」
年齢が近く、共に成長したのなら先程の二人のやり取りも頷けるかもしれない。
それでも使用人が主人に向けるのには有り得ない程の毒舌ぶりだったが、アレクセルが許しているからこそなのだとシルヴィアは納得した。
**
寝室に戻るとシルヴィアは本を読んだり、お風呂に入った後はいつもの通り、ローサの手で丁寧に髪を梳かして貰った。
ルクセイア家に嫁いでからは、王宮の寮で暮らしていた以前に比べて、髪の輝きの差は歴然だと自分でも思う。
窓辺から外を眺めやると、空は銀の星でいっぱいだった。しばらく一人夜空を堪能していると、扉を叩く軽快な音が部屋に鳴り響く。
「はい?」
「私です、シルヴィア。開けて貰えませんか?」
(あら、もしかしなくても旦那様かしら?)
アレクセルが自分に用があるそうなので、小走りで扉に近づく事にした。
「どうぞ」と口を開こうとした瞬間……。
「旦那様、いけません!」やら「旦那様には刺激が強すぎ……」それに対して「止めないでくれ!」
と、アレクセルや侍女の声が扉の向こう側から聞こえてくる。何だかやけに騒がしい。
「ど、どうぞ……」
躊躇してしまいそうになりつつ、扉の向こうにいるアレクセルに一言かけた。
扉を開けた瞬間、満開の笑顔のアレクセルが目に飛び込んできたが、アレクセルはそのまま硬直してしまった。
シルヴィアは訝しみながら、夫の顔を覗きこむ。
入浴後の艶々の髪に。ライムグリーンの半袖ワンピースの寝衣は、薄い紗を重ねた作りになっており、膝下が少し透けて見える。身体のラインもほんのり浮き彫りとなっていた。
「……ああ」
謎の呻きを発した直後、アレクセルは蹲ってしまった。
「だ、旦那様!?」
「だから申しましたのに!旦那様には刺激が強いとっ」
(刺激?)
確かに夫婦でなければ寝衣姿など見せる訳にはいかないが、ごく一般的なデザインの物であり、特別露出が高い訳ではない。
「め、めが……女神が……」
「め、目が?目が痛いのですか!?大変ですかっ!?」
本気で心配するシルヴィアとは逆に、侍女達は何処か呆れを含んだ眼差しで主人を見ている。
起き上がらないまま、有難そうにシルヴィアを見上げるアレクセルは拝みそうな勢いだった。
帰宅した後は着替えてから夫婦揃って夕食を取り、ティーサロンで食後のお茶を飲み終えてすぐに、アレクセルは立ち上がった。
「私は溜まってしまった家の仕事をしなくてはいけないので、先に自室に戻ります。シルヴィアはゆっくり休んで下さい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございます」
「……」
お礼を述べれば、アレクセルは今にも捨てられそうな、子犬の表情でシルヴィアを見つめてくる。
(え~と……旦那様は何故そのような表情をなさっているのでしょうか?)
すぐに自室に戻ると言ったのはアレクセルの方なのに。これでは自分が何か悪い事を言ってしまったのかと、思案してしまう。
でもそのような筈はない。ごく自然な会話の流れだった。それなのにこんな夫を見ていると、何故だか心がズキリと痛んだ。
それと同時に何故か、可愛らしくも見えてしまうから不思議だ。
ルクセイア公爵と近衛騎士団団長という肩書きや、常に誠実に仕事と向き合う彼の事を、そんな目で見る日が来るとは思わなかった。
(年上の男性の事を可愛らしいと思うなんて、私ったら。これはきっと失礼な事なのだわ)
奇妙な見つめ合いの中、その流れを断ち切ったのは紫苑色の髪に紅玉の瞳の従者、セインだった。
「はいはい」
パンパンと大きく手を叩いて空気を打ち壊すセイン。
「奥様もお疲れのようですから、早めにお休み頂きましょう。最近王宮でのお仕事がご多忙だった旦那様には、領地のお仕事がたくさん用意されていますからね。早く取り掛かって貰わねば困ります」
「くっ……。シルヴィア、お休みなさい」
普段シルヴィアは彼に口数の少ない印象を抱いていたが、今日は妙に饒舌だった。
そんなセインは、後ろ髪引かれる様をそのまま体現しているアレクセルに対し、更に鋭利な声で斬りつける。
「何回挨拶すれば気がすむんですか。しつこいと嫌われますよ」
この言葉がトドメとなり、悲しみを背負ったままアレクセルは自室へと戻って行った。真後ろにはセインがピタリと張り付き、後に続く。
(旦那様って、お家だと少し子供っぽく見えるのね。意外だわ)
アレクセルがティーサロンを出て少し立ったが、念のためシルヴィアは近くにいる執事、トレースへ小さな声で囁いた。
「セインって結構旦那様に対して、ズバズバとした物言いをするのね……」
「えぇ。セインは幼少の頃よりこの邸にきてから、旦那様とはご兄弟のように共に育ちましたから」
「なるほど……」
年齢が近く、共に成長したのなら先程の二人のやり取りも頷けるかもしれない。
それでも使用人が主人に向けるのには有り得ない程の毒舌ぶりだったが、アレクセルが許しているからこそなのだとシルヴィアは納得した。
**
寝室に戻るとシルヴィアは本を読んだり、お風呂に入った後はいつもの通り、ローサの手で丁寧に髪を梳かして貰った。
ルクセイア家に嫁いでからは、王宮の寮で暮らしていた以前に比べて、髪の輝きの差は歴然だと自分でも思う。
窓辺から外を眺めやると、空は銀の星でいっぱいだった。しばらく一人夜空を堪能していると、扉を叩く軽快な音が部屋に鳴り響く。
「はい?」
「私です、シルヴィア。開けて貰えませんか?」
(あら、もしかしなくても旦那様かしら?)
アレクセルが自分に用があるそうなので、小走りで扉に近づく事にした。
「どうぞ」と口を開こうとした瞬間……。
「旦那様、いけません!」やら「旦那様には刺激が強すぎ……」それに対して「止めないでくれ!」
と、アレクセルや侍女の声が扉の向こう側から聞こえてくる。何だかやけに騒がしい。
「ど、どうぞ……」
躊躇してしまいそうになりつつ、扉の向こうにいるアレクセルに一言かけた。
扉を開けた瞬間、満開の笑顔のアレクセルが目に飛び込んできたが、アレクセルはそのまま硬直してしまった。
シルヴィアは訝しみながら、夫の顔を覗きこむ。
入浴後の艶々の髪に。ライムグリーンの半袖ワンピースの寝衣は、薄い紗を重ねた作りになっており、膝下が少し透けて見える。身体のラインもほんのり浮き彫りとなっていた。
「……ああ」
謎の呻きを発した直後、アレクセルは蹲ってしまった。
「だ、旦那様!?」
「だから申しましたのに!旦那様には刺激が強いとっ」
(刺激?)
確かに夫婦でなければ寝衣姿など見せる訳にはいかないが、ごく一般的なデザインの物であり、特別露出が高い訳ではない。
「め、めが……女神が……」
「め、目が?目が痛いのですか!?大変ですかっ!?」
本気で心配するシルヴィアとは逆に、侍女達は何処か呆れを含んだ眼差しで主人を見ている。
起き上がらないまま、有難そうにシルヴィアを見上げるアレクセルは拝みそうな勢いだった。
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