上 下
27 / 67

27

しおりを挟む
邸に着くと、アレクセルのエスコートで馬車を降りた。
帰宅した後は着替えてから夫婦揃って夕食を取り、ティーサロンで食後のお茶を飲み終えてすぐに、アレクセルは立ち上がった。

「私は溜まってしまった家の仕事をしなくてはいけないので、先に自室に戻ります。シルヴィアはゆっくり休んで下さい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございます」
「……」

お礼を述べれば、アレクセルは今にも捨てられそうな、子犬の表情でシルヴィアを見つめてくる。

(え~と……旦那様は何故そのような表情をなさっているのでしょうか?)


すぐに自室に戻ると言ったのはアレクセルの方なのに。これでは自分が何か悪い事を言ってしまったのかと、思案してしまう。
でもそのような筈はない。ごく自然な会話の流れだった。それなのにこんな夫を見ていると、何故だか心がズキリと痛んだ。
それと同時に何故か、可愛らしくも見えてしまうから不思議だ。

ルクセイア公爵と近衛騎士団団長という肩書きや、常に誠実に仕事と向き合う彼の事を、そんな目で見る日が来るとは思わなかった。

(年上の男性の事を可愛らしいと思うなんて、私ったら。これはきっと失礼な事なのだわ)

奇妙な見つめ合いの中、その流れを断ち切ったのは紫苑色の髪に紅玉の瞳の従者、セインだった。

「はいはい」

パンパンと大きく手を叩いて空気を打ち壊すセイン。

「奥様もお疲れのようですから、早めにお休み頂きましょう。最近王宮でのお仕事がご多忙だった旦那様には、領地のお仕事がたくさん用意されていますからね。早く取り掛かって貰わねば困ります」

「くっ……。シルヴィア、お休みなさい」

普段シルヴィアは彼に口数の少ない印象を抱いていたが、今日は妙に饒舌だった。
そんなセインは、後ろ髪引かれる様をそのまま体現しているアレクセルに対し、更に鋭利な声で斬りつける。

「何回挨拶すれば気がすむんですか。しつこいと嫌われますよ」

この言葉がトドメとなり、悲しみを背負ったままアレクセルは自室へと戻って行った。真後ろにはセインがピタリと張り付き、後に続く。


(旦那様って、お家だと少し子供っぽく見えるのね。意外だわ)

アレクセルがティーサロンを出て少し立ったが、念のためシルヴィアは近くにいる執事、トレースへ小さな声で囁いた。

「セインって結構旦那様に対して、ズバズバとした物言いをするのね……」

「えぇ。セインは幼少の頃よりこの邸にきてから、旦那様とはご兄弟のように共に育ちましたから」

「なるほど……」

年齢が近く、共に成長したのなら先程の二人のやり取りも頷けるかもしれない。
それでも使用人が主人に向けるのには有り得ない程の毒舌ぶりだったが、アレクセルが許しているからこそなのだとシルヴィアは納得した。


**

寝室に戻るとシルヴィアは本を読んだり、お風呂に入った後はいつもの通り、ローサの手で丁寧に髪を梳かして貰った。

ルクセイア家に嫁いでからは、王宮の寮で暮らしていた以前に比べて、髪の輝きの差は歴然だと自分でも思う。

窓辺から外を眺めやると、空は銀の星でいっぱいだった。しばらく一人夜空を堪能していると、扉を叩く軽快な音が部屋に鳴り響く。


「はい?」
「私です、シルヴィア。開けて貰えませんか?」

(あら、もしかしなくても旦那様かしら?)

アレクセルが自分に用があるそうなので、小走りで扉に近づく事にした。

「どうぞ」と口を開こうとした瞬間……。

「旦那様、いけません!」やら「旦那様には刺激が強すぎ……」それに対して「止めないでくれ!」

と、アレクセルや侍女の声が扉の向こう側から聞こえてくる。何だかやけに騒がしい。

「ど、どうぞ……」

躊躇してしまいそうになりつつ、扉の向こうにいるアレクセルに一言かけた。

扉を開けた瞬間、満開の笑顔のアレクセルが目に飛び込んできたが、アレクセルはそのまま硬直してしまった。

シルヴィアは訝しみながら、夫の顔を覗きこむ。
入浴後の艶々の髪に。ライムグリーンの半袖ワンピースの寝衣は、薄い紗を重ねた作りになっており、膝下が少し透けて見える。身体のラインもほんのり浮き彫りとなっていた。


「……ああ」

謎の呻きを発した直後、アレクセルは蹲ってしまった。

「だ、旦那様!?」
「だから申しましたのに!旦那様には刺激が強いとっ」

(刺激?)

確かに夫婦でなければ寝衣姿など見せる訳にはいかないが、ごく一般的なデザインの物であり、特別露出が高い訳ではない。

「め、めが……女神が……」
「め、目が?目が痛いのですか!?大変ですかっ!?」

本気で心配するシルヴィアとは逆に、侍女達は何処か呆れを含んだ眼差しで主人を見ている。

起き上がらないまま、有難そうにシルヴィアを見上げるアレクセルは拝みそうな勢いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。

あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。 願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。 王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。 わあああぁ  人々の歓声が上がる。そして王は言った。 「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」 誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。 「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」 彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...