新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣

文字の大きさ
上 下
18 / 67

18

しおりを挟む
支払いは全てアレクセル本人が進んで持つことになり、国随一の財産を保有する公爵からの申し出を、誰も断る事は出来なかった。


「すみません旦那様……」
「私としては、貴女とご一緒出来て感謝しているくらいですよ。王宮ではすぐに邪魔が入りましたからね……」
「何ですか?」

何でもありませんという夫にシルヴィアは首を傾げ、一拍置くとずっと考えていた事を切り出した。

「このお会計とは別で、日持ちしそうな焼き菓子などを、お邸の使用人方にお土産として買っていってもよろしいでしょうか?」
「それも私が支払いますが」

アレクセルの言葉にシルヴィアは手をブンブンと横に振って、必死に自分の考えを伝える。

「いえ、自分の宮廷魔術師としてのお給料があるので、お気になさらず。といいますか、日頃お世話になっている方々への感謝の気持ちですので、自分のお金で払いたいなと……」
「なるほど。分かりました」

シルヴィアの気持ちをすぐに汲んでくれる、アレクセルの優しさにほっと胸を撫で下ろす。

買い込んだお土産を、店員が馬車まで運びおえると隣に座るシルヴィアに、アレクセルの声が落ちてくる。

「では近々、今度は私がシルヴィアに何かプレゼントをさせて下さいね」
「え」
「結婚後初めての贈り物となると、何がいいか悩みますね」

アレクセルはまるで、夢見心地のような笑顔を綻ばせた。

**

「旦那様、奥様お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」

馬車から降りて玄関をくぐると、既に夫妻の帰宅を待ち侘びていた使用人達が、総出で出迎えてくれた。
そして夫婦揃って帰宅するのも今回が初。

今夜の晩餐は一緒に食べるという約束をし、アレクセルは時間まで公爵家の仕事を片付けるのだそう。

その間シルヴィアは少し休憩してから、ローサを始めとする侍女達に着替えなど、身支度を手伝って貰う。

「どうしましょう。二人きりのお食事なんてちょっと気不味いかも……」

つい心境を、ブラシで丁寧に髪を梳かしてくれるローサに零してしまう。
こういってはなんだが、戸籍上夫と言えどあまりよく知らない男性。
先程はカフェ内で同席し、しかも二人きりの席だったが、少し離れた席には同僚達もいた。

邸の閉鎖された室内で普通の夫婦みたく食卓につくのを想像すると、何だか今更緊張してしまう。
不安に苛まれるシルヴィアに、ローサは穏やかに微笑む。

「大丈夫ですよ。すぐに慣れますわ」
「細々と生きてきた人見知りなんで……」
「だ、大丈夫です。奥様はすぐに使用人の私達共打ち解けて下さったではありませんか」

家族以外、またはギルバート以外の高位貴族はやはり緊張する。職場にも貴族はいるが、魔術という共通の話題がある分話題の振り幅も大きく、趣味なども理解されやすい。
そもそも魔術師という人種は、貴族などという身分に縛られず、皆良い意味でも悪い意味でもひたすら自由な人間が多い傾向にある。

そしてシルヴィアは今まで夜会や社交を避けて来た人生であり、そんな自分がアレクセルのような、華やかな世界に生きる人と結婚するなんて思ってもいなかった。


晩餐の時間となり、ダイニングのある一階へと降りると執事のトレースと話しをしていたアレクセルが振り返って、着替え終えたシルヴィアの姿を確認する。

淡いラヴェンダーカラーのドレスは、フリルと繊細なレースをふんだんに使い、胸元には白絹の薔薇飾り。
梳かして艶が増した銀の髪には、控えめで小ぶりなピンクパールの花飾りが添えられている。

妻の姿を見るなり、アレクセルは息を呑みしばらく動きを止めた。そんな夫の様子が心配になってしまったシルヴィアは、彼の顔を覗き込んだ。
妻に上目遣いで見上げられ、アメジストの瞳が動揺の色を浮かべる。

「あ、すみません。制服姿もミステリアスで魅力的ですが、着飾ったシルヴィアはどんな姫君でも足元にも及ばない程の美しさですね。思わず見惚れてしまいました」
「どうも」

貴族の男性とは、常に女性を褒めなければいけないらしい。中々大変な習慣だとシルヴィアは同情の目を向けてしまう。

そのまま二人でダイニングへと向かい、いつもは一人で使う長いテーブルは、二人分の食事を運んできても、まだまだ余白が有り余っている。

本日のメニューは、季節の野菜と魚のバリグール、貝のマリニエール、牛ローストなど。

トレースが皿を下げる際に、アレクセルがシルヴィアに話しかける。

「家でちゃんと夕食を食べるのは久々な気がします」

(久々と言いますか……私が嫁いできてからは初めてですけどね。
普段はどちらでお食べになられているのですか?などとお聞きするのは野暮なのでしょうか)

そんな事を考えいるシルヴィアに、アレクセルは話を続ける。

「最近は部下に頼んで、王宮に併設されているカフェでサンドイッチなどを買って来て貰ったりしてすませていました。あれなら執務をこしながらでも、片手間に食べられますからね」
「まあ、お食事中までお仕事なんですか」

驚くシルヴィアに、アレクセルは僅かに眉根を下げて答える。

「今は忙しいのもありますが、人手が足りないんですよ。当然褒められたものではありませんが、行儀が悪いなどと気にしている余裕もなく」

(御当主様が仕事の片手間にサンドイッチなどを召し上がってる間、私は一人豪華な晩餐を楽しんでてすみません……)

何だかとてつもない罪悪感に苛まれそうになる。胸が痛い。

「あ、でも王宮のカフェも美味しいですよね。
私もお昼やお茶で私も利用しますよ」

言った途端、ワインを一口飲んでいたアレクセルはグラスをテーブルに置き、物凄い勢いでシルヴィアの方に顔を向けた。

「貴女も利用するんですか!?」
「!!??」

(ビックリしたーーー!!)

今の何か食いつくポイントあった??という言葉を飲み込みながら胸を抑える。取り敢えず早鐘を打ち続ける心臓を、今は必死に鎮める事に専念した。

「そうだったのか、良い事を聞いた」と一人ブツブツ呟くアレクセルをつい奇異の目で見てしまう。

(こんな旦那様初めて見たし、流石のトレースもビクってなったのを、私は見逃さなかったわよ……)

しかもトレースときたら、眼鏡の奥からアレクセルを冷ややかに睨みつけているではないか。
二人は普段どういった主従関係を気付いているのかは知らないが、こんな様子のトレースもシルヴィアは始めて見た。

「ところでシルヴィアは、うちの料理はお口に合いますか?」
「勿論!とっても美味しくて毎日幸せです」

私ばかり美味しいご飯を食べてすみません。という思いを笑顔の裏に隠し、満開の笑みで答える。

「良かった。こういうのもお好きなのですね」

(ん???こういうの???)

その言い方だと、自分が普段B級屋台グルメばかりを追い求めているみたいではないか。
B級は、B級。普段豪華なお食事を食べつつ、たまにどうしても食べたくなってしまうのが、B級グルメの魅力ではないか。そんな熱い思いをつい語ってしまいたくなる。
そもそも私の趣味が屋台での買い食いだなんて、旦那様は知らないはず。まさかそんな筈は。

シルヴィアは微笑みを貼りつかせたままの表情で、思案する。
結局アレクセルの質問の意図は分からず、食事を終えた後はサロンへと移動して長椅子に並んで座り、お茶を頂いた。

本日はカフェでケーキを三つも食べたので、デザートにはさっぱりとした果物を頼んでおいた。

隣でお茶を飲む美しき夫は、その所作は寸分の隙もなく、思わず見入っていると不意に視線が合ってしまった。
見つめていた事がバレてしまったと、心臓がドキリと高鳴った。

思慮の光を宿すアメジストの瞳が、シルヴィアを映している。

「ところで、シルヴィア」
「はい。何でしょうか?」
「実は後で話があるのですが、執務室まで来て頂けないでしょうか?」

いつになく真剣なアレクセルの表情に、シルヴィアは少し身構えてしまった。

「ここでは出来ないお話なんですか」
「そうです」
「分かりました。後程お伺いさせて頂きます」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...