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1巻

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 化粧はただ、塗りたくればいいものではないとエリーゼは思う。
 タニアは本来美人なはずなのに、それが全く生かされていない。ギラギラと輝くラメや派手な色味が好きな事が化粧からもうかがえる。
 それも細かく繊細な多色ラメなどではなく、大粒のラメが顔や鎖骨な腕など、肌が露出している至る箇所で、ギラギラと光を放っている。見ているだけで目がチカチカしてきそうだ。
 一目見ただけで、誰しもが彼女の好みを把握する事が出来るだろう。ワンポイントに留めておけばいいものを、全てに目立つ色味やラメを配置するから、ただただ奇抜で品がなく見えてしまう。
 加えて年中常に厚塗りで肌に負担をかけているせいか、乾燥していて、まだ若いにもかかわらず目尻の皺などに入り込んでしまっている。それを隠そうとして化粧直しと称し、更に厚塗りを一日に何度も重ねているように見受けられた。
 タニアの化粧をエリーゼは冷静に分析していた。
 以前なら他の踊り子仲間が周りにいたせいか、美的感覚がまだ平均に近かったのだろう。少なくとも今よりかは。
 アランは王宮で開かれるような、正式な夜会にタニアを同伴する事が出来ない。代わりに仮面舞踏会などに二人で出席して、楽しんでいると聞く。退廃的な仮面舞踏会では、敢えて奇抜な衣装がウケるらしいが……
 タニアは王都の上流階級女性に人気の、最新ファッションなどは、知る機会があまりないのか、または知っていてもあまり興味がないのか。
 趣味や個性を貫くなら、せめてもう少し美的感覚が優れていれば良かったのだが。
 そんな事を考えているエリーゼはただ、嫁ぎ先に帰宅するだけなので、現在は控えめなメイクをしていた。
 それにもかかわらず、エリーゼの見た目は全く地味な印象を相手に与えなかった。
 金糸のつややかな髪と、同じ色の長い睫毛。滑らかなりょうや宝石のようなサファイアの瞳、白磁のような滑らかで白い肌。それらはありのままで十分に美しい。
 元々の整った目鼻立ちを生かし、睫毛のキワを埋めるように細くアイラインを引き、自慢の大きな美しい瞳がより強調されている。
 肌は均一に見えるように、肌馴染みのいい物を選んで薄く塗り、素顔でも十分美少女である彼女だが、ほんの少しだけ手を加えただけで更に美貌に磨きがかっていた。
 素肌を美しく保ち、化粧はより肌が綺麗に見えるよう、均一に整える事がエリーゼの理念だ。
 エリーゼが化粧の仕方や、化粧品そのものに興味を持ち、それだけでなく細かに研究しようとするのは、今日まで世話になっていたラガルド家に理由がある。ラガルド家が所有する侯爵領は豊かな自然により、農作物や花の産地としても有名だ。
 ラガルド夫妻はとても仲睦まじく、ラガルド侯爵は自身の妻であり、エリーゼの姉でもあるルイズの美しい金髪を大層気に入っている。
 愛しい妻ルイズのために侯爵領で採れる花やハーブを使用した、ヘアオイルを独自に開発しプレゼントとした。
 それにすぐ目を付けたのは、エリーゼの兄フェルナンド。
 フェルナンドはラガルド侯爵に、共同での事業を持ち掛け、承諾を得るとすぐにブランドの立ち上げに着手した。
 まずは既に社交界で注目を浴びていた、ラガルド家開発のへアケア用品を改良に改良を重ねて商品化。
 侯爵領で採れる花やハーブのエキスが入った、優雅で自然な香りが自慢のヘアオイル。それを使用した、ルイズの光り輝く金髪を目にしたご婦人方は、こぞってそれを買い求めた。
 ルイズが社交の場に出るだけで、商品は飛ぶように売れたのである。
 原材料が採れるのはラガルド領。研究や改良を得意とするのはリュシドール家だった。
 リュシドール家は商売で成り上がった家であり、お洒落なパッケージの加工技術や商売の手腕にも自信があった。
 そのような経緯で、両家が共同で立ち上げたブランドが『フルール ドゥ ルミエール』である。
 ヘアケア用品だけでなく、最近では植物由来のスキンケア、更に化粧品などの開発にも着手し始めるまでになっている。今やすっかり『フルール ドゥ ルミエール』の美容品が国内の貴婦人の間では知らない者などいない程に、成長を遂げた。
 ラガルド侯爵家にいた事により、エリーゼの美容知識と、美意識は格段に上がっていったのだった。
 エリーゼがタニアの身なりを十分に観察し内心嘆息した頃合いで、彼女を呼び止めておいたのにもかかわらず、言葉を失っていたアランはようやく口を開いた。
 これ以上の沈黙は不自然すぎるので、何とか言葉を発して要件を言わなければいけない。

「……夜会で着るドレスを用意してあるから、後日それを着るように」

 アランの言葉に、また似合わないセンスのないドレスを着させられる事を思うと、エリーゼは気分が滅入ってしまいそうだった。

「夜会用のドレスは、自分で持ってきましたから結構です」
「何?」

 アランはいらち、眉をひそめた。せっかく用意してやったのにと言わんばかりの表情だ。分かりやすい。
 何もかも理解できない相手であってもここまで分かりやすければ何の恐怖もない。エリーゼは少しもひるむ事なく続ける。

「ご用意してくださったのはきっと、以前に採寸したサイズのドレスだと思われます。しかしそのサイズのドレスでは、もう私の身体では着る事ができません。ですから夜会用には改めて採寸した、現在のサイズの物を自分で仕立てておきました」

 言われてアランは無意識に、エリーゼの白い胸の谷間へと自然と目がいってしまい、顔を真っ赤にさせて目を泳がせた。

「⁉……そ、そうだなっ!」

 暖かい季節となり、薄着になった事で上品なドレスからでも、自然と胸元の谷間が見えるようになっていた。
 確かにぱっと見ただけでも、以前よりも色々と成長している。侯爵家で用意したドレスでは、着るのは難しそうだ。
 夫妻の会話が一区切りしたところで、終始見守っていた執事がエリーゼに声をかける。

「奥様、お食事は如何なさいますか?」
「食べて来たから大丈夫よ」
「では、お部屋にお茶をお持ち致します」
「そうね、お願いするわ」

 そう言って自分の部屋へと向かうエリーゼは背筋を伸ばし、洗練された所作を崩さず美しく歩く。そんな女主人の姿に、使用人達は誰もが見惚れた。


 ずっと子供だと思っていたにもかかわらず、すっかり美しい女性へと成長したエリーゼへの衝撃を、アランは自室に戻った後も未だ引きずっていた。
 そういえばたまに屋敷ですれ違っても、うつむいてばかりいるエリーゼの顔を、まともに見ていなかった。短期間であのように、見違えるほど変わるとは……確かに年齢から察するに成長期なのだから当然だ。
 そして、これから更に美しい大人の女性へと成長していく事は、考えずとも分かった。
 しかしまだ完全な大人ではないものの、少女の可憐さと大人の女性の狭間。両方の良さを併せ持つ、絶妙な魅力を放っていた。
 そんな物思いに耽っているアランの様子を、タニアが気づかないはずはない。肩の出た光沢のある、濃い紫の寝衣をまとい、広い寝台で寝そべる彼女は、椅子に座って窓の外を眺めているアランに視線を向ける。
 エリーゼが帰ってきてから、ずっとぼんやりとしているアランの事が、タニアは気に入らないでいた。
 エリーゼを気にしているのかと思うと、気が気ではなかった。
 それもそのはず、自分はいくらアランの恋人といえど、正式に認められたものではない。
 かたや伯爵家出身のエリーゼは、国が認めたアランの正妻であり、次期侯爵夫人。
 アランの今までのエリーゼへの冷遇は、年齢が子供という理由と、感情の伴わない婚姻に対しての不満から来るものだった。
 それが覆ってしまっては、自分の立場は一体どうなるのか。平民の自分からすれば、貴族の義務など知った事ではない。自分の今の暮らしがおびやかされる訳にはいかないのだ。
 それに贅沢を知った後では、今更元の生活になど戻れるはずなどない。
 しびれを切らしたタニアからの、不機嫌な声が投げかけられる。

「ちょっとアラン。少し綺麗になったからって、エリーゼを今更正妻として扱おうだなんて思ってないわよね?」
「あ、ああ……」

 タニアの『今更』という言葉が突き刺さった。確かに今更だ。
 タニアの考える通り、アランは成長したエリーゼの事が、頭から離れないでいた。
 上品で清潔感のあるドレスを着こなし、化粧や髪型に至るまでとても品があって洗練されていた。そんな彼女を見た瞬間、今までとても魅力的に思えていたタニアがかすみ、途端に品がなく思えてきてしまった。
 多少ぽっちゃりしてきたものの、その程度で長年育んできた愛情が消える事はなかったはずなのに。今までは。
 だからといって結婚以来ないがしろにしてきた妻に対し、美しく成長した姿を見た途端、いきなり歩み寄りの姿勢を見せるのは、流石のアランも虫がよすぎるとは分かっている。タニアの存在もあるし、もう少し様子を見なければ……
 結婚が決まった時、アランは愛する恋人がいるにもかかわらず、望まない政略結婚をさせられてとても不満だった。だからといって、それが十三歳で一人嫁いで来たエリーゼに、鬱憤うっぷんをぶつけて良い理由にはならない。
 妻としての役割を果たせない未熟な子供。男女の色恋などが分からないであろう幼稚な精神では、多少の理不尽など、あまり理解出来ていないと高をくくっていたのも事実。
 しかし今のエリーゼの眼差しは、強い意志を持つ一人の女性という印象だった。


 夜が更け、湯浴みを終えたエリーゼの髪の水分を侍女が拭き取り、乾かしてから丁寧にかしていく。
 金糸の髪は角度を変える度に光り輝くほど、つやめいていた。髪をかしながら、侍女は感嘆するようにうっとりと呟いた。

「エリーゼ様の髪、ますます艶々つやつやになられて本当にお綺麗ですわ」

「フルール ドゥ ルミエールのヘアオイルのおかげかしら? あ、そうだわ。皆にもフルール
ドゥ ルミエールの商品を、お土産として持って帰ってきたから、良かったら貰ってね」
 化粧台の鏡越しに侍女と目を合わせたエリーゼは、持ち帰った荷物から土産を出すよう指示した。

「まぁ、よろしいのですか⁉」

 エリーゼの部屋は、若い侍女達の声で賑わっていた。
 この家の使用人と、エリーゼの関係は依然として良好だ。
 本日までラガルド家に滞在し、しばらくの間邸を不在にしてしまったが、エリーゼの帰りを皆が喜んで迎えてくれた。
 自分達と、気さくに会話を楽しむ女主人が邸を不在にすると、彼ら使用人達はそれだけで寂しく感じてしまう。
 だからこうして帰って来てくれるだけで、彼らの仕事に対する意欲は格段に上がる。皆がエリーゼのお世話をこぞってやりたがる程に。
 早速侍女達は、指示通りエリーゼの荷物から土産を出していく。
 ヘアオイルの入った半透明のボトルや、石のついた缶に詰められたクリームなどが、テーブルに並べられる。
 オーレンシアの貴族女性に大人気で、王都であっても常に品薄状態となっている『フルール
ドゥ ルミエール』の商品を前に、侍女達は夢中になって吟味していた。
 彼女達に商品を説明しながら、エリーゼは、一つ重要な事を口にする。

「ハンドクリームは、男性の分もあるから配っておいてくれる?」
かしこまりました」

 冬になると特に、手の乾燥で痛そうにしている使用人をよく見かける。男性には香りが少ない、薬用のハンドクリームを選んでおいた。これで少しでも、あかぎれや痛みをやわらげてほしい。
 侍女たちが部屋を後にすると、それと入れ替わりでレナがハーブ水を持って来てくれた。二人でしばらく談笑をして過ごす事にしたので、ハーブ水はレナの分も追加した。レナは特に仲の良い侍女であり、お互いの近況報告や他愛のない話で花を咲かせた。エリーゼはラガルド邸での出来事を話し、レナにはコルベール邸の様子を教えてもらった。
 しばらくすると、レナも侍女用の部屋に戻り、私室にはエリーゼ一人きりとなった。
 静寂の中で一人、物思いにふけっていると、この家で過ごした思い出が、じわじわと蘇ってくる。
 まだ背が低かった頃のエリーゼからすれば、大人の男性であり、長身のアランが不機嫌に睨んでくるのは、それだけで恐怖を覚えた。心ない言葉を投げられると、当然傷つく。怖れと不快感は、胸に深く突き刺さっていた。
 何故人は嫌な記憶ほど、鮮明に覚えているのだろうか。
 過去は変えられず、記憶を消す事は叶わない。息を吐き、深呼吸をして古い記憶を一旦頭の隅に追いやってから、今日の事を改めて振り返った。本日帰宅して、久々にアランと会話をしたが、毅然と話す事ができたように思える。
 化粧は女の武器だと聞いた事があるけれど、その通りだと実感した。ほんの少し化粧をほどこしただけなのに、うつむかずに向き合う事が出来るなんて。
 少しでも良い現状に変えるために、これからも顔を上げて生きていきたいと、そう心から思った。


 コルベール家に戻ったからには、夜会への出席を放棄する事は出来ない。
 いつもの如く、アランと馬車で二人きりにならないといけない事実を思えば、すぐに気が滅入りそうになる。しかし普段なら開催日が近づくにつれ、拒みたくなる程嫌な夜会ではあるが、今回は唯一楽しみにしていた事がある。
 エリーゼは自身の兄、フェルナンドから先日受け取ったドレスをまとい、姿見の前に立った。生地から兄と一緒に選んだものだ。
 今まで毎回コルベール家で用意されるドレスは、夫から妻へ贈るとは名ばかりで、実際はタニアが選んだ物だった。
 いくら女性物の服装に興味がないからと、愛人に選ばせた物を妻に着せるのは、多くの人が非常識だと思うはずだ。だが、今更彼らに常識を説いたところで、無意味だろう。
 エリーゼはタニアが選んだと思われる、ケバケバしい色味やデザインのドレスを着せられるのが、いつも苦痛で仕方がなかった。
 今まではずっとこれは、タニアからの嫌がらせの一環だと、思い込んでいた。だが、先日のタニアの化粧やドレスを目の当たりにして、とある可能性が頭によぎる。
 奇抜なドレスは、嫌がらせというより単にタニアの趣味なのではないか。光沢があったり、派手な色味のドレス、大ぶりのアクセサリー類。それらは皆彼女が好んで身に着けるものであり、彼女ならエリーゼよりもきっと似合うはずだ。
 かといって完全な好意で選んだとも思えず、彼女の趣味を押し付けられる筋合いもない。エリーゼとタニアでは、そもそも好む物が正反対と言える。

(今まで贈られたドレスを、センスの悪いドレスという言い方をしていたけれど。あれらはタニアの好みだったのかしら? 申し訳ないけれど、私の趣味ではないのよ……)

 成長期であるエリーゼには、今回彼らが用意するドレスでは確実にサイズが合わないのは予想が付いていた。
 使用人経由でそれを事前に伝えていれば、今のサイズを測った上で、夜会用のドレスを用意して貰えただろう。ただしタニア好みの似合わないドレスを。
 やはり自分で選んだ素敵だと思うドレスを一から作り、それを夜会で着てみたい。そう考えたから、敢えて黙っておいたのだった。


 姿見に映し出されたエリーゼは、水色を基調とし、白と青のレースが施されたコルセットドレスをまとっている。後ろが編み上げになっており、エリーゼの細い腰やスタイルの良さをより際立たせた。
 アクセサリーは細いチェーンに小振りの石がついた、控えめな物を選んだ。
 髪はレナにお願いして、丁寧に編み込んだ後、ふんわりと結い上げて、サイドの髪も軽く巻いてもらった。自分でも、いつもより少し大人っぽい印象になったように感じる。
 今のエリーゼは誰の目から見ても、完璧な若き貴族夫人の姿だった。

「エリーゼ様、とても素敵です!」
「ドレスも本当によくお似合いでっ」
「ありがとう、皆が手伝ってくれたおかげだわ」

 侍女達は、自分達の女主人が美しく着飾った姿を目にして、はしゃいで喜び合った。エリーゼも頬を赤らめて照れた様子を見せつつ、純粋にとても嬉しそうだった。
 夜会の為の仕度を終えたエリーゼが部屋を出て、階段を降りていく。玄関ホールに向かうと、既に支度を終えていたアランが待っていた。アランは階段から階下へと降りてくる、自身の妻の着飾った姿を目に映すなり、息を呑み、一瞬で目を奪われていた。
 まだコルベール邸のエントランスではあるが、アランは無言でエリーゼに腕を差し出す。今まではエスコートというと、会場に着いて入場する時の僅かな間だけだった。
 一瞬驚き躊躇ためらったエリーゼだが、エスコートを受け入れようと、彼の腕へと手を伸ばした。
 エリーゼからは人工的な、キツイ香水の匂いとは違う、ふわりと控えめな花の香りがしてくる。その事に気づいたアランは余計に隣のエリーゼを意識してしまった。
 そして痩せ細って貧相だと思いこんでいたエリーゼは、確かに一見華奢ではあるが、実際は健康的な細さであり、何より豊かな胸もある。


 感心したようにエリーゼの全身を眺めやるついでに、視界に入った首筋やうなじが妙に色っぽかった。アランは自身の妻が隣にいるだけで、胸が高鳴ってしまった。


 馬車内では当然、いつものように沈黙が貫かれていた。お互い会話を交わそうとしないまま、ゴトゴトと走行する音のみが響く。揺られながら窓の外を眺めていると、ほどなくしてコルベール夫妻を乗せた馬車は、王宮へと到着した。
 馬車を降り、再びエリーゼはアランにエスコートされると、揃って会場へ入場する。
 広間に入ると天井にはさんぜんと輝くシャンデリアが吊るされ、壁には精緻な模様や宗教画、そして燭台がふんだんに並べられている。
 参加者の華やかな装いも一層、広間をきらびやかに見せた。
 アランにエスコートされるがまま、会場を進んでいく。参加者の多くが、若きコルベール家の次期当主とその妻に視線を向ける。誰もがエリーゼの美しさに目を奪われた。
 最上級の装いで着飾った人々の中にあっても、エリーゼはそこにいるだけで人目をく。
 美男子の部類に入るアランと並べば、それだけで会場中の視線は自然と二人に集まった。
 自分に釣り合うようになったエリーゼを連れて歩く事に、アランは悪い気はしない。それどころか、熱い視線をエリーゼにむける男達に、優越感さえ感じていた。夫妻が会場の中心近くまで、歩みを進めたその時。
 エリーゼが突如立ち止まり、アランの腕から手を離した。

「では、私はこれで」
「どこへ行くつもりだ……?」
「私がお隣にいる事は、恥だそうですから。私の事はお気になさらず。普段通り、壁の花となっておりますので。……いつもの事でしょう? どうぞ、貴方もいつも通りお知り合いと、お話でもされて来てはいかがでしょうか?」

 確かに夜会での別行動はいつもの事。違いといえば、今夜それを言い出したのがアランからではなく、エリーゼのほうからだったという事だけだ。
 これまでのアランは会場に入った後、義務は果たしたとばかりにすぐにエスコートを止めていた。そしてエリーゼを放置して、友人と話していたり、他の女性のところなどへ行ってしまったりするのが常だった。
 言い切った後、エリーゼはアランの反応を伺う事なく、さっさと離れて行ってしまった。まるで、自身の夫にじんも興味がないように。

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