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1巻
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しおりを挟む【プロローグ】
貴族として生まれたからには、家のための結婚は避けられないものだ。
オーレンシア王国で伯爵の位を賜る、リュシドール家の令嬢として産まれたエリーゼも、そのように教育をされて育った。ゆえにデビュタント前の十二歳であっても当然のように、政略結婚について理解をしている。
そして家のための結婚が当たり前となっているこの国の貴族令嬢達に、根強い人気を誇っているものの一つが、男女のロマンスを描いた恋愛小説だ。エリーゼの趣味は読書であり、本なら特に選り好みはあまりしない。薬草学や服飾関連、旅行記、地歴、哲学、そして経済学など、実に様々なジャンルの本を、幅広く読み耽るのが日課となっていた。当然のように流行のロマンス小説も読了済みであり、周りの令嬢と同じようにエリーゼも、本を読みながら胸を高鳴らせた。
特にエリーゼは伯爵家の庭園にある四阿で、本を嗜む事を楽しみにしていた。季節の花々に囲まれた、木漏れ日の降り注ぐ庭園は、心地のいい風と穏やかな時間を満喫する事が出来る。
お気に入りの場所で、ロマンス小説を読み見終わった直後、余韻に浸りながらエリーゼはふと思った。恋愛結婚は現実的でなくとも、結婚をした後に信頼関係を築き、そこから愛が芽生える夫婦だって少なくないはずだ。
実際にエリーゼの姉ルイズは政略での婚姻を既に済ませており、他家へと嫁いでいる。夫となったラガルド侯爵とは、仲睦まじい様子がエリーゼから見ても一目で分かる程で、理想の夫婦と言って過言ではなかった。
だからきっと、自分も姉夫婦のような素敵な関係をいつか、結婚相手と築けるはずだと未来に思いを馳せていた。
ある日エリーゼは、いつも仕事で忙しそうにしており、姿を見る事すら滅多にない父、エドゥアール・リュシドールこと、リュシドール伯爵が現在、邸に帰っていると知った。そしてその父親が自分に、書斎へ来るように言っていると、使用人から言付けられたのだった。
叩扉の後、重厚な本棚に覆われた室内に足を踏み入れ、父と向き合う。執務机に向かうエドゥアールはすぐに本題を切り出した。エドゥアールから告げられたのは、エリーゼに縁談が持ち上がったという内容であった。
幼くして婚約者が決まるのは、貴族社会で珍しい事ではない。
だが未だ会った事のない男性と、この縁談がまとまってしまえば、後に自分達は夫婦となる。頭では分かっていても、なんとも言えない感覚に囚われ、心が騒ついた。ぼんやりと思い描いていた未来が、急に現実となってエリーゼの前に現れたのである。不安に思わないと言えば嘘になる。
相手はエリーゼの八つ歳上で、すなわち二十歳の立派な大人だと聞かされる。その事実がエリーゼにとって一番気掛かりな部分だった。大人になってしまえば、気にならない年齢差でも、現在は大きな隔たりがある。
しかしいくら自分が納得出来なくとも、貴族令嬢に過ぎないエリーゼには、伯爵家の当主である父の決めた事に対して、当然拒否権はない。
不安と僅かな期待と、色んな感情を混ぜ合わせた思いを胸にエリーゼは父に向けて一言、「分かりました」と返事をした。
両家の顔合わせの日は早々に決まった。エリーゼの覚悟が決まる余裕もなく、その日の朝は緊張で、あまり朝食が喉を通らない程だった。
侍女達の手によって髪を梳かしてもらい、少し落ちついた色味とデザインのドレスが選ばれる。着替えさせられたのは、ネイビーのドレス。
準備が整うと、父に連れられ馬車に乗りこんだ。晴れ渡る景色の中馬車は進み、しばらく揺られながら到着を待つ時間は、通常より長く感じた。空の色とは反対に、エリーゼの表情は晴れない。
馬車が高い門をくぐり、車窓からは広い庭園が見える。そして庭園の中央には、歴史を感じさせる立派な邸がそこにあった。
ここはエリーゼの縁談相手、コルベール侯爵家の邸である。コルベール邸へとエリーゼが足を踏み入れるのは、これが初めてとなる。
リュシドール親子は馬車から降りると、出迎えてくれた使用人に案内され、玄関ホールへと入った。
通されたのは、沢山の人を呼べるように作られた、広めのサロン。
長椅子にエドゥアールとエリーゼは並んで腰掛け、邸の主人を待つ。しばらくして現れたのは、コルベール侯爵とその嫡子アラン。
エリーゼの見合い相手であるアランは、黒髪に緑色の瞳が印象的な美丈夫だった。騎士らしく引き締まった身体には、程よく筋肉がつき、武骨さは感じられない紳士的な印象を受ける。
エリーゼは事前に、絵姿でアランの容姿を確認していた。見合い用の絵姿とは、多少美化して描かれる事が普通であり、全く当てにならなかった事例も多数知っている。
だがアランに限っては、絵よりも実物のほうが良く見える程だった。
それぞれが挨拶を済ませると、エドゥアールとコルベール侯爵が話し始める。
二人の会話を聞きながら、エリーゼはアランのほうに視線を向けた。
結婚後の二人の姿を想像してみようとしたけれど、あまりにも漠然としすぎていて、難しかった。けれどこの方が、自分の将来の夫となるかもしれない、いや、当主二人の話しぶりからして、その未来はほぼ確定事項だろう。まだまだ不安だけれど、悲嘆してばかりではいられない。そう思ってエリーゼの向けた視線は、緊張と照れくささと、期待とを混ぜ合わせたものだった。
ふいにアランも真正面のエリーゼのほうを向いた。視線が合った事に驚くエリーゼだったが、彼が明らかに不機嫌そうな表情を浮かべている事に気づき、固まってしまう。
「……っ!」
明らかに不服な態度を隠そうとしないアランだが、萎縮してしまうエリーゼに対し、更に苛立ったように鋭利な視線を向けた。
(どうしましょう……コルベールのご子息は私が気に入らないのか、このお見合いの場自体が不服なのだわ……)
戸惑うエリーゼに異変を感じたのか、エドゥアールとコルベール侯爵が不思議そうに二人を見比べる。
「どうかしたか?」
エドゥアールに問われ、アランはすぐに柔らかな表情を浮かべた。
「いえ、何でもございません」
あまりの豹変ぶりを見せるアランの態度は、更にエリーゼの不安を煽ったのだった。
コルベール家での見合いから帰るとすぐ、エリーゼはエドゥアールに訴えかけた。アランがエリーゼに対し、不満を持っている可能性が高い事、そして出来ればこの縁談を断ってほしい旨を伝えたのだ。
だが、分かってはいたが、エドゥアールには微塵も聞き入れて貰えなかった。
エリーゼはもう一度、見合い時のアランの様子を思い出す。敵意ともとれる、冷たく睨みつけてくるあの瞳は、自分にのみ向けられていた。そこでふと、とある考えが浮かぶ。
(彼のあの様子なら、こちらから断らなくても、きっと向こうから断りを入れてくるはずよ)
不満があるのはあちら側なのだから、きっとこの見合いは破談になる。そう思うと、心が幾分か落ち着きを取り戻した。
その夜エリーゼは「大丈夫、大丈夫」と繰り返し心中で呟いてから眠りについたのだった。
【第一章 白い結婚の始まり】
エリーゼの予想と期待とは裏腹に、アランとの縁談がまとまってしまった。十三歳になる年に、コルベール侯爵家へと嫁ぐ事が正式に決まったのだった。てっきりコルベール側から、破談にしてくれると思っていたのに……
アランは家同士の事情により、仕方なく婚姻を結ぶ事に同意したのだろうか。もしくは、エリーゼが親の決めた物事に拒否権がないのと同様、アランも父侯爵に聞き入れて貰えなかったのだろうか。仕方ないと諦められる性格ならあの場で敵意は叩きつけてこないだろう、後者の可能性が高い。
貴族の婚姻とは、家同士の結びつきの為に行われるもの。貴族ならばそれらを理解して、態度を軟化さえしてくれれば……。しかしエリーゼの、一縷の願いは、彼女が十三歳になり婚礼が近づいても叶う事はなかった。
エリーゼが十三となると、夫のアランの年齢は、二十一歳。アランからすれば、エリーゼはまだまだ幼すぎた。また、侯爵家の跡取りであるアランは、王宮に出仕する騎士でもある。
国の騎士として働く若く健康的な肉体が、女性の体を求めてしまうのは、仕方がない事かもしれない。
そして彼には、二年前からの付き合いになる恋人がいる。酒場で出会った踊り子のタニアが、アランの相手である。
タニアはブルネットの髪のエキゾチックな美人である事に加え、豊かな胸に長い手足の持ち主だった。濃艶な魅力溢れる大人の女性である彼女に、アランは精神的にも肉体的にも彼女に溺れていた。そんな彼にとって、突然の政略結婚は、苦々しく思わずにはいられなかった。
妻となる貴族女性が、歳の近い大人の女性ならまだ我慢が出来たのかもしれないが、現実は十三歳の子供。それにエリーゼは通常の年齢よりも年下に見られる事が多く、小柄で華奢な体型がさらに、見た目の幼さに拍車をかけていた。
もっとも、それはエリーゼ側からしても同じ事が言えた。エリーゼとてまだ子供ではあるが、自慢の金糸の髪は艶やかで、青い瞳は宝石のように美しい。それに加えて、今は亡き母譲りの美貌を受け継ぎ、整った容姿をしている。同年代の少年であれば、たとえ恋する相手がいたとしても、婚約者として紹介された美少女に悪い気はしなかっただろう。また、もしもアランがエリーゼと同い年であれば、不機嫌な彼に睨まれたところで萎縮するまでには至らなかっただろう。
だが、現実として、アランにとってのエリーゼは、何の魅力もない子供であり、エリーゼにとってのアランは、年の離れた威圧感のある男性だった。
結果、アランは侯爵邸での、初めての顔合わせの時から、明らかにエリーゼに対して不機嫌を隠そうとしなかった。その態度は、幼いエリーゼを萎縮させ、顔を俯かせた。
そのためエリーゼ本来の性格は明るく朗らかなのだが、婚姻までに何度か顔合わせをしたアランの前では、常に暗い表情を浮かべる事しか出来なくなっていた。
エリーゼをよく思わないアランからすると、微笑まれたところで嫌悪感を露骨に表すのみ。それに怯えたエリーゼが暗い顔をして俯き、鋭い視線を向けるたびに肩を震わせれば、アランからエリーゼへの印象は更に悪くなる。もはや存在自体を疎んでいると言って、過言ではなかった。
こうしてエリーゼはアランから見て、陰鬱で痩せた子供として認識されたまま、コルベール侯爵家へ嫁ぐ事になったのだった。
◇ ◇ ◇
十三歳という幼いエリーゼに、初夜は酷だという事は誰もが思う。それでも形式として、初夜は夫婦の寝室にて二人で過ごすのが通説だ。
だがアランは結婚初日から愛人を堂々と屋敷に連れ込み、初夜は愛人との時間を過ごした。まるで今日がアランと、その愛人タニアの初夜なのだと言わんばかりに。
コルベール邸にて、エリーゼに与えられた部屋は夫であるアランの部屋へと続く隣の部屋ではなく、客間の一つ。客間の中では一番質のいい部屋なのだが、アランの部屋とは階も違う。
しかしそれはエリーゼを安心させた。
顔を合わせて露骨に不機嫌な態度をとられ、嫌な思いをするのなら、当然会わないほうが平穏だし幸せだ。
エリーゼの父であるリュシドール伯爵も、妻は夫の所有物であるという、一般的な貴族の考えを持つ。現状を報告したところで、聞き入れてくれないであろう事は目に見えている。
きっとあの父親なら『愛人くらいでつべこべ言うな、閨を共に出来る年齢に達するまで辛抱しろ』と言うのみで、何の解決にも至らないのは明白だ。
縁談が纏まってからの一年で、エリーゼは両家の状況を調べ、少なからず把握している。
コルベール侯爵家は歴史こそあるが、近年財政難に見舞われていた。そこで最近力を付けてきた、エリーゼの実家であるリュシドール伯爵家は、コルベール家に多額の持参金と、支援金を渡す代わりに婚姻を結んだ。歴史と金銭、互いにないものを持つ家同士が今後もこの国で発展していくための、典型的な政略結婚である。
思えばエリーゼの姉ルイズも、結果的に仲睦まじい夫婦となれはしたが、嫁入り先のラガルド家は、コルベール家ほどではないものの歴史ある名家だった。伯爵家の更なる発展のため、エリーゼ達リュシドール家の娘は生贄になったようなものなのだろう。
◇ ◇ ◇
婚姻のための調印式から一週間が過ぎ、歩み寄りの姿勢を全く見せない夫アランとのコルベール邸での生活に、エリーゼはある程度の妥協と割り切りを覚えていた。
コルベール邸でエリーゼが私室として使っている、客間の扉がノックされる。
「奥様……あの、お食事をお持ち致しました」
「ありがとう」
エリーゼは読んでいた本から顔を上げた。
本に夢中になっていたが、気付けば侍女のレナが、食事を持って来てきてくれる時間となっていた。
レナは真っ直ぐな栗色の髪に、可愛らしい顔立ちをした侍女である。まだほんのりと、あどけなさが残っている。歳はエリーゼとあまり変わらないように見え、強いて言うならば二、三歳ほどレナのほうが年上といったところか。
エリーゼが自室で食事をとるのは、今日が初めてではない。何度かダイニングで、アランと共に食事を取った事もあったが、その時も彼の側には愛人、タニアの存在があった。
しかもそれは食事の場に留まらず、アランとタニアは邸内でほとんどの時間を共にしている。また王宮での仕事が休みになると、二人で出掛ける事も頻繁であり、仲睦まじい様子が伺える。
エリーゼとは対照的な、濃艶で美しい大人の女性のタニアが、常にアランと共にある。
二人の間に入る余地は、微塵も感じられず、居心地の悪さを感じざるを得なかった。
更に今までエリーゼに対し、不機嫌な態度を取る事が常だったアランはタニアに同調し、共に馬鹿にしたような笑みを浮かべてくるようになった。これはタニアが一緒にいる時のみだが。
睨まれたり無理されたりするより、二人で嘲笑されるほうがエリーゼには余程堪えてしまった。
そのような空間で取る食事は最悪であり、何を食べても全く美味しくは感じない。
そういった経緯から、エリーゼは食事さえ夫と共に取るのを止め、一人自室で済ませるようにした。
アランがタニアと外出するのは、エリーゼとしては好都合。アランやタニアが外出している時こそ、エリーゼは屋敷の中を自由に歩く事が出来る。それ以外は二人と顔を合わせないよう、常に部屋にこもりきりである。
エリーゼは読んでいた本に栞を挟み、二つある椅子のうちの一つ、自身が使っていないほうの椅子へと、一旦本を置いた。そして、レナが配膳をしてくれるのを待つ。
テーブルの上には白いクロスが敷かれ、蒸し鶏のサラダや魚のムニエル、パン、壺に入れられたスープなどが並べられる。
(良い匂い。とっても美味しそう)
暖かな食事の香りに、エリーゼの食欲はそそられる一方だった。
レナがグラスに飲み物を注ぐ様子を、エリーゼがじっと見つめていた、その時。
レナの手がグラスへと当たった。反動でグラスはテーブルの上を転がりながら、中に入っていた水を零していく。幸いエリーゼには掛からなかったが、椅子の上に置いておいた本を濡らし、グラスは床に落ちた衝撃で割れてしまっていた。
「も、申し訳ございません‼」
狼狽しながら、レナは必死に頭を下げて謝罪する。
顔色は見る見る青ざめ、今にも泣き出しそうな彼女を安心させてあげなければ。そう思ったエリーゼは立ち上がり、レナの側まで歩み寄ると、出来るだけ落ち着いた声音で話し掛けようと心掛けた。
「大丈夫よ。本については、こんな所に置いてしまった私のほうに責任があるわ。それにこの本はもう既に、何度も読んでしまった物だから気にしないで。それより貴女に怪我はないかしら?」
「は、はいっ……、ありがとうございます、すぐに片付けます!」
レナは自身よりも歳下の主人である、エリーゼの落ち着いた対応と優しさに、大分冷静さを取り戻しつつあった。
エリーゼはこのコルベール家に嫁いで以来、アランとタニアを除く人々、つまり使用人達の優しさにとても感謝をしている。
嫁いできたにもかかわらず、夫から存在を疎まれるエリーゼを彼ら使用人はとても不憫に思い、この幼い女主人に心から尽くした。裕福な貴族家庭に育ったにも関わらず、傲慢な部分など一切感じさせないエリーゼは、使用人達と非常に良い関係を築きつつあった。
日々彼らの優しさや思いやりに感謝し、エリーゼも出来る限り、彼らに恩を返していこうと思っている。
◇ ◇ ◇
調印式から二ヶ月が経過した。
本日は王宮で開催される夜会に出席する為、コルベール侯爵家嫡男のアランとその妻エリーゼは、夫婦揃って会場へと向かわなければならない。
馬車に乗り込み、会場へ向かう道中、アランとエリーゼは対面で座っていた。乗った直後もアランから、さっそく露骨に嫌そうな顔をされた挙句、盛大に溜息を吐かれてしまった。
ただでさえ、夜会用に似合わないドレスを着せられ、気が滅入っていたのに、更に陰鬱にならない訳がない。
当然会話などあるはずもなく、このまま会場まで気不味い空気のまま耐えなければいけない。
ちなみに、事前に新調したエリーゼのドレスだが、妻に贈るためのドレス選びを面倒に思ったアランに変わって、タニアがオーダーした物。これも愛人からの、露骨な嫌がらせの一環なのではないかと、エリーゼは疑わざるを得なかった。
今までアランは夜会すら愛人を伴う事も多かったが、それでも最低限の社交、特に王宮が主催するような格式ばった物は妻の同伴が義務付けられる。それゆえに、今回は仕方なしに妻のエリーゼを伴うしかない。
会場へ到着し、並んで中へと入る。一歩足を踏み入れれば、眩いシャンデリアと、ふんだんに使われた蝋燭が会場中を照らしていた。夜にもかかわらず、まるで昼間のような明るさを作り出している。
それは思わず目が眩んでしまいそうな空間。
入場した途端すぐにアランは、自身からエリーゼを遠ざけた。それは引き剥がした、と言っても過言でないような、強引な動作だった。
アランはこれ以上、エスコートする事を拒否しているようだが、それはエリーゼだって同じ思いだ。
妻を知人に紹介するつもりもないアランは「そこら辺で待っていろ、勝手な事はするな」と命じ、自分は友人の元へ行って話し込んだり、綺麗な女性と踊ったりと夜会を楽しんでいた。
好奇心に駆られた、アランの友人がエリーゼに近づいて話しかけようとした場面もあった。だがアランに阻止され、それは未遂に終わった。
エリーゼはというと、同年代の友人はまだデビュタントを迎えておらず、話すような知り合いなどあまりいない。ゆえに壁の花になるべく、会場の隅で夜会の様子を眺めるしかなかった。
壁際で夜会の人々を観察していると、流行のドレス、化粧、髪型、身に着けている宝飾品の傾向を客観的に見る事が出来る。
皆流行りのドレスを着こなし、シャンデリアの下で楽団の奏でる演奏で踊る貴族女性達の姿は、とても輝いて見えた。
自分の今着ているドレスを思うと泣きたくなったが、アランの態度が軟化する事はなくとも、せめていつか彼からの感情が嫌悪や嘲笑から無関心になれば、自由に選べるものは増えるだろうと気持ちを切り替える。ここにいる女性達のような綺麗なドレスを着て、踊ったり、その頃には会場にいるはずの同年代の友人達と談笑したりするのはとても素敵な事だろうと想像し胸を弾ませた。
しばらくして小腹が空くと、用意された軽食の元へと行き、皿にいくつか料理を取った。
宮廷料理人が作る食事は当然とても美味しい。珍しい異国の料理やスイーツも用意されており、好奇心を刺激される。
エリーゼは細身ではあるが、ただ痩せこけているのではなく、適度に筋肉もあって代謝がいい。
むしろ平均女性よりも食べる量は多く、好き嫌いも特にない、とても健康的な身体の持ち主だ。それに加えて成長期のせいか、最近食べる量が更に増えた気がする。
皿に取った料理を全て食べ終え、また皿に盛るという行為を繰り返し、最後には見た目も華やかなスイーツに目を輝かせた。
クリームやショコラの甘みを堪能し、エリーゼなりに夜会を楽しむ事が出来た。
狭く閉鎖された馬車内でまたアランと、対面で座らなくてはいけないのは憂鬱だったが、少なくとも夜会そのものがエリーゼにとって悪いことばかりではないと知れたのは、今後もあるだろう必要最低限の社交を踏まえれば僥倖だった。
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