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本編
妖精さんの仕業
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私室にお茶の用意を済ませてから、ティアリーゼはユリウスを呼ぶため、執務室まで足を運んだ。
「手伝うと言ったのに、今日は仕事が立て込んでいて……いや、言い訳だな。申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず」
ユリウスは謝っているが、最近の彼はティアリーゼの淹れたお茶を厨房から、頻繁に運んでくれている。書類整理の手を止めたユリウスは、ティアリーゼと共に執務室を退室した。二人並んで廊下を歩く道すがら、ティアリーゼは楽しげに話し掛ける。
「本日は薔薇の砂糖漬けもご用意致しました」
「軽く摘むには丁度いいね、ありがとうティア」
「実はレイヴンに教わって、作ってみました」
「ティアが!?それは楽しみだ」
ティアリーゼの私室へと入室した二人は、長椅子の方へと足を運ぶ。
次の瞬間、テーブルに用意したティーセットに視線を移したティアリーゼは、困惑の色を浮かべた。
「あら……?」
ティーセットと共に置いた小皿の上に乗っているのは、薔薇の砂糖付け。数日間食用の薔薇を乾燥させた物で、ティアリーゼは出来上がるのを楽しみにしていた。
「何故でしょう、砂糖漬けがほとんどなくなっております……」
「なにっ」
「もっと沢山ご用意したはずでしたのに……」
「まさか、妖精の仕業か?」
「妖精さん……」
「誰が妖精さんだコノ野郎!」
砂糖漬けを抱えたユーノが社交布の辺りから飛び出てきた。『妖精さん』の呼び名は否定しているが、砂糖漬けを盗んだ犯人であることは明白だ。
「招かれてもないのに未婚の女性の部屋に入るとは、油断も隙もない。ティアリーゼの気付かぬ合間に、隙間から入ってきたんだな?一匹発見したら百匹いるらしいから気を付けないと」
「シバクぞ!害虫扱いしてんじゃねぇっ。俺はお菓子にしか興味ないわ!」
「まぁ、お菓子が食べたかったのですね、言って下さればお渡し致しましたのに」
「ふん、悪かったな」
「謝って下さったので、もう咎めませんわ。そちらは差し上げます。お口に合うと良いのですけれど」
「お前いい奴だなっ!この恩はいつかきっちり返すぜ」
二人のやり取りを見ながらユリウスは「謝ったうちに入るか?」と首を捻った。
「じゃ、お菓子は貰ったし俺は出てくよ、邪魔したな」
扉前まで羽を羽ばたかせ、飛んで行ったユーノは短く詠唱を唱える。するとユーノの体に合わせた小さな魔法陣が宙に出現し、目の前のノブが回った。
小さな魔法陣ではあるが、ティアリーゼはそれに見覚えがあった。
(あれは、確かマリータがリドリス殿下にお渡ししていたハンカチに……)
ついティアリーゼが魔法陣に見入ってしまっている間に、扉が一人でに開き、ユーノが部屋から去っていった。
「行ってしまわれましたね」
「そうだね。もしまた一人の時に侵入されたら、すぐに呼ぶように」
「分かりましたわ。それにしても、何だかお城がどんどん賑やかになっていきますね」
「使用人の少ない、静かな城の筈だったんだけどなぁ」
顎に手を当てて、感慨深げに呟くユリウスを見ながら、ティアリーゼはくすくすと微笑んだ。
そして小皿に乗せていた砂糖漬けに再び視線を移す。
「新しい砂糖漬けをご用意して参りますね」
言いながら扉に向かって歩き出そうとするティアリーゼの腕を、ユリウスは咄嗟に掴んだ。
「何処にいく?」
「厨房まで、砂糖漬けを取りに行ってくるのですわ」
「呼び鈴を鳴らせばいいじゃないか?」
「それはそう、ですけれど……」
クルステア公爵家の屋敷の別棟に住んでいた時は、大抵の用事を自分でこなしていた。
あの別棟には、使用人がいない時間の方が多かったから。
そしてこの城も使用人の数は少ない。自分の身の回りをこなすのに、抵抗のないティアリーゼからすると、厨房に菓子を取りに行くくらい何ともない
「これくらい、自分で出来ますわ。使用人ばかりに頼らず、わたしも出来るうることは自分自身でするように致します」
「彼らには給金を支払っているのだから、ティアが気にすることはない」
「確かにそうですが……」
ティアリーゼが逡巡する間もなく、ユリウスは呼び鈴を鳴らして使用人を呼んだ。
「手伝うと言ったのに、今日は仕事が立て込んでいて……いや、言い訳だな。申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず」
ユリウスは謝っているが、最近の彼はティアリーゼの淹れたお茶を厨房から、頻繁に運んでくれている。書類整理の手を止めたユリウスは、ティアリーゼと共に執務室を退室した。二人並んで廊下を歩く道すがら、ティアリーゼは楽しげに話し掛ける。
「本日は薔薇の砂糖漬けもご用意致しました」
「軽く摘むには丁度いいね、ありがとうティア」
「実はレイヴンに教わって、作ってみました」
「ティアが!?それは楽しみだ」
ティアリーゼの私室へと入室した二人は、長椅子の方へと足を運ぶ。
次の瞬間、テーブルに用意したティーセットに視線を移したティアリーゼは、困惑の色を浮かべた。
「あら……?」
ティーセットと共に置いた小皿の上に乗っているのは、薔薇の砂糖付け。数日間食用の薔薇を乾燥させた物で、ティアリーゼは出来上がるのを楽しみにしていた。
「何故でしょう、砂糖漬けがほとんどなくなっております……」
「なにっ」
「もっと沢山ご用意したはずでしたのに……」
「まさか、妖精の仕業か?」
「妖精さん……」
「誰が妖精さんだコノ野郎!」
砂糖漬けを抱えたユーノが社交布の辺りから飛び出てきた。『妖精さん』の呼び名は否定しているが、砂糖漬けを盗んだ犯人であることは明白だ。
「招かれてもないのに未婚の女性の部屋に入るとは、油断も隙もない。ティアリーゼの気付かぬ合間に、隙間から入ってきたんだな?一匹発見したら百匹いるらしいから気を付けないと」
「シバクぞ!害虫扱いしてんじゃねぇっ。俺はお菓子にしか興味ないわ!」
「まぁ、お菓子が食べたかったのですね、言って下さればお渡し致しましたのに」
「ふん、悪かったな」
「謝って下さったので、もう咎めませんわ。そちらは差し上げます。お口に合うと良いのですけれど」
「お前いい奴だなっ!この恩はいつかきっちり返すぜ」
二人のやり取りを見ながらユリウスは「謝ったうちに入るか?」と首を捻った。
「じゃ、お菓子は貰ったし俺は出てくよ、邪魔したな」
扉前まで羽を羽ばたかせ、飛んで行ったユーノは短く詠唱を唱える。するとユーノの体に合わせた小さな魔法陣が宙に出現し、目の前のノブが回った。
小さな魔法陣ではあるが、ティアリーゼはそれに見覚えがあった。
(あれは、確かマリータがリドリス殿下にお渡ししていたハンカチに……)
ついティアリーゼが魔法陣に見入ってしまっている間に、扉が一人でに開き、ユーノが部屋から去っていった。
「行ってしまわれましたね」
「そうだね。もしまた一人の時に侵入されたら、すぐに呼ぶように」
「分かりましたわ。それにしても、何だかお城がどんどん賑やかになっていきますね」
「使用人の少ない、静かな城の筈だったんだけどなぁ」
顎に手を当てて、感慨深げに呟くユリウスを見ながら、ティアリーゼはくすくすと微笑んだ。
そして小皿に乗せていた砂糖漬けに再び視線を移す。
「新しい砂糖漬けをご用意して参りますね」
言いながら扉に向かって歩き出そうとするティアリーゼの腕を、ユリウスは咄嗟に掴んだ。
「何処にいく?」
「厨房まで、砂糖漬けを取りに行ってくるのですわ」
「呼び鈴を鳴らせばいいじゃないか?」
「それはそう、ですけれど……」
クルステア公爵家の屋敷の別棟に住んでいた時は、大抵の用事を自分でこなしていた。
あの別棟には、使用人がいない時間の方が多かったから。
そしてこの城も使用人の数は少ない。自分の身の回りをこなすのに、抵抗のないティアリーゼからすると、厨房に菓子を取りに行くくらい何ともない
「これくらい、自分で出来ますわ。使用人ばかりに頼らず、わたしも出来るうることは自分自身でするように致します」
「彼らには給金を支払っているのだから、ティアが気にすることはない」
「確かにそうですが……」
ティアリーゼが逡巡する間もなく、ユリウスは呼び鈴を鳴らして使用人を呼んだ。
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