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その59

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 立太子が決まってからというもの、エフラムは今まで以上に、公務に忙殺される時間が増えていた。近頃は湖の館へと訪れる機会がないまま、ついに国王が国民の前で王太子を指名するその日が訪れた。

 王都に鐘の音が響き渡る。

 町は祝福であふれんばかりの中、荘厳な王宮はいつにも増して静謐、そして神聖な空気に包まれていた。

 オリヴィアが纏うのは、優しい光沢のあるローブドレス。そして金糸で刺繍された、繊細な紗のヴェールが、頭部から後ろ髪に被されている。
 久々に会ったエフラムは白の正装とペリースを纏い、精悍さが増したようにオリヴィアは感じた。
 挨拶すら忘れて、息を飲むように見惚れていると、エフラムが不思議そうに問いかけてくる。

「オリヴィア?」
「ご、ごめんなさいっ。本日の立太子の宣言並びに、儀式の日取りが正式に決まりました事を、心よりお悦び申し上げます」
「うん、ありがとう。オリヴィアが側に居てくれるだけで、心が強くなれる気がするよ」

 エフラムがふわりと微笑む。
 オリヴィアも同じ思いだ。久方振りにも関わらず、早速の失態を犯してしまった自分に誠実に向き合ってくれた。彼の言葉、存在がいつも自分らしさを取り戻させてくれる。

 ◇

 エフラムと共にオリヴィアがバルコニーへと一歩踏み出せば、集まった民衆の歓声が上がった。

 人々は自分達の王と、王太子となるエフラム。そして聖女を目にして歓喜し、それぞれの思いを口にする。

「エフラム様が王太子になられる日を、自分はどれ程心待ちにしていた事か」
「本当に」
「私は絶対に、王太子はエフラム殿下だと信じて疑わなかったわ!」
「本日のオリヴィア様のお衣装も素敵!エフラム殿下の隣に並ぶと、本当にお似合いのお二人ね」

 若い女性の言葉に皆が同意する中「でも」と一人の青年が口を開き、首をかしげる。

「オリヴィア様の肩の上にいる、太った鳥は一体何だ?」
「え、アレ鳥なのか?なんか、謎の球体が肩に乗ってるなと、気にはなっていたけど」
「本当だ、よく見ると太った鳥……ひよこ?」
「ヒヨコにしてはデカすぎないか?」
「太ってるだけじゃね?」

 フェリクスの存在についても、細やかな議論が産まれていた。

 国王が胸の辺りで手を上げる。
 歓声は波のように退いていき、人々は口を閉じると、自分達の王の言葉へと耳を傾けた。
 エフラムは右手を胸に当てる。

「神の祝福が授けられ、第二王子エフラムが太子として立つ事となった」

 近々エフラムが神殿に赴き、参礼を行う。そして神に清められた後、祝福を賜り正式に王太子となる。
 エフラムを見上げる国民の眼差しは、未来がより明るく照らされる事を、信じて疑わない。
 自分に国民と国の未来が託される重圧を、一身に受け止めながら、真摯な眼差しで彼は口を開いた。

「私の持てる力全て尽くし、国のため民のため、務めを果たして……」

 通る声でエフラムが宣言するその時……。

 それはほんの一瞬の出来事だった。
 空に閃光が走り、オリヴィアは瞳を眇めた。次の瞬間──。

 突如として来訪した、顔を覆った何者かの持つ刃物がエフラムの胸を貫いていた。

「っ!!?」

 割れんばかりの民衆の悲鳴。エフラムが崩れるのと同時に、襲いかかってきた者は警備隊により、すぐに串刺しになっていた。

 厳重な警備が控えているのである、たった一人の敵が飛び込んできた所で負けるはずはない。
 だが、エフラムへの襲撃の隙を与えてしまった。

 白亜のバルコニーに鮮血が飛び散る。

 未来を担う筈の、次期王太子が襲われる場面をその目で見てしまった国民達は絶望の悲鳴を上げた。
 人々の耳をつんざくほどの嘆きの中、オリヴィアの世界は一切の音も色も無く、心がは麻痺していた。

 ──オリヴィアが側にいてくれるだけで、そう言って下さったのに。

 治癒の魔法を使えるオリヴィアであっても、失った命を取り戻すのは不可能である。

 暗殺者は己の命をと引き換えに、太子となる王子の命を奪いに来た捨て駒という事は考えなくとも分かる。

 祝福の時が一変して、血塗られた日へと変貌しようとしていた。
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