53 / 60
その53
しおりを挟む
自室で寝かされていたヨシュアは、重い瞼を開けた。
直前の記憶を探りながら、ぼんやりと室内を眺める。
(確か、アイリーンを庇ったら、自分の手首が地面に斬り落とされて……)
思い出した途端、ギクリと身体が強張る。寝起きの頭では余計に思考が回らない。恐る恐る腕を動かして確認してみる事にした。
天井にかざす様に腕を上げると、右手はいつも通りそこに存在した。
指を一つ一つ動かしてみても何の違和感もなく、左手も健在である。
もしかして、今までのは悪い夢だったのではないだろうか?それにしてはとても生々しい痛みと感覚、そして記憶だったと思い出すのも憚られる程だ。
しばらくすると扉がノックされ、返事を待たずしてエフラムが部屋へと入って来た。
「兄上、意識がお戻りになられたのですね?」
まだ寝ていると思っていたのだろう、驚きの表情を浮かべていたが、安堵の色も見える。
「私は……意識がなくなる直前、手首を斬り落とされたような記憶があるのだが……」
「ああ、あの時実は、偶然オリヴィアと現場近くに居合わせていたのです。
最初は兄上の連れておられた女性に回復魔法を頼んでみたのですが、切断された身体の一部を修復するのは無理だと断られましてね。諦めて兄上のご容態を確認しに戻ると、既にオリヴィアが兄上の手を治してくれていました」
「……」
やはり直前の悪夢のような記憶は現実であり、自分の手首は斬り落とされたのだ。そしてそれを元通りに魔法で治療したのはオリヴィアだった。
様々な感情が過ぎりながら、ヨシュアはポツリと呟く。
「クリストファーは……?」
欠けらのような記憶は、意識を手放す直前の周囲の遣り取りを僅かに残していた。
あの時──倒れ込んでいるヨシュアが僅かに視線を向けると、クリストファーがぐったりとした様子で、グレンに担がれていた。
「クリス、大丈夫か?」
「しくじった……でも、あれ?」
胸を手で押さえる動作をするも、首をかしげるクリストファー。ハッキリとしない物言いに、グレンも対応に困るばかりだ。
「どうしたっ?」
「全然何もないんですけど?」
「嘘を付くな!痩せ我慢か、どこまでも痛覚が狂っているのかどっちだ!?チャラ男だとそこまでハッピー野郎になれるのか!?」
「何だそれ、悪口なのか何なのか訳が分からないよ。服は焦げた部分があるのに、そこから覗く私の美しい肌は傷一つついていないんだ」
無傷を証明するため、破れた服を開いて肌を露出させる。確かに損傷を受けている様子もないが、魔法の直撃を受けるのを目の前で見たグレンとしては、完全に納得出来るものではなかった。
「どうせ肌を見せるなら、女性が良かった……」
「……」
下らない事を呟けるくらいの元気はあるらしいので、確かに杞憂かもしれない。
そのような二人のやり取りが傍らでされていて、重症で意識が朦朧としているヨシュアとしては耳障り程度で仕方がなかった。
冷静さを取り戻した今となっては、自分もクリストファーの安否が気になってくる。
クリストファーはオリヴィアの護衛になる前は元々ヨシュアの護衛騎士であり、付き合いも長い。
ヨシュアがアイリーン以外の他人を気にかけた事に驚いたらしく、エフラムは兄を見つめたまま固まっていた。
「クリストファーなら心配には及びません。外傷はなかったものの、魔法の直撃を食らっていたので、一応神殿に連れて行って神官長に見てもらったんですよ。
そしたら、クリストファーの身体には強力な加護が掛かっていていたようで……。
というのも実は最近オリヴィアがお菓子作りにハマっていて、それを口にしたことによるものらしいです。オリヴィアお手製のお菓子、即ち聖女の加護が掛かった特別なお菓子です」
「オリヴィア……」
「聖女の加護によって、魔法攻撃が無効化されて、一時的に無敵のような状態となっていたようです。
特に護衛騎士の面々は日常的にオリヴィアの手作りお菓子を口にしているお陰で、効力が絶大だったようです」
日常的にオリヴィアの手作りお菓子を食べられるなんて、羨ましすぎる。とぶつぶつ呟いている弟を見て、微苦笑したままヨシュアは固まっていた。
切断された右手を治し、手作りのお菓子を食べさせるだけで加護が授けられる。オリヴィアが聖女である事を疑う余地は、残されていない。
だが今の彼の心は自身でも驚く程霧が晴れて、穏やかだった。
直前の記憶を探りながら、ぼんやりと室内を眺める。
(確か、アイリーンを庇ったら、自分の手首が地面に斬り落とされて……)
思い出した途端、ギクリと身体が強張る。寝起きの頭では余計に思考が回らない。恐る恐る腕を動かして確認してみる事にした。
天井にかざす様に腕を上げると、右手はいつも通りそこに存在した。
指を一つ一つ動かしてみても何の違和感もなく、左手も健在である。
もしかして、今までのは悪い夢だったのではないだろうか?それにしてはとても生々しい痛みと感覚、そして記憶だったと思い出すのも憚られる程だ。
しばらくすると扉がノックされ、返事を待たずしてエフラムが部屋へと入って来た。
「兄上、意識がお戻りになられたのですね?」
まだ寝ていると思っていたのだろう、驚きの表情を浮かべていたが、安堵の色も見える。
「私は……意識がなくなる直前、手首を斬り落とされたような記憶があるのだが……」
「ああ、あの時実は、偶然オリヴィアと現場近くに居合わせていたのです。
最初は兄上の連れておられた女性に回復魔法を頼んでみたのですが、切断された身体の一部を修復するのは無理だと断られましてね。諦めて兄上のご容態を確認しに戻ると、既にオリヴィアが兄上の手を治してくれていました」
「……」
やはり直前の悪夢のような記憶は現実であり、自分の手首は斬り落とされたのだ。そしてそれを元通りに魔法で治療したのはオリヴィアだった。
様々な感情が過ぎりながら、ヨシュアはポツリと呟く。
「クリストファーは……?」
欠けらのような記憶は、意識を手放す直前の周囲の遣り取りを僅かに残していた。
あの時──倒れ込んでいるヨシュアが僅かに視線を向けると、クリストファーがぐったりとした様子で、グレンに担がれていた。
「クリス、大丈夫か?」
「しくじった……でも、あれ?」
胸を手で押さえる動作をするも、首をかしげるクリストファー。ハッキリとしない物言いに、グレンも対応に困るばかりだ。
「どうしたっ?」
「全然何もないんですけど?」
「嘘を付くな!痩せ我慢か、どこまでも痛覚が狂っているのかどっちだ!?チャラ男だとそこまでハッピー野郎になれるのか!?」
「何だそれ、悪口なのか何なのか訳が分からないよ。服は焦げた部分があるのに、そこから覗く私の美しい肌は傷一つついていないんだ」
無傷を証明するため、破れた服を開いて肌を露出させる。確かに損傷を受けている様子もないが、魔法の直撃を受けるのを目の前で見たグレンとしては、完全に納得出来るものではなかった。
「どうせ肌を見せるなら、女性が良かった……」
「……」
下らない事を呟けるくらいの元気はあるらしいので、確かに杞憂かもしれない。
そのような二人のやり取りが傍らでされていて、重症で意識が朦朧としているヨシュアとしては耳障り程度で仕方がなかった。
冷静さを取り戻した今となっては、自分もクリストファーの安否が気になってくる。
クリストファーはオリヴィアの護衛になる前は元々ヨシュアの護衛騎士であり、付き合いも長い。
ヨシュアがアイリーン以外の他人を気にかけた事に驚いたらしく、エフラムは兄を見つめたまま固まっていた。
「クリストファーなら心配には及びません。外傷はなかったものの、魔法の直撃を食らっていたので、一応神殿に連れて行って神官長に見てもらったんですよ。
そしたら、クリストファーの身体には強力な加護が掛かっていていたようで……。
というのも実は最近オリヴィアがお菓子作りにハマっていて、それを口にしたことによるものらしいです。オリヴィアお手製のお菓子、即ち聖女の加護が掛かった特別なお菓子です」
「オリヴィア……」
「聖女の加護によって、魔法攻撃が無効化されて、一時的に無敵のような状態となっていたようです。
特に護衛騎士の面々は日常的にオリヴィアの手作りお菓子を口にしているお陰で、効力が絶大だったようです」
日常的にオリヴィアの手作りお菓子を食べられるなんて、羨ましすぎる。とぶつぶつ呟いている弟を見て、微苦笑したままヨシュアは固まっていた。
切断された右手を治し、手作りのお菓子を食べさせるだけで加護が授けられる。オリヴィアが聖女である事を疑う余地は、残されていない。
だが今の彼の心は自身でも驚く程霧が晴れて、穏やかだった。
2
お気に入りに追加
1,897
あなたにおすすめの小説
「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった
今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。
しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。
それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。
一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。
しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。
加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。
レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~
夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」
カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。
それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。
でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。
そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。
※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。
※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。
※追放側のマルセナsideもよろしくです。
【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています
如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。
「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」
理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。
どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。
何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。
両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。
しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。
「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる