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その53

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 自室で寝かされていたヨシュアは、重い瞼を開けた。
 直前の記憶を探りながら、ぼんやりと室内を眺める。

(確か、アイリーンを庇ったら、自分の手首が地面に斬り落とされて……)

 思い出した途端、ギクリと身体が強張る。寝起きの頭では余計に思考が回らない。恐る恐る腕を動かして確認してみる事にした。

 天井にかざす様に腕を上げると、右手はいつも通りそこに存在した。
 指を一つ一つ動かしてみても何の違和感もなく、左手も健在である。

 もしかして、今までのは悪い夢だったのではないだろうか?それにしてはとても生々しい痛みと感覚、そして記憶だったと思い出すのも憚られる程だ。

 しばらくすると扉がノックされ、返事を待たずしてエフラムが部屋へと入って来た。

「兄上、意識がお戻りになられたのですね?」

 まだ寝ていると思っていたのだろう、驚きの表情を浮かべていたが、安堵の色も見える。

「私は……意識がなくなる直前、手首を斬り落とされたような記憶があるのだが……」
「ああ、あの時実は、偶然オリヴィアと現場近くに居合わせていたのです。
 最初は兄上の連れておられた女性に回復魔法を頼んでみたのですが、切断された身体の一部を修復するのは無理だと断られましてね。諦めて兄上のご容態を確認しに戻ると、既にオリヴィアが兄上の手を治してくれていました」
「……」

 やはり直前の悪夢のような記憶は現実であり、自分の手首は斬り落とされたのだ。そしてそれを元通りに魔法で治療したのはオリヴィアだった。
 様々な感情が過ぎりながら、ヨシュアはポツリと呟く。

「クリストファーは……?」

 欠けらのような記憶は、意識を手放す直前の周囲の遣り取りを僅かに残していた。

 あの時──倒れ込んでいるヨシュアが僅かに視線を向けると、クリストファーがぐったりとした様子で、グレンに担がれていた。

「クリス、大丈夫か?」
「しくじった……でも、あれ?」

 胸を手で押さえる動作をするも、首をかしげるクリストファー。ハッキリとしない物言いに、グレンも対応に困るばかりだ。

「どうしたっ?」
「全然何もないんですけど?」
「嘘を付くな!痩せ我慢か、どこまでも痛覚が狂っているのかどっちだ!?チャラ男だとそこまでハッピー野郎になれるのか!?」
「何だそれ、悪口なのか何なのか訳が分からないよ。服は焦げた部分があるのに、そこから覗く私の美しい肌は傷一つついていないんだ」

 無傷を証明するため、破れた服を開いて肌を露出させる。確かに損傷を受けている様子もないが、魔法の直撃を受けるのを目の前で見たグレンとしては、完全に納得出来るものではなかった。

「どうせ肌を見せるなら、女性が良かった……」
「……」

 下らない事を呟けるくらいの元気はあるらしいので、確かに杞憂かもしれない。

 そのような二人のやり取りが傍らでされていて、重症で意識が朦朧としているヨシュアとしては耳障り程度で仕方がなかった。
 冷静さを取り戻した今となっては、自分もクリストファーの安否が気になってくる。

 クリストファーはオリヴィアの護衛になる前は元々ヨシュアの護衛騎士であり、付き合いも長い。

 ヨシュアがアイリーン以外の他人を気にかけた事に驚いたらしく、エフラムは兄を見つめたまま固まっていた。


「クリストファーなら心配には及びません。外傷はなかったものの、魔法の直撃を食らっていたので、一応神殿に連れて行って神官長に見てもらったんですよ。
 そしたら、クリストファーの身体には強力な加護が掛かっていていたようで……。
 というのも実は最近オリヴィアがお菓子作りにハマっていて、それを口にしたことによるものらしいです。オリヴィアお手製のお菓子、即ち聖女の加護が掛かった特別なお菓子です」
「オリヴィア……」
「聖女の加護によって、魔法攻撃が無効化されて、一時的に無敵のような状態となっていたようです。
 特に護衛騎士の面々は日常的にオリヴィアの手作りお菓子を口にしているお陰で、効力が絶大だったようです」

 日常的にオリヴィアの手作りお菓子を食べられるなんて、羨ましすぎる。とぶつぶつ呟いている弟を見て、微苦笑したままヨシュアは固まっていた。
 切断された右手を治し、手作りのお菓子を食べさせるだけで加護が授けられる。オリヴィアが聖女である事を疑う余地は、残されていない。

 だが今の彼の心は自身でも驚く程霧が晴れて、穏やかだった。
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