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その12

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この日は朝から、オリヴィアは厨房に入り浸ってクッキーの生地を作っていた。

カルロスからクマやハート、星の型抜きを借りてローズと共に生地をくり抜いていく。カルロス監修の元行われた。

クマの型抜きは万歳をしたポーズなのだが、胴体にアーモンドを置いて広げてある手を内側へ折り曲げると…クマがアーモンドを抱っこしている可愛らしいクッキーとなる。

「スプーンで腕の所の生地をちゃんと馴染ませて下さいね。じゃないとクマの腕にヒビが入ったり、もげます」

「も、もげっ!?き、気を付けますっ」

何故かカルロスに教えを請う時のオリヴィアは、使用人であるカルロスに対して敬語だ。

クッキーが焼き上がるのを待っていると、侍従がオリヴィアを呼びに来た。



「オリヴィアお嬢様、お客様がいらっしゃいました」

「私に?」

「それが王宮からいらした方々でして……」

「王宮から…」

王宮からという情報に、ローズは露骨に嫌そうな顔をした。



会わない訳にはいかないので、オリヴィアとローズは客人がまっているというサロンに足を運ぶと、オリヴィアに会いにきたというのは三人の見目麗しい騎士だった。

オリヴィアの姿を確認すると、三人はすぐに立ち上がった。オリヴィアはその三人がヨシュア付きの近衛騎士だという事にすぐ気付いた。


「第一王子ヨシュア殿下の近衛騎士を務めておりました、グレン・シルヴェストと申します」

黒髪の騎士は前王と愛妾との間に産まれた王弟の子であり、エフラムとヨシュアの従兄弟でもある。継承権はないが、伯爵位を賜っている。


「同じく、クリストファー・ヴァレスです」


クリストファーは、伸ばした赤髪を束ねた甘い顔と声の騎士。

「ミシェル・エルノーです」

ミシェルはオリヴィアと身長の差ほど変わらない、水色の髪の騎士であり、小柄で可愛らしい少年、といった見た目だ。


第一王子の近衛という言葉にローズは何よりも驚いていた。

「だ、第一王子の………!?」


「はい、陛下はヨシュア殿下に近衛騎士は必要ないと判断され、代わりにこちらで聖女オリヴィア様をお守りするようにと命ぜられました」

三人を代表して、黒髪のグレンが説明を始めると、それを聞いたオリヴィアは小声でローズに耳打ちした。

「左遷かしら?」
「左遷ですわね」

「聞こえてます……」

少し迷ったが、ヨシュアの近衛騎士だったという彼らを前に、オリヴィアはここ最近ずっと気になっていた事を尋ねてみた。

「ところでヨシュア殿下は現在、どうされていらっしゃいますの?ここの屋敷にいると中々情報が入って来ないもので…」

「ヨシュア殿下は王城の自室にて謹慎されております」

「へぇ、謹慎で済んでますのね」

グレンがオリヴィアの質問に答えると、ローズは冷ややかに言いながら、冷めた目で三人を見る。

「オリヴィアお嬢様、第一王子のお側にいた方々なんて、信用出来ますでしょうか?」


ローズが辛辣な言葉を放った途端、ふいにローズは手を掴まれてしまった。驚きながら手を掴んで来た人物を見ると、それは赤髪のロン毛、クリストファーだった。

「美しいお嬢さん、どうか私を信じて下さい。貴女に信じてもらえるよう努力致します」

「!?」

ローズは虚をつかれ、言葉を失った。ローズが固まっている間にクリストファーは今度はオリヴィアに跪いた。


「オリヴィア嬢、今日から私の剣は貴女だけに捧げます。どうか、この私を貴女の騎士に」

そう言うと、騎士の礼をした。
それはまるで一枚の絵のような場面で……。


「オリヴィアお嬢様……これはチャラ男です…!」

「チャラ男っ」

オリヴィアはローズの言葉を復唱し、今度はクリストファーが固まった。

「え」

「ローズ、チャラ男とは何ですかっ?」


「女性を見れば声をかけまくる、非常に軽率な行動を取ってしまう殿方の事でございます。

しかも気軽に手を出しまくった何人もの女性が、チャラ男を巡って争うという修羅場を作り出し、最後には当人達だけでは収まらなくなるのです。
果ては各家や国全体に混沌という名のカオスを当を産み出す、非常に厄介で危険な殿方の事です!」

「まぁ怖いっ!」

オリヴィアはクリストファーを見ながら固唾を飲み込んだ。

「それが……チャラ男……」

「それにこういうロン毛は大体チャラ男です」

「神に誓ってそのような事は!!貴女達に信じて頂けるなら、私はこのトレードマークのロン毛を切りますっ。私は普段軽薄な男ではないのです。ただ、貴女方が美し過ぎたのでついっ……!」


「止めろ、クリストファー。お前のナンパな性格はそんな事では治らない」

後ろでやり取りを見ていたグレンがクリストファーを引っ張ってオリヴィア達から引き剥がした。

「クリストファーの事は謝りますが、それは全世界のロン毛に対する偏見ですっ」

まるで、全世界のロン毛に謝れと言わんばかりのグレン。彼自身は短髪なのに。もしかしたらいい奴なのかもしれない。

「私は  『こういうロン毛』と言ったのです!ロン毛が全員チャラ男とは言ってません!」

ローズも負けじとクリストファーを指差しながら反論する。そんな遣り取りが行われている隙に、少年騎士がオリヴィアに接近した。

「オリヴィア様、どうか僕をお側において下さいませんか…?」

両手を組んで、うるうるした目でオリヴィアを見つめる。それはとても可愛らしく母性本能をくすぐるような光景だが…。


「オリヴィアお嬢様、こちらはきっと腹黒ショタです!」

「腹黒ショタ!」

「ええ、間違いありません」

「ローズ、ところでショタとは何ですか?」

「幼女がロリータ、ロリなら、反対の幼い男児を表す言葉がショタです。ちなみに幼女を愛好する方がロリコンで、その反対がショタコンでざいます。しかしお嬢様は16歳ではありますが、実年齢よりも少し幼く見えるので、もしかしたらまだロリコン変態の許容範囲かもしれません。十分お気をつけ下さい」

「聖女様に余計な事を教えるなよ!」

グレンは青ざめながら声を荒げた。


「兎に角、こういうショタ系は大体腹黒なのです」

「腹黒なのですか!?」

「酷い……」

腹黒ショタの異名を授けられたミシェルは、呆然と呟いた。

「オリヴィア様っ、そこの侍女は聖女オリヴィア様のお側に置いておいては悪影響だと思われますっ!」

「何をおっしゃるのですか、私だってオリヴィアお嬢様の事はいつまでも純粋無垢なままでいてほしい、そう思っておりました。
その結果がクズ王子からの婚約破棄でございますっ。純粋で天使のようなお嬢様が、自分の事しか考えない殿方に、これ以上振り回される事のないよう、現実を教える事も大事なのです」

「くっ………、そこを突かれると反論が出来ない…っ」

「もっと私が早めに、あの王子はきっと婚約破棄してくる系王子の可能性が高いので注意して下さい。とお伝えしておけばっ!」

「婚約破棄してくる系王子て…」

悩ましげに語るローズはかなり横暴な事を言っているようにも見えて、正論のような気もする。
それに第一王子のヨシュアは本当に婚約破棄してくる系王子だったので尚更言い返せなかった。そして戸惑うグレンを見ながらローズは言った。

「ちなみにこういう一見マトモそうな黒髪の方は大体ムッツリです」

「ムッツリ!」


先程からオリヴィアはローズの言った単語を復唱したがる。
ムッツリに反論したかったが、それよりグレンは自分だけ適当に当てはめられたようで理不尽に感じた。しかし話が進まなくなるので今は耐える事にしたのだった。
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