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その1

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「偽りの聖女オリヴィア・フローゼス、其方と婚約破棄をして、この聖女アイリーンと正式に婚約を結ぶ」

「え」

それは結婚を丁度来年に控えた日の事。わざわざ謁見の間にて集められた重鎮達、そしてユヴェール国王の眼前で起こった出来事だった。
この国ユヴェールの第一王子である、亜麻色にエメラルドの瞳を持つ美男子、ヨシュアに告げられた思い掛けない言葉。それがたった今言い放たれた婚約破棄である。

「わたし、聖女じゃなかったんですか……!!?」

そして何より『偽りの聖女』との言葉は、オリヴィアにとって青天の霹靂。
オリヴィアはアメジストの瞳を見開き、驚愕の事実に震えた。

「このアイリーンは回復魔法の使い手であり、真の聖女である彼女と私はこれより婚姻を結び直す」

何故この会議に女性を同伴?と思っていたらそういう事だったのか。とオリヴィアはたった今理解した。

「そうですか、回復魔法と聖女の因果関係はよく分かりませんが、承りましたわ」

この世界で回復魔法を使える者は希少だが、それが聖女の証という訳ではない。
誰でも知っている事だと思っていたが、確かに王都でも回復魔法を使える人間は自分しか、オリヴィアは知らない。

「長きに渡り聖女の名を騙った似非聖女オリヴィア、貴方の事をアイリーンは罪に問わないでくれと頼んできた。アイリーンはとても心根の素晴らしい女性なんだ。オリヴィア、今後はアイリーンに見習って清廉に生きていって欲しいと私は説に願う。そうすれば、また良い縁談にでも恵まれるだろう」
「いえ、婚約破棄されたわたしです。今後貰い手を見つける事は難しいでしょう。余生はこのまま、我がフローゼス侯爵家の領地へと引っ込もうかと思います」

「何と!?」

国王陛下が驚き声を挙げ、陛下筆頭に席に座って第一王子を白い目で見ていた貴族達は揃って狼狽した。

その瞬間、皆んなが注目する中なんとバサリと大袈裟な音を立ててオリヴィアの背中に純白の羽が出現した。その姿はまさしく宗教画に描かれる大天使、または聖女そのもの。

そして広がった純白の羽の存在感は半端無かった。

「な、何だそれは!?」

第一王子ヨシュアは驚愕し、エメラルドの瞳を瞠目させる。純白の羽を指差すと、声をひっくり返しながら大声でツッコんできた。羽を指差す人差し指は、プルプルと小刻みに震えている。

言われてオリヴィアも、首を回して自身の背中に目を向ける。自分の身に起こった有り得ない状況を確認するや否や、目を見開いて驚きのあまり、令嬢らしからぬ声を上げた。

「げっ!!?」

そんなオリヴィアに歩み寄った貴族達は席を立ち、オリヴィアに対し膝をついた。

「聖女様!」
「まさしく聖女様じゃ!」
「えっ!?」

いきなり取り囲まれたと思ったら、崇めたてるかの勢いに困惑していた。
さっきから「似非聖女」だと言われたり、「まさしく聖女」だと言われたり、背中から謎の羽が生えてきたりでなかなか忙しい。

「その翼は宗教画として描かれている聖女様そのもの。やはりオリヴィア様、貴女が聖女様だ」

とその時、傅く貴族を尻目にヨシュアの傍、不安げな表情でオリヴィアを見つめていたアイリーン嬢の目から涙が伝った。

「うっ……酷いです……オリヴィア様……自分の方が聖女だと主張したいからって、その様な意味不明な手品を披露してまで、私を陥れようとなさるなんて」

声を震わせ琥珀の瞳に涙溜める乙女、アイリーンの姿はとても儚げで庇護欲を誘われるであろう姿だった。
そんなアイリーンの姿に心を打たれたヨシュアが、再び声を荒げた。

「オリヴィア!手品か何か知らんが、そのよく分からない羽をさっさと仕舞え!アイリーンが泣いているではないかっ」
「え、これ手品なんですか?仕舞えるんですか??」

むしろ仕舞えるならこっちだって仕舞いたい。

「いいから仕舞えっ」
「いだだだだだだ!!!」

言いながらヨシュアはオリヴィアの背中から羽を強引にもぎ取ろうと引っ張る。
だが羽根は取れるどころかオリヴィアの身体の一部と化しているようで、強引に引き抜こうとしても、とれないどころか皮膚を引っ張ってしまい激痛が走った。

「痛いー!痛いですー!」

オリヴィアが悲鳴をあげると、国王は焦りと怒りで命令を下した。

「衛兵!この無礼者を取り押さえよ!」
「ち、父上!?」

国王の言葉に衛兵に抑え込まれ、這いつくばりながらヨシュアは信じられないような目で己の父を見上げた。

その時。

「う、うわぁぁあぁぁぁ!!」

突如オリヴィアが号泣しだ事で、室内全員の注目が集まる。

「せ、聖女様如何なさいました……?」
「こっ、こんなっ!こんな奇妙な姿になって、わたしはどうやって生きていけばいいのでしょうか!?町に出たら指をさされるだろうし、夜会に出たら羽がぶつかって大迷惑!それに何より………これから私どうやって寝たらいいの!?仰向け派なのに!寝返りも打てないっっ!!寝る方向が限られているなんてあんまりです!!」
「心配には及びません、王宮に部屋を用意致しますし王宮から外へ出るときは厳重に警備しますゆえ──簡単には聖女様には近寄らせませんから、羽は好きなだけ広げて頂いて結構です。寝る時は……慣れて頂くしか……」

取り乱すオリヴィアに、宥めるように王は言葉を紡いでいく。その甲斐あってか、幾分か落ち着きを取り戻せた。

「いえ、お城でのお世話なんて必要ありません……今後は領地でひっそりと静かに暮らしたいと思います……ぐすっ……」

国王を筆頭に重鎮達は狼狽た。
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