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小人
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床に描かれた半径三メートルほどの魔術陣。それは大地のシンボルが含まれた特殊な魔術陣だ。ぎこちない手つきで描かれたモノながら高い魔力が込められていたため、すでに陣としての力が脈動を始めている。
その円周には等間隔でかなり高級な魔鉱石が配されていた。
リンカの両腕にも同じ魔鉱石が埋め込まれた腕輪があり、それを通して魔術陣と接続されている。
薄暗い部屋で仄かに灯る紫色のローソクの炎。寒い季節ではないのだが、この場所は体感温度が五度は低く感じるほど空気は重苦しい。
それはこのローソクの炎のせいであり、ときおり炎が揺れるとふたりの肌に小さな鳥肌が泡立った。
ここは王都レフティーンの城下街の外れにある教会。教会の周りには墓地があり、日の落ちたこの場所が醸し出す雰囲気は一般の人でも不気味さを感じるものだが、それはたいがい自意識によるモノ。しかし、今この教会を覆う妙ななにかは外的な要因としての異様さを感じさせるだろう。
そんな教会の中でシンとリンカのふたりは、特別なポーションを作る儀式の準備を進めていた。
***
夜王デンジラ対夜王ラドルの戦いの場から逃げてきたサルサは、レフティーンの城下街の門をくぐったところでやっと後ろを振り向いた。
闇夜を照らした炎の光でラドルの勝利を確信したサルサは、すぐに追いついてくるだろうと判断し、ラドルに言われたとおりリンカの件を引き受けて行動を開始する。
「とは言え、闇雲に探してもね」
サルサは迷いのない足取りで目的の場所を目指した。その場所はサルサ行き付けの酒場。
「ちっす!」
軽い挨拶でごっつい体格のマスターに声をかけ、カウンターの椅子に腰を下ろす。
「あれ? 数日前にアーキンドムに帰ったばかりなのにどうしたんだ?」
「買い取ったギルド依頼の件で休む間もなくトンボ返りですよ」
「それは難儀だな。飲む?」
「それじゃ、ミルクで。ガラドラドンのヤギのね」
「ほほう、ハチミツは?」
「紅蜂のハチミツがいいな。それとホットで頼みます」
それを聞いてマスターはサルサの注文を作り始める。すると後ろのテーブルに座っていた酔っ払いの男ふたりがカウンターのサルサの横にやってきて肩を組んだ。
「よう、兄ちゃん。豪華な食材でチンケナ飲み物を頼むじゃないか」
「あはは、疲れた体に鞭打ってもうひと踏ん張りしないといけないので」
「だから酒は飲めないってかい?」
「仕事が無くて安い酒飲んでる俺たちに対する嫌味かと思っちゃったぜ」
男は剣の柄頭でサルサの顎を小突いた。
「そんなつもりはありません。ちょっと休憩しながら鋭気を養うのにいつも飲んでるんです」
「いつもだぁ? ずいぶん儲かってるんだな」
「良かったらお仕事紹介しましょうか? 難易度はともかく危険度Sの依頼に追われてるんで、手を貸してくださいよ」
「危険度……S」
男は危険度Sと聞いて肩を組む腕の力を緩めた。
サルサの前にミルクがサッと差し出されると、酒場のマスターの大きな手がふたりの男の頭を掴んだ。
「ちょうどいいじゃないか。どうせ今日もツケで飲みたかったんだろ? たまにはデカい仕事を受けてタップリ稼いでこいや」
音がしそうなほどの力で頭を優しく握られた男たちは、ふところから出したお代をカウンターに置いた。
「俺たちはこれから大事な仕事なんだよ。その景気付けに軽く飲んでただけだ」
ふたりは手を振り払うとヨタヨタしながら店を出ていった。
「今度の仕事は報酬が良さそうだな」
「うまくいけばね。でも別件で支出が多かったから挽回しないといけなくて。この仕事は落としたくないんですよ」
サルサは超高級ホットミルクを飲んでからカウンターに伏して仮眠を取った。
***
「おいサルサ、そろそろ起きろ」
「……ラドルさん、ちゃんと仕事はしてますって」
「寝ぼけてないでそろそろ起きろ。仕事があるんだろ?」
体を揺すられて起きたサルサはゆっくり辺りを見回す。夜が更けったこの時間の酒場には人が溢れ返っていた。
冒険者だけでなく街で店じまいをした者たちも一日頑張ったご褒美を自分に与えにやってきているからだ。
その賑わいを見たことでサルサの意識は深い眠りの世界から完全に戻った。
「マスター、オイラはどれくらい寝てました?」
「三十五分だな。寝てるあいだに小人が働いてくれたんじゃないか?」
「間違って右足の靴をふたつ作るなんてことがなければいいんだけどね」
マスターと妙なかけ合いをしたサルサは背伸びをしてから店を出る。酒場に来たときと同様に今度も迷いのない足取りでどこかへ走っていった。
「ラドルさんはまだ来てないようですね。まさかって展開は万が一にもないでしょうけど」
夜王同士の戦いの結果に不安を持たないのは、ラドルの強さを信じているからだ。なのでサルサは自分がやれることを全力でやる。そのために酒場に行ってミルクを飲んで寝ていた。
「さて、情報によればここってことになるけど、やっぱり夜は薄気味悪いなぁ」
彼がたどり着いたのはレフティーンの城下街にある教会だった。なぜこの場所に見当を付けたかと言うと、酒場での一件がこの情報を得るやり取りだったからだ。
マスターにこっそりメモを渡したところから始まり、サルサが頼んだ商品や彼に絡んだ酔っ払いに言った言葉が、ことの緊急性を伝えるものである。
『小人』とはこの街に張り巡らされている情報網をつかさどる者たちで、つまりは情報屋に調べさせていたのだ。
ちなみにあの酔っ払いもサルサが囲っている小人である。
「さてと、お仕事しないとラドルさんに怒られちゃいますね」
軽口を叩く彼が一歩踏み出すと、その薄気味悪い暗闇の墓地の空気に溶け込んでいった。
その円周には等間隔でかなり高級な魔鉱石が配されていた。
リンカの両腕にも同じ魔鉱石が埋め込まれた腕輪があり、それを通して魔術陣と接続されている。
薄暗い部屋で仄かに灯る紫色のローソクの炎。寒い季節ではないのだが、この場所は体感温度が五度は低く感じるほど空気は重苦しい。
それはこのローソクの炎のせいであり、ときおり炎が揺れるとふたりの肌に小さな鳥肌が泡立った。
ここは王都レフティーンの城下街の外れにある教会。教会の周りには墓地があり、日の落ちたこの場所が醸し出す雰囲気は一般の人でも不気味さを感じるものだが、それはたいがい自意識によるモノ。しかし、今この教会を覆う妙ななにかは外的な要因としての異様さを感じさせるだろう。
そんな教会の中でシンとリンカのふたりは、特別なポーションを作る儀式の準備を進めていた。
***
夜王デンジラ対夜王ラドルの戦いの場から逃げてきたサルサは、レフティーンの城下街の門をくぐったところでやっと後ろを振り向いた。
闇夜を照らした炎の光でラドルの勝利を確信したサルサは、すぐに追いついてくるだろうと判断し、ラドルに言われたとおりリンカの件を引き受けて行動を開始する。
「とは言え、闇雲に探してもね」
サルサは迷いのない足取りで目的の場所を目指した。その場所はサルサ行き付けの酒場。
「ちっす!」
軽い挨拶でごっつい体格のマスターに声をかけ、カウンターの椅子に腰を下ろす。
「あれ? 数日前にアーキンドムに帰ったばかりなのにどうしたんだ?」
「買い取ったギルド依頼の件で休む間もなくトンボ返りですよ」
「それは難儀だな。飲む?」
「それじゃ、ミルクで。ガラドラドンのヤギのね」
「ほほう、ハチミツは?」
「紅蜂のハチミツがいいな。それとホットで頼みます」
それを聞いてマスターはサルサの注文を作り始める。すると後ろのテーブルに座っていた酔っ払いの男ふたりがカウンターのサルサの横にやってきて肩を組んだ。
「よう、兄ちゃん。豪華な食材でチンケナ飲み物を頼むじゃないか」
「あはは、疲れた体に鞭打ってもうひと踏ん張りしないといけないので」
「だから酒は飲めないってかい?」
「仕事が無くて安い酒飲んでる俺たちに対する嫌味かと思っちゃったぜ」
男は剣の柄頭でサルサの顎を小突いた。
「そんなつもりはありません。ちょっと休憩しながら鋭気を養うのにいつも飲んでるんです」
「いつもだぁ? ずいぶん儲かってるんだな」
「良かったらお仕事紹介しましょうか? 難易度はともかく危険度Sの依頼に追われてるんで、手を貸してくださいよ」
「危険度……S」
男は危険度Sと聞いて肩を組む腕の力を緩めた。
サルサの前にミルクがサッと差し出されると、酒場のマスターの大きな手がふたりの男の頭を掴んだ。
「ちょうどいいじゃないか。どうせ今日もツケで飲みたかったんだろ? たまにはデカい仕事を受けてタップリ稼いでこいや」
音がしそうなほどの力で頭を優しく握られた男たちは、ふところから出したお代をカウンターに置いた。
「俺たちはこれから大事な仕事なんだよ。その景気付けに軽く飲んでただけだ」
ふたりは手を振り払うとヨタヨタしながら店を出ていった。
「今度の仕事は報酬が良さそうだな」
「うまくいけばね。でも別件で支出が多かったから挽回しないといけなくて。この仕事は落としたくないんですよ」
サルサは超高級ホットミルクを飲んでからカウンターに伏して仮眠を取った。
***
「おいサルサ、そろそろ起きろ」
「……ラドルさん、ちゃんと仕事はしてますって」
「寝ぼけてないでそろそろ起きろ。仕事があるんだろ?」
体を揺すられて起きたサルサはゆっくり辺りを見回す。夜が更けったこの時間の酒場には人が溢れ返っていた。
冒険者だけでなく街で店じまいをした者たちも一日頑張ったご褒美を自分に与えにやってきているからだ。
その賑わいを見たことでサルサの意識は深い眠りの世界から完全に戻った。
「マスター、オイラはどれくらい寝てました?」
「三十五分だな。寝てるあいだに小人が働いてくれたんじゃないか?」
「間違って右足の靴をふたつ作るなんてことがなければいいんだけどね」
マスターと妙なかけ合いをしたサルサは背伸びをしてから店を出る。酒場に来たときと同様に今度も迷いのない足取りでどこかへ走っていった。
「ラドルさんはまだ来てないようですね。まさかって展開は万が一にもないでしょうけど」
夜王同士の戦いの結果に不安を持たないのは、ラドルの強さを信じているからだ。なのでサルサは自分がやれることを全力でやる。そのために酒場に行ってミルクを飲んで寝ていた。
「さて、情報によればここってことになるけど、やっぱり夜は薄気味悪いなぁ」
彼がたどり着いたのはレフティーンの城下街にある教会だった。なぜこの場所に見当を付けたかと言うと、酒場での一件がこの情報を得るやり取りだったからだ。
マスターにこっそりメモを渡したところから始まり、サルサが頼んだ商品や彼に絡んだ酔っ払いに言った言葉が、ことの緊急性を伝えるものである。
『小人』とはこの街に張り巡らされている情報網をつかさどる者たちで、つまりは情報屋に調べさせていたのだ。
ちなみにあの酔っ払いもサルサが囲っている小人である。
「さてと、お仕事しないとラドルさんに怒られちゃいますね」
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