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2話 映画館
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退院してから1ヶ月後。入院していたのはちょうど冬休みだったので、出席日数は減らなかった。友達とも久々に会えた。入院していたことは内緒だ。その日は、両親が帰ってくるのが遅かったので、買い物に行くことにしたのだった。
そういえば、卵がもうなかったな。卵をとろうとしたとき、男の人と手がぶつかった。
「あっ」
「すみません」
手を引っ込めて、ふと見上げると、青陽さんだった。驚いて、声が出なかった。
「……えっ」
「響さん!響さんだよね?」
「はい。えっと、青陽さんですよね……?」
患者衣じゃない青陽さんを見るのはもちろん初めてだ。空色のパーカーを着ている。長い前髪は相変わらず。けれど、患者衣よりも少しだけ健康的に見えるのは、服のせいだろうか。
「そうだよ、青陽お兄さんだよ~。夜ご飯の買い出し?えらいね」
「いや、用意するのは私の分だけなので……別に偉くないですよ」
カップラーメンの残り汁に卵を入れて、茶碗蒸しにする……という計画がバレてしまいそうなカゴ。青陽さんはカゴの方をちらっと見て、ニタっと笑った。
「あ~響さん、もしかして残り汁で茶碗蒸しするの?俺も好きだよ、それ」
バレた。
「あ……いや……はい」
なんだか恥ずかしくて、目線をそらしてしまった。
「さてと。俺はもう行かなきゃ。じゃ……」
「ま、待ってください」
「ん?」
私は口で上手く言えず、スマホを差し出した。何を言いたいのか分かったようで、青陽さんはうんうんと頷いた。
「響さん大胆だね~」
「ち、違います!」
チャットアプリでの連絡先を交換して、青陽さんは帰っていった。にこにこして私に手を振って、他のお客さんにぶつかりかけたのは少し面白かった。
今日は卵とカップラーメンだけ買って帰った。
「ただいま」
静まり返る家の中。誰もいないのだから当然だ。お湯を沸くのを待っていたら、お母さんが帰ってきた。
「響」
お母さんの声に驚いて、びくっとしてしまう。怖くて振り向けない。
「あ、あぁ、お母さん。おかえりなさい。遅くなるって言ってなかった?」
「そう思ってたんだけど、早く終わったの。勉強はしたの?」
「あ……うん」
声を絞り出す。
「じゃあ、見せて」
「わかった」
勉強し終わったノートを見せる。お母さんは、まじまじとノートを眺めて、満足そうに言った。
「偉いわね。お父さんにも見せないとね」
お父さん。1番嫌いなその言葉が口から飛び出し、耳をふさぎたくなる。
「そう……だね。ノート、返して」
「だめ。またそう言ってノート隠すでしょう?お父さんにもきちんとやったことを報告しないとだめよ」
バレていた。仕方なく、ノートはお母さんに預けることにした。さっさと夜ご飯を食べてしまおう。沸いたお湯をカップラーメンに入れて、3分待つ。頼む、お父さんは早く帰ってこないでくれ。
玄関を開ける音がする。やめて。
「おかえりなさい」
「ただいま。どうした、響」
「なんでもない」
お父さんは荷物を置いて、お母さんと何か話している。ノートを見せている。
「勉強したんだな。じゃあこれで、志望校にもいけるな」
「そうね。きっと響のことだから、余裕よ。響はお医者さんになるんだもんね?」
「あ……いや、私は……」
と言いかけて、やめた。
「そうだ。響は医者になるために頑張っているんだもんな?言ってたもんな、小さい頃に」
小さい頃、両親の前で私は言ってしまったのだ。将来はお医者さんもいいかも、なんて。それから両親はその言葉を本気にしてしまって、私にずっと「医者」という目標を背負わせ続けている。
カップラーメンで茶碗蒸しを作るのはやめた。今日は早く寝てしまおう。
「じゃあ、おやすみ。私もう寝るから」
「待ちなさい」
「もう眠たいから!疲れたから……」
お父さんに肩を強く掴まれる。
「学校であったことを話しなさい。今日は何をした?何を勉強した?誰と話した?」
私は仕方なく、椅子に座った。
「今日は……」
それから解放されたのは、1時間後だった。いちいち誰と話したかを聞かれるのも面倒なのに、毎日のように聞いてくる。もちろん、青陽さんのことは内緒だ。前に両親に質問攻めにされ、少しだけ異性の話をしたことがある。といっても、男友達と喋ったことを話しただけだが。
すると、殴られた。お母さんも見てみぬふりをした。
そのときはなんで殴られたのか分からなかった。でも、お母さんが言ったんだ。
「まだ高校生なのに、恋愛にうつつを抜かすなんて……」
「そういうことは大人になってからだ」
おかしいよ。でもそれ以来絶対に異性の話はしないことにした。すると両親は満足そうにしていた。
自分の部屋に戻り、布団に入る。この瞬間だけが、何もかも嫌なことから解放される。ふと見ると、スマホの画面がついている。メッセージの通知が来ていた。青陽さんからだ。
『やっほ~、響さん。茶碗蒸し食べた?』
茶碗蒸し……。食べられなかったな。
『食べてないです。また今度の機会に食べます』
と返すと、すぐに返事がきた。
『そっか。ちなみにだけど、辛いラーメンを茶碗蒸しにしても美味しいよ』
『そうなんですね、今度やってみます』
と返信した。また会いたいな……。そう思って、布団の中に潜り込んだ。
朝。
「やばい!遅刻する!」
時計を見ると8時だ。大慌てで飛び起きると、お母さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「遅刻する!」
「今日は土曜日よ」
あっ。そっか。
「今日は家族で出かけるわよ。ほら、準備して」
「ま、まって」
その時、ポケットのスマホが鳴った。スマホの着信は……青陽さんからだ。朝からなんの電話だろう。
「あら、誰から?」
「と、友達からだよ!友達!」
咄嗟にそう誤魔化して、別の部屋で電話に出た。声を聞かれたら大変だ。
「もしもし」
「あ、もしもし?響さん?」
「朝からどうしたんですか?」
電話の向こうの青陽さんは楽しそうだ。
「実はさ、今日遊びに行こうと思ってて。よかったら来ない?映画見に行こうよ」
少し悩んだが、まぁたまにはいいか。親には適当に誤魔化しておこう。
「行きたいです!」
「おー、それならよかった。じゃあ、どこに迎えに行けばいい?」
「んー……白羽駅って分かります?」
「わかるよ!そこに行けばいいかな?」
「ありがとうございます!じゃあ、今から準備します」
そう言って電話を切った。お母さんはもちろん聞いてきた。
「誰と電話してたの?」
「友達。急に誘われたから、遊びに行ってくる」
「えぇ?急ね」
「うん。ごめんね、じゃ」
私は準備をして、家を出た。家を出るとなんだか気分がスッキリした。嫌な親からも解放されたからだろうか。白羽駅はゆっくり歩いて10分ほど。
土曜日の駅前は賑わっている。私は、通行人の邪魔にならないよう、駅の出口の端っこで青陽さんを待っていた。
「おーい」
どこからか声がする。青陽さんの声だ。
「ごめんね、待った?」
「今来たところですよ」
「よかった。じゃあ、行こう」
青陽さんは私を車の助手席に乗せてくれた。黒い車だった。私服の青陽さんはいつもかっこいいなぁ。相変わらず前髪が邪魔にならないのか気になるが。運転している横顔に見惚れていた。
「青陽さんってかっこいいですね」
「え、えぇ?!何何、どうしたの?」
「そう思っただけですよ、もしかして照れてます?」
青陽さんの顔はほんのり赤色に染まっていた。そういう恋愛経験とかは豊富そうだけど、あまり言われ慣れてはいないのかな?
「もう、いきなりそんなこと言われるなんて思ってなかったよ。ほら、もうすぐ着くよ」
映画館に着いた。ここは……新しくできたらしい映画館だ。噂で聞いていたけれど、こんなに大きくて綺麗なんだな。
「さ、何の映画見る?」
「そうですね……」
そういえば、卵がもうなかったな。卵をとろうとしたとき、男の人と手がぶつかった。
「あっ」
「すみません」
手を引っ込めて、ふと見上げると、青陽さんだった。驚いて、声が出なかった。
「……えっ」
「響さん!響さんだよね?」
「はい。えっと、青陽さんですよね……?」
患者衣じゃない青陽さんを見るのはもちろん初めてだ。空色のパーカーを着ている。長い前髪は相変わらず。けれど、患者衣よりも少しだけ健康的に見えるのは、服のせいだろうか。
「そうだよ、青陽お兄さんだよ~。夜ご飯の買い出し?えらいね」
「いや、用意するのは私の分だけなので……別に偉くないですよ」
カップラーメンの残り汁に卵を入れて、茶碗蒸しにする……という計画がバレてしまいそうなカゴ。青陽さんはカゴの方をちらっと見て、ニタっと笑った。
「あ~響さん、もしかして残り汁で茶碗蒸しするの?俺も好きだよ、それ」
バレた。
「あ……いや……はい」
なんだか恥ずかしくて、目線をそらしてしまった。
「さてと。俺はもう行かなきゃ。じゃ……」
「ま、待ってください」
「ん?」
私は口で上手く言えず、スマホを差し出した。何を言いたいのか分かったようで、青陽さんはうんうんと頷いた。
「響さん大胆だね~」
「ち、違います!」
チャットアプリでの連絡先を交換して、青陽さんは帰っていった。にこにこして私に手を振って、他のお客さんにぶつかりかけたのは少し面白かった。
今日は卵とカップラーメンだけ買って帰った。
「ただいま」
静まり返る家の中。誰もいないのだから当然だ。お湯を沸くのを待っていたら、お母さんが帰ってきた。
「響」
お母さんの声に驚いて、びくっとしてしまう。怖くて振り向けない。
「あ、あぁ、お母さん。おかえりなさい。遅くなるって言ってなかった?」
「そう思ってたんだけど、早く終わったの。勉強はしたの?」
「あ……うん」
声を絞り出す。
「じゃあ、見せて」
「わかった」
勉強し終わったノートを見せる。お母さんは、まじまじとノートを眺めて、満足そうに言った。
「偉いわね。お父さんにも見せないとね」
お父さん。1番嫌いなその言葉が口から飛び出し、耳をふさぎたくなる。
「そう……だね。ノート、返して」
「だめ。またそう言ってノート隠すでしょう?お父さんにもきちんとやったことを報告しないとだめよ」
バレていた。仕方なく、ノートはお母さんに預けることにした。さっさと夜ご飯を食べてしまおう。沸いたお湯をカップラーメンに入れて、3分待つ。頼む、お父さんは早く帰ってこないでくれ。
玄関を開ける音がする。やめて。
「おかえりなさい」
「ただいま。どうした、響」
「なんでもない」
お父さんは荷物を置いて、お母さんと何か話している。ノートを見せている。
「勉強したんだな。じゃあこれで、志望校にもいけるな」
「そうね。きっと響のことだから、余裕よ。響はお医者さんになるんだもんね?」
「あ……いや、私は……」
と言いかけて、やめた。
「そうだ。響は医者になるために頑張っているんだもんな?言ってたもんな、小さい頃に」
小さい頃、両親の前で私は言ってしまったのだ。将来はお医者さんもいいかも、なんて。それから両親はその言葉を本気にしてしまって、私にずっと「医者」という目標を背負わせ続けている。
カップラーメンで茶碗蒸しを作るのはやめた。今日は早く寝てしまおう。
「じゃあ、おやすみ。私もう寝るから」
「待ちなさい」
「もう眠たいから!疲れたから……」
お父さんに肩を強く掴まれる。
「学校であったことを話しなさい。今日は何をした?何を勉強した?誰と話した?」
私は仕方なく、椅子に座った。
「今日は……」
それから解放されたのは、1時間後だった。いちいち誰と話したかを聞かれるのも面倒なのに、毎日のように聞いてくる。もちろん、青陽さんのことは内緒だ。前に両親に質問攻めにされ、少しだけ異性の話をしたことがある。といっても、男友達と喋ったことを話しただけだが。
すると、殴られた。お母さんも見てみぬふりをした。
そのときはなんで殴られたのか分からなかった。でも、お母さんが言ったんだ。
「まだ高校生なのに、恋愛にうつつを抜かすなんて……」
「そういうことは大人になってからだ」
おかしいよ。でもそれ以来絶対に異性の話はしないことにした。すると両親は満足そうにしていた。
自分の部屋に戻り、布団に入る。この瞬間だけが、何もかも嫌なことから解放される。ふと見ると、スマホの画面がついている。メッセージの通知が来ていた。青陽さんからだ。
『やっほ~、響さん。茶碗蒸し食べた?』
茶碗蒸し……。食べられなかったな。
『食べてないです。また今度の機会に食べます』
と返すと、すぐに返事がきた。
『そっか。ちなみにだけど、辛いラーメンを茶碗蒸しにしても美味しいよ』
『そうなんですね、今度やってみます』
と返信した。また会いたいな……。そう思って、布団の中に潜り込んだ。
朝。
「やばい!遅刻する!」
時計を見ると8時だ。大慌てで飛び起きると、お母さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「遅刻する!」
「今日は土曜日よ」
あっ。そっか。
「今日は家族で出かけるわよ。ほら、準備して」
「ま、まって」
その時、ポケットのスマホが鳴った。スマホの着信は……青陽さんからだ。朝からなんの電話だろう。
「あら、誰から?」
「と、友達からだよ!友達!」
咄嗟にそう誤魔化して、別の部屋で電話に出た。声を聞かれたら大変だ。
「もしもし」
「あ、もしもし?響さん?」
「朝からどうしたんですか?」
電話の向こうの青陽さんは楽しそうだ。
「実はさ、今日遊びに行こうと思ってて。よかったら来ない?映画見に行こうよ」
少し悩んだが、まぁたまにはいいか。親には適当に誤魔化しておこう。
「行きたいです!」
「おー、それならよかった。じゃあ、どこに迎えに行けばいい?」
「んー……白羽駅って分かります?」
「わかるよ!そこに行けばいいかな?」
「ありがとうございます!じゃあ、今から準備します」
そう言って電話を切った。お母さんはもちろん聞いてきた。
「誰と電話してたの?」
「友達。急に誘われたから、遊びに行ってくる」
「えぇ?急ね」
「うん。ごめんね、じゃ」
私は準備をして、家を出た。家を出るとなんだか気分がスッキリした。嫌な親からも解放されたからだろうか。白羽駅はゆっくり歩いて10分ほど。
土曜日の駅前は賑わっている。私は、通行人の邪魔にならないよう、駅の出口の端っこで青陽さんを待っていた。
「おーい」
どこからか声がする。青陽さんの声だ。
「ごめんね、待った?」
「今来たところですよ」
「よかった。じゃあ、行こう」
青陽さんは私を車の助手席に乗せてくれた。黒い車だった。私服の青陽さんはいつもかっこいいなぁ。相変わらず前髪が邪魔にならないのか気になるが。運転している横顔に見惚れていた。
「青陽さんってかっこいいですね」
「え、えぇ?!何何、どうしたの?」
「そう思っただけですよ、もしかして照れてます?」
青陽さんの顔はほんのり赤色に染まっていた。そういう恋愛経験とかは豊富そうだけど、あまり言われ慣れてはいないのかな?
「もう、いきなりそんなこと言われるなんて思ってなかったよ。ほら、もうすぐ着くよ」
映画館に着いた。ここは……新しくできたらしい映画館だ。噂で聞いていたけれど、こんなに大きくて綺麗なんだな。
「さ、何の映画見る?」
「そうですね……」
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