上 下
9 / 13
日常編

9話 天使のシフォンケーキ

しおりを挟む
「今日は太陽の光が暖かくて、心地いいなぁ」
 アリアは玄関の掃除をしながら、日向ぼっこをしていた。ドラゴンのメロも、羽を伸ばして昼寝をしていた。春の陽気は誰にとっても心地良いものだ。今日は一体どんなお客さんが来るんだろうか。
「そろそろ掃除は終わりにしようか」
 アリアが箒を片付けようとした瞬間だった。
「のわぁぁぁぁ!!!!!!」
 人が空から落ちてきた?!真っ白な服を着ている……女の子?しばらくうつ伏せになって倒れたまま、動かない。大丈夫かな……と思い、恐る恐る近づく。
「大丈夫?いや、大丈夫そうには見えないけど」
 女の子はうーんうーんと唸ったあと、起き上がった。空から落ちてきたというのは一体どういうことだろう。そもそも、聞きたいことが多すぎる。
「いたたた……あの、大丈夫でしたか?ぶつかったりしませんでした?」
「してないよ。それよりもあなたが心配なんだけど。いきなり落ちてきて……」
「私は……その、空を上手く飛べなくて落ちちゃって……」
 女の子は顔の土を払い、立ち上がった。
「私、帰らないと。すみません」
 その瞬間、女の子の背中に大きな白い翼が現れた。
「えぇっ?!」
 驚くアリアを気にもせず、女の子は何度も翼を羽ばたかせるが、全く飛べない。つま先すら地面を離れない。バサバサと羽ばたくたびに羽根が散っていく。アリアが慌てて制止した。
「ちょっと待って!待って!あなたもしかして……天使?」
「え?はい……。まだ生まれたての幼い天使ですけど……」
「天使なんて初めて見たよ……」
 アリアは驚きすぎてため息しか出ない。天使は、本来天界と呼ばれる場所にいて、人間に啓示をもたらす時しか降りてこない。というか、夢の中だとかそういうところにしか現れない。だから存在するなんて思わなかった。
「うう……。飛べないなんて……」
 そのとき、天使のお腹が鳴った。ぐううと鳴ったお腹を押さえて、恥ずかしそうにしている。アリアは優しく話しかけた。
「ねえ、天使さん。よかったら、何か食べていかない?」
「へ?えっと……生まれて初めての捧げものですか?」
「まぁ、そうなるのかな。ついてきて」
 天使はおとなしく後ろからついてくる。とりあえず、机に座らせる。
「ねえ、天使さま。食べちゃいけないものとかある?」
「特にないと思います。捧げものなら基本なんでも頂くのが私達のルールですから」
「そっか、了解」
 まずはドリンクから作ろう。と言っても、なにがいいのやら……。生まれたての天使さまにお酒とか出していいの?しかもこんな昼間に。少し悩んだが、アルコールは無しにしよう。酔っ払って飛べなくなったりしたら大変だ。
 まずは、ボムベリーと呼ばれる果物を取り出す。これは、パチパチと弾ける食感のある果物で、ブルーベリーくらいの大きさだ。酸味と甘みがちょうどいい。スイーツに使っても美味しいが、今日はドリンクに使う。まずは、キンキンに冷えた氷水を用意。
「えーと、すりこぎ棒はどこへやったっけ……あ、あったあった」
 氷水のなかにボムベリーを入れて、すりこぎ棒で潰す。こうすることでパチパチ弾ける成分が、水の中へ行き渡るらしい。昔、師匠にそう教えてもらった。
 次に、砂糖を少し溶かす。ベリーの甘みがあるから、少しで大丈夫。それから、細かく砕いた氷を入れて、最後にボムベリーを乗せたら、完成!
「おまたせしました~」
 縦長のコップに入れられた、キラキラした紫色のドリンク。天使さまは目を輝かせてドリンクを眺めている。
「どうぞ、飲んでくださいな」
「そ、そうですね!では……」
 ドリンクに口をつける。天使さまは口に手を当てて驚いた。
「パチパチします……なんですか、この食感」
「天使さまは食べたことなかったですか。これは、ボムベリーという果物を使った飲み物ですよ。」
「そうなんですか。甘くて美味しいです!病みつきになっちゃいますね」
 ごくごく飲み始める天使さまを見て、アリアは少し安心した。じゃあ次の料理を作ろう。といっても、今日はスイーツだ。
「天使さんにぴったりなスイーツを作ってきますね。もう少し待っててね」
「は、はい!」
 まずは卵を、卵黄と卵白に分ける。卵白は後で。卵黄と砂糖を混ぜる。混ざってきたら、次は油と牛乳を入れる。
「よしよし、いいな」
 すると、窓の外からグォォォ……というすごい音が聞こえてきた。おそらくメロのあくびだ。
「メロー?起きたー?」
「はいはい起きたわよ……。もう少し寝ていたいんだけどね……」
 次に、卵白を泡立てる。これが大変だ。物凄い腕が疲れる。魔法を使って、腕の痛みを一時的に麻痺させる。これで少し楽になるが……。
 よし、白くキレイに泡立った。これを生地に入れてさっくり混ぜる。これで型に流し込み、焼く。焼いている間に天使さまと少しお話でもしようか。
「ねえ、天使さま。どうして空から落ちてきたの?」
「あ、あの……。さっきも言ったように私生まれたてで……。上手く飛べないんです」
「あぁ、だからさっきも上手く羽ばたけなかったんだ」
 天使さまはドリンクを一口飲み、ため息をついた。
「同期の中で私だけが飛ぶことすらままならなくて……。練習してたところで、ここに落ちちゃったんです。」
「なるほど、それで……。」
「天使失格ですね、私」
 落ち込んでいる天使さま。一体どう励ましてあげたらいいものか。とりあえず、甘いものを食べて元気を出してもらおう。焼けたケーキを取り出してこよう。
「お、焼けてる」
 甘い香りがふんわり漂ってくる。型から皿に外して、食べやすいサイズにカットする。そして、クリームと粉砂糖をかける。最後に採れたての苺を添えたら、完成。
「おまたせしました~天使のシフォンケーキです」
「天使の、シフォンケーキ?」
「柔らかい優しい甘さが特徴のシフォンケーキだよ。その優しい甘さから、天使のシフォンケーキって言われるようになったの」
 天使さまが小さく一口サイズに切って、口にする。
「わぁ……甘い!しつこい甘さじゃなくて、すごく優しい……。クリームもとろとろで美味しい!」
「天使さまといえど、たまには休憩も大切だと思うの。甘いものを食べて、森林浴をして。お昼寝もいいと思うよ」
「でも、天使はそんなこと……」
「いいから。焦らずに、うちのハンモックで寝ていきなよ」
「そうですかね……?」
 天使さまを近くのハンモックに連れて行った。ハンモックの乗り方をやって見せた。
 天使さまも羽を使わず、自力で登ってみようとする。上手く登れず、地面に落ちた。
「いった~い……!」
「手伝うよ」
 背中を支えてあげると、なんとか乗ることができた。寝転んで、うとうとしている。心地よさそうだ。しばらくしたら、起こしてあげよう。
 2時間ほど経った頃だろうか。何か叫び声が聞こえる。慌てて飛び出してみると、天使さまがハンモックから落ちそうになっていた。
「た、大変です!落ちちゃいます!」
「落ち着いて。大丈夫だから」
「わっ、わぁぁぁっ!」
 落ちそうになった、そのときだった。天使さまの背中から翼が生えて、宙に浮いたのだ。
「あれ、私、飛べてる?!」
「よかった!飛べたんだ!」
 翼を操り、姿勢を直して、天使さまはアリアに礼を言った。
「ありがとうございます。あなたのおかげで、天界に帰れそうです。それに、ちゃんと飛べるようにもなって」
「よかった。頑張ってね、天使さま」
「はい。あなたにはきっと神様の祝福が舞い降ります。願い事も叶いますよ。私が保証します。」
「それなら、そうだなぁ……。私は旅に出てみたいな」
 天使さまがアリアの手を握る。
「きっと、きっと叶いますよ」
しおりを挟む

処理中です...